第13話 盗賊を撃退しました

 風のごとくユキは野を駆ける。

 馬車よりも遥かに速いが、地面からの衝撃は少なく馬車よりずっと快適で乗り手の負担も少ない。

 道に拘る必要もないから微妙ではあるがショートカットも行い、馬車では数日掛かる距離を半日とかからずに駆け抜けた。

「そろそろ、サーブルク伯領に入る頃かな? って、どうしたの、ユキ?」

 ほぼ直進だったユキが突然進路を曲げ始めた。

「こっちになにか・・・・・・!!」

 微かにだが爆発音がヒカルの耳にも届いた。

 刻一刻とヒカルのもとに届くものが増えていく、馬の嘶き、悲鳴、争う音、そして血の匂い・・・・・・


            ◇ ◇ ◇ ◇


 活動を活発化した大規模盗賊団の討伐隊への参加要請。

 傭兵団は商隊護衛という形で三台の馬車に分散してサーブルク伯領駐屯地へと向かっていた。


 どがぁずがぁどごぉぉぉん!


 馬車を突然の爆発音と衝撃が襲った。馬車は大きくゆらぎ、馬はパニックを起こす。

「何事だ!」

 傭兵達は武器を持って一斉に馬車の外に飛び出し周囲を見回す。


 ひゅっ! とすっ!


「ぐあっ!」

 飛来した矢が飛び出した一人の肩を射抜く。

「向こうだ!」

 矢が飛来した方向に皆の意識が向いたその時、一行の足元に手の平には少し余る程度の大きさの球が転がり込んだ。


 ずどごぉぉぉん!


「ぐぅ、一体何が・・・・・・」

 突然降り掛かった爆発音と衝撃、痛みをこらえて半身を起こすと信じがたい光景が広がっていた。


 地面が軽く抉れ、幾多の戦いを生き抜いた精鋭の傭兵たちの多くが無力化させられていた。

 爆発に近かった者は生死の判別が付かなかったり身体の欠損が見られるなど完全に無力化。

 少し離れていた者達も戦いに支障が出るほどのダメージを受け、まともに戦えるのはより離れていた者や出遅れて馬車の中に居た者ぐらいだ。

「まずいな・・・・・・」

 現状に対する絶望が口をついて出る。

 物陰から姿を表した賊の数は二十を超え、こちらの戦力は十を下回る。

 戦っても逃げても『傭兵として死ぬ』という事からは逃げられない、奇跡でも起こらない限りは。




「ユキは盗賊への対応お願い。わたしは怪我人の方に行く」

「わうっ!」

 現場に辿り着いたヒカルはユキの背から降りるとそのまま倒れている者達の元へと駆け寄る。

 そして、マジカルステッキを振りかざしながら治癒の力を発現させる。

 人前で使うことに抵抗はあるが重傷者多数の状況ではそうも言ってられない。

 マジカルステッキ経由で発動すると治癒の力も範囲も通常より効果が増しているのがはっきりとわかった。

 死にかけて青白い顔をしたものは血色を取り戻し、身体欠損した者は欠損箇所が再生を始め、痛みに膝をついていた者達は立ち上がり戦線に向かっていく。




 商隊の馬車を待ち伏せ『爆ぜ球』を投げつけた。

 爆ぜ球の爆発は馬車を大きく揺らし、動揺した護衛達がわらわらと出てきたので射掛けて注意がそちらに向いた所に爆ぜ球を投げ込み壊滅させた。

 数で優位に経って浮足立つ護衛の傭兵達の殲滅に取り掛かると闖入者が現れた。

 真っ白い長毛の獣とそれに跨る青い服を着た黒髪の女。

 上等な毛皮と上等な女、その時は獲物が増えたと喜んだ。実際はそれが全てをひっくり返す悪夢の到来などと誰が予測出来ようか。


 獣と女は別れると女は負傷した傭兵の元に駆け寄り、獣は戦場を縦横無尽に駆け巡り引っ掻き回した。

 見た目は犬だが馬ほどもある巨体が目に捉える事が困難なほどのスピードで戦場を駆け巡る。

 その巨体とスピードから繰り出される体当たりは驚異以外の何物でもなく、軽く引っ掛けられただけで無様に転がり地面を削る事になる。

 獣は明確に敵味方の判別を付けてこちらを妨害してくる。

 体当たりだけでなく、時には襟首に噛み付いてそのまま宙を舞わせ、時には前足で押さえ込みに来る。

 弓矢で射るにしても爆ぜ球を使うにしても速すぎて狙いが付けられず、一方的に蹂躙されるのだった。


 女の方に目をやれば、女が玩具を振りかざすと傭兵たちが光りに包まれ、傷の痛みに悶ていた連中が立ち上がって戦場に飛び込んでくる。

 そして、光が収まった時が本当の悪夢の始まりだった・・・・・・




 怪我をした傭兵たちの傷が癒えて光が収まる。

 全員が立ち上がったわけではなく、まだ意識を失ったままの者も居るがもう十分だろう。

 そう判断するとヒカルはユキが駆け巡る戦場に視線を向ける。

 戦場ではユキが一方的に暴れて盗賊を翻弄し、傭兵たちが無様に転がる盗賊達を仕留めている。

 盗賊側の敗走は確実だが殲滅にはもう少し掛かる、そう判断するとヒカルも戦場へと飛び込んだ。




 それはまさしく悪夢だった。

 青い服を着た女が玩具を振りかざして戦場に現れ一人目の犠牲者が出た時、その異様な光景に戦場に居た者全てが敵味方関係なく凍りついた。


 ごすっ!


 鈍い音と共に人間を材料にした一点を中心に抉られたように大きく歪んだ前衛的オブジェが転がる。

 オブジェを作り出した玩具を一振りすると水と血が振りまかれた。

 女は周囲を一瞥すると次の犠牲者の元へ駆け出す。

 人間離れした獣の如き疾さに逃げることも叶わず、次々と前衛的オブジェに変えられていく盗賊達。

「ちくしょー、このバケモノが!」

 最後の一人が自爆覚悟で爆ぜ球に火を付けた。


 ばしゃっ! ごずっ!


 女が玩具を振るうと水が撒かれ盗賊は持っていた爆ぜ球と共に水浸しになる。そして、驚く間も与えずに振り下ろされる玩具。

 鈍い音と共に頭蓋が砕け、生前の面影を知ることが出来ないほどに顔を変形させられて倒れる。

 爆ぜ球は爆発すること無く死体のそばに転がった。



「いやー、助かりました」

 商隊を率いる商人の代表がヒカルに声を掛ける。

「傭兵団一部隊まるごと護衛にして安心してたら危うく全滅する所でしたよ」

「まあ、あれは初見殺しな状況でしたから対応出来なくても仕方がないと思いますよ」

 事後処理を行う傭兵達に視線を向けながらフォローを入れる。

「ああ、あんた。それで聞いておきたいんだが、最後のやつが使ったこれは何も起こらなかったんだ?」

 傭兵の一人が爆ぜ球を持ってヒカルに尋ねた。

「この球は、この紐に火を着けて、紐が燃え尽きて火が球に届くと爆発するの」

「ああ、だから水をかけて火を消したのか」

「うん、あとこの球自体も水に弱くて濡れると爆発しないから」

「あんた、ずいぶん詳しいな。こいつのことを元から知ってたのか?」

「うん、事前に『火薬を使う盗賊が居る』って聞いてたから、物を見てすぐにわかったよ」

「な、こいつは火薬なのか!」

「うん、まあ正確には中に火薬が詰まってる」

「そうなのか。なあ、あんたちょっと力を貸してくれねえか?」

「?」

「俺の名はカール、猟犬傭兵団団長だ。

 俺たちは盗賊団討伐隊への参加要請を受けてサーブルク伯領駐屯地に向かう途中だ。

 だが、今回の襲撃ではあんた達の助けが無かったら全滅していた。

 盗賊団の本拠地を叩くとなればまた火薬の洗礼を受けることになるだろう。

 だからあんた達の力と知識を貸してほしい」

「うーん、知識っていっても大したことないんだけどね。

 盗賊団の件はこっちも気になることがあるから問題ないよ。

 わたしは『ヒカル』、この子は『ユキ』、よろしくね」

「ああ、よろしく頼む」

 こうしてヒカルとユキはサーブルク伯に会う前に盗賊団討伐に参加する事となった。

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