第15話 討伐作戦開始しました

「我が騎士団側よりはテレーズとメアリー、そして傭兵団側からはメディア殿とヒカル殿、貴女方には救出部隊として任務に当たってもらう」

 駐屯地騎士団団長は集まった四人にそう告げた。

「救出部隊は獣道を通って砦裏手に回る。

 本隊は救出部隊が裏手に到着する頃合いで正面攻撃を仕掛ける。

 これは完全にで行う。なので遅れ無きよう迅速な移動が求められる。

 こちらの正面攻撃で警備が手薄になった所を侵入し、囚われた被害者の救出を行う。

 正面攻撃は注意を引きつけるための陽動ではあるが、しばらくしたら本気の攻城戦を仕掛け殲滅任務の遂行に入る。なので稼げる時間は決して長くない。

 困難な任務ではあるが貴女方ならば必ず成功させると信じている」


            ◇ ◇ ◇ ◇


「拙いわね・・・・」

 茂みに身を隠しながらテレーズが呟いた。

 裏口の見張りの数が想定より多い。見張りなんて一人か二人、三人以上ということはまず無いと思っていたが現実は四人。しかも二人は城壁の上に居る。

 非戦闘員の救出という作戦の性質上、見張りを一人でも逃せば作戦の続行は不可能となる。

「あいつらに侵入を気付かれないようにするか、一人も逃さずに始末すれば良いんだよね?」

「ええ、たしかにそうだけど・・・・そんな事・・・・」

 ヒカルの言葉に戸惑いながら答えるメアリー。

「大丈夫、任せて!」

 そう言うと、返事も待たずにヒカルは茂みから飛び出し、裏口から少し離れた城壁の角にある監視塔の下へと向かう。

「ん、なんだ?」

 見張りの一人がヒカルに気付くが、武装らしい武装もない若い女というあまりに場違いな存在にどう対応して良いかの判断が出来ずに戸惑う。


 ヒカルはマジカルステッキの柄尻を左手で握り込み、バッティングスタイルを取ると監視塔の壁に向かってフルスイング!

「せいっ!」


 ばごぉぉぉぉん!


 突然の信じがたい出来事にそれを見た全ての者が固まった。

 若い女がファンシーな玩具で石レンガの壁を粉砕する、眼前の理解を越えた光景を受け入れることを脳が拒み、しばらくのあいだ硬直する。

 その間にも壁の破損箇所はどんどん増えていく。

「てめぇ、何してやがんだ!」

 他より少し早く正気に戻った盗賊がヒカルのもとに駆け寄る。

 ヒカルは一瞬だけ振り向き、無言でマジカルステッキを振り下ろした。


 ごしゃっ!


 頭蓋を凹の字のように変形させて崩れ落ちる盗賊。

 そんな姿を一瞥もせずに破壊活動に戻るヒカル。

「このバケモノが!」

 城壁の上の二人が弓を射掛ける。

 だがそれを容易く躱し、矢の死角となる角の向こうへとヒカルは逃げ込む。

「逃がすか!」

 反撃が来ない事を好機と捉えた二人はヒカルを矢の射程範囲に収めようと城壁の上を駆ける。


 がらがらっごっどぅぉん!


「わぁぁぁぁぁぁ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 下方を散々破壊された城壁は自重と二人が走る振動に耐えられずに崩壊した。


 ごしゃっ! ぐじゃっ!


 瓦礫と共に落ちてきた二人にマジカルステッキが振り下ろすとヒカルは裏口に視線を向けた。

 動かなかった最後の一人が死体となって転がり、裏口は開放されている。

「無事侵入できたみたいね」

 三人がすでに先に行った事を確認するとヒカルはそのまま瓦礫を飛び越えて砦の中へと侵入した。


            ◇ ◇ ◇ ◇


「そろそろ頃合いだな」

 ヒカル達が裏口にたどり着くのとほぼ同時に本隊も動き出した。

「これより盗賊掃討戦を開始する! 弓兵部隊前へ!」

 比較的軽装で弓を持った部隊が前に出る。

「射てぇ!」

 それが開戦の合図となった



 正門側城壁の上で暇を持て余していた盗賊は視界の隅に武装した集団を捉えた。

「おい、なんか来たぞ」

「騎士団の連中が動き出したか?」

「騎士団だろうがなんだろうがこの爆ぜ球で吹っ飛ばしてやるぜ」


 ひゅかっ!


 飛来した矢が近くの樽に突き刺さる。

 その矢を皮切りに雨のように矢が降り注いだ。

「ちっ、連中、騎士のくせに真っ向勝負じゃなくて弓矢頼りかよ」

「おい、爆ぜ球を転がしてやれ。一発爆ぜさせればビビってちったあ大人しくなるだろ」

「おう、そうだな」

 盗賊の一人は爆ぜ球に火をつけると足元近くに開けられた穴に放り込んだ。

 外に繋がった穴を通って爆ぜ球は騎士団の前で爆発するはずだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・。


「ん、不発か? もう一発食らわしてやれ」

「お、おうっ!」

 続けて放り込むがやはり爆発音は聞こえてこない。

「どうなってやがる・・・・」


 ひゅん! がしゃんっ!


 何かが飛んできて割れた。

「ん、なんだこれは? 油か?」


 ひゅん! ひゅん! がしゃんっ! がしゃんっ!


 立て続けに同じような物が飛んできては砕け、辺り一面油まみれになる。

「おい、拙い! 火種をすぐに捨てろ!」

 爆ぜ球の着火用に使っているランタンの事を思い出し、慌てて外に放り投げた。


 ひゅん! がしゃんっ! ぼっ!


 だがそれと入れ違いで火種が投げ込まれた。

 辺り一面が火の海になると思ったがそれよりも早く大量の火薬──爆ぜ球──に引火して全てが吹き飛んだ。



 矢の雨を振らせて注意を引いてる間に、破城部隊とユキが砦に近づく。

 城壁手前に来た所で城壁の穴から何かが転がり出てきた。

「爆弾だ!」

「わうっ!」

 ユキは慌てずに用意しておいた水筒の水を掛ける。


 じゅっ!


 消火の短い音だけを残してそのまま爆弾は沈黙した。

「おお! 話に聞いたとおりだ! 皆も慌てずに対応すれば大丈夫だ!」

 その後、いくつかの爆弾が転がり出てきたが全て冷静に対応し不発となった。


「油瓶、投擲開始!」

 合図とともに油の入った小瓶が城壁の上に向かって投げ込まれる。

 いくつかは壁に当たって届かなかったが、それなりに城壁の上に油を撒き散らせた。

 爆弾に火を使う以上油を振りまいてやれば自滅する可能性が高い。自滅しなければダメ押しをしてやればいい。

 油の小瓶から蓋として詰めた布の一部を引っ張り出して火をつけ、そのまま投げ込んでやる。


 ちゅどどどどどどどどおぉぉぉぉぉん!


 傭兵団にいた異国の少女から提案された作戦は正面攻撃部隊の想像を遥かに超える破壊力を示した。


            ◇ ◇ ◇ ◇


「捕まってるとしたらこの辺りのはず」

 救出部隊一行は砦内部の地下階段前に来ていた。

 牢獄と尋問部屋、囚われた人間が居るとしたらこれらの場所なのは容易に推測できる。

 カバーを掛けて光量を抑えたランタンの僅かな光を頼りに静かに階段を降りていく。


 ごしゃぁ!


「ぐぎゃ」

 見張りに瞬時に近づき、マジカルステッキを無言で振り下ろすと短い悲鳴をあげて見張りが倒れる。

「見張りは居るけど牢屋は空となるそうなるとあっちか・・・・気が重いな」

 牢獄の奥の大きな鉄扉を見つめながらテレーズはつぶやく。

 名目は尋問部屋、だが実態は拷問部屋。

 かなり広く、拘束設備も充実しているため下衆な目的にはちょうど良い施設である。


 重い鉄扉をを開くと凄惨な光景が広がっていた。

 体液、排泄物、血、人から出る様々な物の臭いが入り混じった悪臭で空気の淀んだ薄暗い空間に全裸で傷だらけの女性が多数横たわっていた。

「ぐっ、予測できててもキツイわ」

「ううっ・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 メディアは無言で顔をしかめ、ヒカルは吐き気をこらえて膝をつく。

「とにかく救助を・・・・」

 三人はヒカルを残して倒れた女性達の元に駆け寄る。


「・・・・・・・・・・」

 ヒカルは意を決したように立ち上がるとマジカルステッキを頭上に掲げた

「大浄化の奇跡!」


 ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 光が波紋のように広がり、周囲の悪臭をかき消し、淀んだ空気も澄んだ清涼な大気へと変えていく。

「う、ううっ・・・・」

 横たわっていた女性たちの体から傷が消え僅かながらに生気を取り戻す。

「す、すごい・・・一体何者なの、あの娘は・・・」

 城壁を破壊したのにも驚かされたが、それ以上に驚くべき奇跡を見せられてメアリーは思わず手を止めてしまう。

「メアリー、驚くのは後! 今は手を動かして!」

 女性たちは足枷や首輪で繋がれていて、三人はその解錠に追われていた。


 ばきん! ばきん! ばきん! ばきん!


「ん、何の音・・・」

 突然の破壊音に目を向けてテレーズは言葉を失う。

 ヒカルが素手で鎖を引き千切っていたのだ。

 女性達を一通り開放するとヒカルは隅で動かない者達に近づく。

 劣悪で過酷な待遇に耐えられず息絶え、そのまま打ち捨てられた者達だ。

「物扱いでごめんね」

 ヒカルは亡骸を布で包むと異次元ポケットに収納した。

「あの、大丈・・・・ひっ!」

 テレーズは声を掛けようとするがヒカルの気迫とその暗く沈んだ瞳に思わず怯んでしまった。

「ここの連中、全員殺しても良いんだよね?」

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