第6話 でっかいモフモフと出会いました

「ここがそうか・・・」

 ヒカル達一行は水神の神殿の洞窟前に来ていた。

 入り口を示す看板や装飾が壊され、不自然に巨大な岩が洞窟を塞いでいる。

 ヒカルは周囲を見回した後、呟いた。

「あきらかに人為的なものね」

 洞窟のある岩壁の上部に崩れた痕跡はない。また、岩の質感も周囲の岩壁とは異なっている。

「ここで恐ろしい獣の唸り声を聞いたという話だったが」

 いつでも剣を抜けるように構えながらヘクターは周囲を警戒する。


 くぅーん、きゅぅぅーん


 聞こえてきたのは警戒していたものとは違う、ひどく弱々しい声だった。

「上に居るみたいだね」

 ヒカルは声のした方を見上げる。

 壁は5~6メートル程の高さがあり、しかも僅かながらではあるがオーバーハングしていてよじ登るのも難しい。

「弱ってるのなら無視しても良いのでは?」

 オライオンが面倒くさいといった素振りで進言する。

「うーん、なんか無視しちゃまずい気がするんだよね。

 それに洞窟を塞いだ存在が関与してる可能性もあるし、そうなるとやっぱり放置するのは・・・

 あ、あそこから登れそう」

 ヒカルの視点の先には崖が崩れて落ちた岩があった。

 そこには崖の上部が崩れて2メートルほど石が積み上がり、上部が崩れたためにオーバーハングも解消されていた。


「えーと、ここから登るのですか?」

 積み上がった岩を前にしてオライオンは戸惑いの態度を見せる。

 オーバーハングは無いとはいえ、垂直の一歩手前程度の斜頸となっている。

 岩を壊したり動かしたりするためのツルハシやロープはあるが、ロッククライミングの準備はしていない。

「わたしが先に行ってロープ掛けてくるから、そしたら登ってきて」


 たんっ、たん、たん、たんっ!


 ヒカルは跳躍し、積み上がった岩、岩壁の小さな出っ張り、崖の上と一気の駆け上がってしまった。

「なあ、ヘクター」

「なんだ、オライオン」

「聖女様っていうのはいろいろすごいんだな」

「そうだな」

 女性の下着はドロワーズが主流のこの世界において、一瞬だけ見えた面積の少ない白布は二人の心に強烈な印象を残していた。

 そんな事を話していると崖の上からロープが垂れてきた。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 二人が崖を登り切るとヒカルの姿はなかった。

 声の主の元に行ったのだろうと判断し、声がしたと思われる方向に向かかう。


「丈夫な鎖だなぁ・・・」

 ヒカルは鎖を引き千切ろうと悪戦苦闘していた。

 声の主を探すと馬ほどの大きさの巨大な長毛の白い犬が全身に鎖を巻き付けて横たわっていた。

 ムーンライトハウンド、成長すれば体高4~5メートルに達する犬に似た希少な大型獣である。

 月の光を浴びると体毛が薄っすらと発光するその神秘的な姿から神の使いともされる。

 小さめの立った耳につぶらな黒い目と鼻、笑っているようにも見える愛らしい顔立ちをしている上に温和な性格で危害を与えられない限り人を襲ったという記録が無いため恐怖の対象となることはまず無い。

 ヒカルは神様より与えられた脳内情報を照会し、そして実物を目の当たりにしてこう思った。

(でっかいサモエド・・・)

 鎖から逃れようとして暴れたのか、全身が傷だらけだったので治療を行うとすぐに味方だと理解したのかムーンライトハウンドはおとなしくヒカルの行動を見守っていた。

「これが声の正体」

「こいつは珍しい・・・」

 崖を登り終えたヘクターとオライオンがヒカル達のもとにたどり着いた。

「なんとかこの子を助けられないかな」

「ごれだけ厳重に繋がれてると・・・」

「どうせ何も出来ないから、報告だけして放置でも」

「それはダメ!」

 手間を掛けたくないというオライオンにヒカルは強く抗議する。

「ここに繋がれてることにはなにか意味があると思うの。それも邪悪な意志に基づいた意味が」

「意味ですか・・・」

「わたしもあまり詳しくはないんだけど、『犬を苦しめて残酷に殺して行う呪術』って言うのがあるらしいんだよね」

「呪術の生贄という事か・・・」

「そうでなかったとしても放置はだめ」

「・・・・・・」

 ヒカルの抗議を受けて黙り込むオライオン。

「なんだこりゃ!岩から鎖が生えてるのか?」

 鎖の根本を辿ったヘクターが驚きの声を上げる。

 この世界にもセメントは存在するが強度も低く隙間埋めの素材程度にしか認識されておらず、固めて大岩を形成するなどという使い方をされることはない。


 がきんっ!


「なんて硬い岩だ、ツルハシのほうが折れそうだ」

 ヘクターが渾身の力でツルハシを振るうも岩は割れず、逆にツルハシの柄に亀裂ができていた。

 あきらかにこの世界で流通するセメントとは別物である。

 この世界で流通するセメントの強度ならば二人を待たずとも、ヒカルが鎖を引けば粉々に砕けてムーンライトハウンドも開放されていたであろう。だが現実にはヒカルが鎖を引こうが、ツルハシを振るおうがビクともしないのである。

 ヒカルは少し考え葛藤した後、深刻な表情で決断を下した。

「二人共しばらくの間、向こうを向いててくれる?」

「え、なんで?」

「いいから!とにかくこっちを見ないで!」

「まあ、そう言うのなら・・・」

 二人は腑に落ちないといった様子のまま背を向ける。

「絶対こっち見たらダメだからね!」

「はいはい」

「わかった、わかった」

 呆れながら生返事を返す二人。

 ヒカルは神経を研ぎ澄まし、他に誰か居ないか周囲の気配を探る。

 誰も居ないことを確認した後、ブレザーを脱ぎブラウスに手を掛ける。

 その様子をムーンライトハウンドが不思議そうに見つめる。

 少し躊躇い手を止めるが、覚悟を決めてボタンを外して脱ぐと異次元ポケットに収納する。

「一体何をやってるんだ?」

「とにかく言われた通りにしておこう」

 衣擦れの音に気付いた二人が動揺する。

「こっち見たら・・・もぎ取って男廃業させるからね」

 二人の様子に釘を刺すヒカル。

『はいぃっ!』

 ヒカルの気迫に圧された二人は、慌てて両手で目を覆って見ないアピールをした。

 そんなやり取りをしながらヒカルは全ての衣服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿となった。

 誰も見ていないとは分かっていても野外で全裸になるのは恥ずかしい。耳まで真っ赤にしながらヒカルは変身のポーズを取る。

「変身!アクアフォーム!」


 かっ!


 閃光が閃き、周囲が光に飲まれる。

「ん、まさかこれは・・・」

「話に聞いた異形の鎧か?」

 光が収まるとヒカルが異形の鎧に身を包んでいた。

 前回とは違って、青を基調としたデザインで装飾も風ではなく水のイメージ記号を元にした物になっている。

「まだ見ちゃダメですか?」

「あ、もういいよ」

 振り返りヒカルの姿を見た二人は驚いたが、直後にもっと驚くことになる。

「水断流!」


 ぶしゃぁー! きぃん!


 重ね合わせた手の平の間から高圧水流が吹き出して鎖を切断し、さらに勢い余って地面まで切り裂く。

「あ、ちょっと大げさだったか」

 驚きの表情で固まる二人と一匹。

「もう少し鎖を切っておこう」

 驚きで硬直するムーンライトハウンドに近づくと本体を傷つけないように片手で鎖を持ち、もう片方の手で水流の刃を発現させて鎖を刻んでいく。

 鎖が細切れになって完全に開放された所でムーンライトハウンドも硬直が解けて正気に戻る。

「くぅーん、きゅぅーん」

 怯えながら腹を見せて服従のポーズを取るムーンライトハウンド。

「大丈夫、怖くない。わたしは味方だよ」

 ヒカルは頭や体を優しく撫でながら諭すが、ムーンライトハウンドが落ち着くまでには少し時間を要した。

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