第7話 洞窟の岩を壊しました

 ぐうぅぅぅぅぅ!


 恐慌状態が落ち着くとムーンライトハウンドの腹の虫が鳴いた。

 里の人間がうめき声を聞いたという時から繋がれていたのであれば、少なくとも三日は何も食べてない事になる。

「人の食べ物を動物に与えるのはどうかとも思うし、量も足りないだろけど・・・

 緊急時だし、何も食べないよりはいいよね」

 ヒカルがお城を出る際に貰った弁当と蓋を開けた水筒をムーンライトハウンドの前に置く。

「・・・・・・・」

 ムーンライトハウンドはよだれを垂らしながらも、弁当ではなくヒカルを見つめる。

「いいよ、お食べ」


 がっ! くいっ! がつがつがつっ!


 ヒカルの言葉とともに水筒の水を咥えると一気に中身を飲み干し、弁当もあっという間に平らげる。


「この獣はこれからどうします?」

 ヘクターがヒカルに問いかける。

「ムーンライトハウンドならば人を襲う心配もないし、このまま自然に帰せば・・・っ!」

 オライオンの言葉を聞いたムーンライトハウンドが突然後ろ足で立ち上がった。

 突然の事に驚き、二人は剣の柄に手を掛ける。

「うーん、置いて行かれるのは嫌って感じだね」

 ムーンライトハウンドはしがみ付くように前足でヒカルに抱きついていた。

「何が何でも追い払わなきゃいけないっていう理由があるのなら考えるけど、そうでなかったらこの子の意志を尊重したほうが良いよ。

 この子、まだ子供だけど二人の手に負えるような相手じゃないから。

 あと、人の言葉も理解できるみたいだよ」


 弁当を食べている時に『解析調査アナライズスキャン』を行った結果が


─── ムーンライトハウンド(子) ♀ 

─── ちから:80 ─── はやさ:75 ───

─── 言語理解 ─ 空腹(脱飢餓) ───


人間の一般兵の平均値は【ちから:10】【はやさ:8】で二人は平均値をやや上回る程度とその差は歴然である。


「連れてくなら名前をつけたほうが良いね。

 うーん、真っ白の女の子だから『ユキ』でいいかな?」

「わうっ!」

「じゃあ、これからは『ユキ』って呼ぶね」

 ユキを撫でながらヒカルは二人の方を見る。

「着替えるからまた向こう向いてて。

 ユキ、あの二人がこっちを見ようとしたらガブッっていっちゃって」

『絶対見ません!』

 二人は慌てて背を向ける。

 ヒカルはユキの影に入り込むと変身を解除し、元の服に着替えた。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 一行は崖下の洞窟前に戻ってきた。

「あれ、ユキどうしたの?」

 ユキが岩の前に行くと地面の匂いを嗅ぎ始めた。

 そして何かを見つけたのか、岩の手前の一点をカリカリと掻き始める。

「そこになにかあるの?」

「わうっ!」

「掘って見るから少し下がって」

 スコップは用意してなかったので、ツルハシを突き立てて土をほぐす。

「あれ?」

 ツルハシを突き立てた辺りが崩れ、空洞が現れる。

 よく見ると崩れた土の中に一本の紐が埋まっていた。

「何だろこれ?」

 紐をつまんで持ち上げるとそれは空洞の奥に繋がっており、黒い粉がパラパラと落ちる。

「これって、もしかして・・・」

「この紐がどうかしましたか?」

「ヘクター、この紐に火を付けて。

 で、火が付いたら急いでここから離れて!」

「はあ?」

 よくわからないといった面持ちでヘクターは紐の上に火口ほくちのオガクズを撒くと、火打ち石をカチカチと打った。


 しゅーぅぅぅぅぅ!


 火口を通じて着火した紐は妙な音を立てながらみるみるうちに燃えて短くなっていく。

「ヘクター!急いでそこから離れて!」

 声のした方を見るとヒカルたちがすでに遠く離れた物陰に避難していた。

 その状況に『これはヤバイ』と危機を感じ取り、慌てて駆け出すヘクター。

「わうっ!」

「伏せて!」

 言われるがままにその場に倒れ伏して頭を抱えたその瞬間・・・


 どかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!


 爆発とともに洞窟を塞いでいた大岩が砕け散った。

 さっきまでの状況を思い出し、背筋が寒くなる。

 物珍しさで妙な燃え方をして短くなる紐をそのまま眺めていたら爆風をモロに受けただろうし、伏せなければ爆発で飛んだ破片がいくらか背中に直撃していただろう。

「ヘクター、怪我はない?」

「はあ、おかげでなんとか・・・

 しかし、今の爆発は一体なんだったんですか?」

「多分、火薬だね」

「え、火薬ですか?」

 この世界では火薬は一般に普及していない。

 存在は知られているがその製造法は一部の錬金術師が秘伝として抱え込んでおり、その錬金術師を通じてでしか入手手段が無いからだ。

「なぜ、火薬が仕込まれていると気付いたのです?」

「あの紐、持ち上げた時に黒い粉が落ちたからもしかして導火線なのかなと思って。

 で、実際に火を付けたら導火線の燃え方だったし」

「ドウカセン?」

「(火薬はあっても導火線に対応する言葉はないのか・・・)

 わたしの故郷の言葉で『火を導く線』のこと。

 紐などの中に少量の火薬を仕込んでおくと一定の速度で燃え進んでいくから、それを使うことで爆発用の火薬に時間差で火を付けられるの」

「それで、火を付けたら離れろと」

「うん。でもヘクターは、ぼーっとしてたから焦ったよ」

「それは本当にかたじけない」


 一行は爆発で砕け散った岩の欠片を手に取って考え込んでいた。

「なんだ、この陶器の欠片みたいに薄いのは・・・」

「こっちは穴だらけでずいぶんと軽いな」

「最初から大岩ではなく、こっちで大岩に仕立て上げたみたいだね」

「!! どういうことだ?」

「軽石積み上げて表面をセメントで覆って大きな石に見せかけただけ。

 これなら大岩を切り出して運ぶなんて大変な作業は不要だし、積み上げる際に爆薬も仕込んでおけば撤去も簡単」

「でも、それだとちょっと崩されただけで・・・ああ、そうか」

 ヘクターは言いかけた問題を自分で納得してすぐに収めた。

「まだ元気だったユキが暴れて唸ってるのを聞けば里の人間はすぐに引き返してそのまま近付かない。

 王都に助けを求めてたとしても使者を妨害すれば王都からの調査団も来ない」

「そうまでして人を遠ざけたということは」

「中で何かが行われているということだな」

「わたし達が来るのも岩を突破されるのも相手側には計算外だろうから、黒幕を捕まえられるかもね」

 一行は洞窟の中へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る