第5話 水神の里に着きました

 がたごとがたごと


「・・・・・・」

 舗装されていない道を木の車輪の車で走るのだからその振動から来る負担はかなりのものだ。

 乗客に配慮して用意された厚い上等なクッションも気休めにしかならない。

「・・・・・・」

 振動に耐え、舌を噛まないように沈黙を保っていると馬車が減速し始めてそのまま停止する。

「姫様、ヒカル様、死体が発見されたのでしばらくお待ち下さい」

 御者が二人に向かってそう告げる。


 通常、道で人の死体を見つけた場合は通行の邪魔にならないように道端に避けて埋葬、それが無理な場合は簡単な弔いをしてから通過するのがこの世界での習わしである。

 今回の場合は当然前者の扱いとなるが、状況的に少し扱いが異なる。

 要人を連れているため、埋葬の前に危険性の検証を兼ねた検死が行われる。

「ひどい有様だな」

 死体は野生動物や鳥に荒らされ酷い様相となり、歴戦の兵士達であっても込み上げる吐き気に耐えながらの作業となった。

「ん?この木札は・・・この者は水神の里の者か?」

「おい、矢が落ちてるぞ!ここで何者かに襲われたんじゃないか!」

 死体の近くには血の付いた矢が落ちていた。

「ここは水の運搬以外殆ど通る者もいない、そして通行証となる木札を持っていたことを考えると」

「里の方で水の異変に気付いて、その事を王都に伝えようとしたがここで何者かに襲われたと」

「急いだほうが良いな」

「だけど埋葬を無視という訳にはいかんぞ」

「状況が状況だけにこの辺りの調査も必要だろう」

「よし、ではレオンとヴィクトールとジェラールの3人は埋葬と調査のために残ってくれ。護衛に関しては、情けない話だが護衛対象が最強戦力だから哨戒さえ出来れば問題ないだろう]


            ◇ ◇ ◇ ◇


「おしりいたーい」

 水神の里にたどり着き、ヒカル達は馬車を降りる。

「これは・・・」

 眼の前に広がる風景はとても水の神の加護を受けた里には見えなかった。

 里を流れる幾多の小川には濁りが見え、作物も萎れかけ、畑仕事に勤しむ人々もどこか生気を失ったような顔をしている。

 リリアは記憶にある水神の里の風景との違いに方を震わせる。

「以前訪れた時は美しい里だったのに・・・」

「姫、とりあえず里長に会いましょう」

「そ、そうですわね」


            ◇ ◇ ◇ ◇


「お待ちしておりました。ささ、中にどうぞ」

 一行が里長の家に行くと里長自らが出迎えに現れ、屋内へと案内される。

「待っていたという事はやはり王都に使いを送っていたのか?」

「? 使いの者の要請を受けて来られたのではないのですか?」

「・・・・・・」

 隊長は無言で木札を見せた。

「これは道中で見つけた死体の所持品です」

「死体! ま、まさか・・・」

「使いの者は道中で何者かの襲撃を受け、我々の元にたどり着いては居ない」

「では、なぜ里に?」

「こちらの方、ヒカル様の力で水の異常に気付く事ができた。

 それで調査のために来たのだが、里の惨状も含め何があったのかお聞かせ願えるだろうか」


 里長は全ての経緯を語り始めた

 体調が良くないと感じる者が現れ始めた。

 最初は疲労や不摂生による一時的なものだと思われた。

 だが、日に日に体調不良を訴える者は増え、その症状も深刻化していった。

 そして里の自慢である水が濁り、作物が萎れかけてきて初めて水に異変があったと気付いた。

 そこで症状の軽い者たちを水源と水の浄化を司る水神の神殿の調査に向かわせた所、神殿へと通じる洞窟が大岩で塞がれており、さらに恐ろしい獣のうめき声が聞こえてきて慌てて逃げ帰ったたという。

 それで自分たちの手には負えないと判断して王都に要請の使者を送った。

 里の水は使わず雨水や酒類を使うことで症状の進行は押さえられているが備蓄が少なく長くは保たない。


「まさか使いの者が殺されるとは・・・

 残された者たちにはどう話したら良いものか・・・」

「その役割、私が負いましょう」

「姫!?」

「今回の一件、神々への信仰と王家を巡る陰謀だと見ています。

 ならば、王女であり巫女でもある私が巻き込まれてしまった人々のために動くのは当然の事。

 それに私では調査に同行しても荷物にしかなりませんから」

「わかりました、ですが姫を一人にするわけにはいきません。

 このゲオルグとバランタインがお供します。

 ヘクターとオライオンはヒカル様と共に調査を続けてくれ」

「ところで、そちらの方はどのような御方なのでしょうか?

 風貌からして異国の方のようにお見受けしますが」

「これは実際に体験してもらったほうが早いな。ヒカル様、お願いします」

 ヒカルはうなずくと里長に手をかざした。

 ヒカルの手が光り、その光は里長を始点として周囲に伝播していく。

「おや、体が軽くなったような?」

「あなた、今の光は?」

 奥の部屋から初老の女性が顔を覗かせる。

「おまえ、立って大丈夫なのか」

「ええ、さっきの光を浴びたらなんだかすごく調子がよくなって」

「おおおお、なんということだ、まさに奇跡だ・・・」

 里長の目尻に薄っすらと涙が浮かぶ。

「話に聞いてはいたが、実際目の当たりにするとすごいな」

「こりゃ、副隊長が心酔するのもわかる」

「わたしは治療に回った方ががいいかな?」

「苦しむ人達を後にするのは心苦しいとは思いますが、調査の時間も惜しい。

 元凶を取り除く事を優先するので里の者には少しの間我慢してもらえないだろうか」

「ええ、里長のわしからもそれでお願いします。

 対処的に治しても水がそのままではまた苦しむことになりますし、解決までが長引けば先に備蓄が付きてしまいます」

「うーん、まあそういうのなら・・・」

「では、そろそろ我々も行くのでヒカル様の方も調査をお願いします」

「必要であればうちの納屋にある道具はご自由にお使い下さい、頼みましたぞ」

「はい」


 ヒカル達はツルハシやロープを借りると問題の洞窟入り口へと向かった。

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