43 桜子部隊に栄光あれ
午後になって、ジュンガルから兵五百が馬に乗ってやってきた。荷馬車には、黒マント二千、革製ヘルメット二千、軍靴二千が積み込まれている。新たにジュンガルに組み込まれた奴隷の軍装備品だった。
天幕内の作戦本部で、成田毅はジュンガル軍に参加を希望した元奴隷たちの名前と経歴を見ていた。桜子と共に行動する者の選別をしなければならない。基準は乗馬ができること、兵役の経験のある者、武器の取り扱いに熟練している者である。
この基準に合致している者が二百六十人いた。
天幕の外から、ライフル射撃訓練の発射音が響いてくる。
テミルベック、マイラムベック兄弟が顔を出した。
「サクラコが部隊を編成するというので、入隊希望を出して来ました」
兄のテミルベックが言った。
「奴隷を開放して、新たに部隊を編制するそうですね」
弟のマイラムベックが続ける。
「今、二千の候補から選別しているところだ」
テミルベックが名簿を覗き込んだ。
「この男、知っています。キルギスで、わたしが属していた部隊の小隊長です。名前はアジムアカエフといいます」
「どんな人物だ}
「勇敢で、指揮官として優れた人物です」
「会ってみるか」
成田は天幕内で待機している兵士に言った。
「奴隷部隊のアジム‥‥‥」
成田はテミルベックに視線を送った。
「アジムアカエフです」
「アジムアカエフを呼んでくれ」
成田は二人をテーブルに誘った。
成田はワインの瓶とコップをテーブルに置く。コップにワインを注ぐ。
「サクラコさん、元気そうですね」
テミルベックがワインを飲みながら言った。
「そうだな。奴隷を開放すると言った時には、度肝を抜かれたよ」
「彼女は、わたしの命の恩人ですから」
マイラムベックが満面の笑みを浮かべる。
「サクラコ部隊の任務は決まっているのですか」
テミルベックが尋ねる。
「ガルバンの敗走兵への補給路を断つ任務だ。奴らは、現在殆ど食料や武器を持っていない。補給の希望が絶たれたら、自ら降伏を申し出てくるだろう」
「彼らを甘く見ないほうがいい。彼らは名誉を重んじる。泥水を飲み、草を食べ、棍棒一つでも襲ってくる」
成田は声の主を捜した。
四十代の屈強な男が天幕の中に入ってきた。
テミルベックとマイラムベックを見ると、笑顔を浮かべて二人を抱いた。
「元気そうではないか」
「この人に助けられたんだ」
マイラムベックが成田を紹介した。
「ナリタタケシです」
成田はアジムアカエフに右手を差し出した。彼も笑顔で成田の手を握った。
「日本のジャンヌダルクは、どこにいる」
彼は天幕内を見回した。
「今、司令官と話をしている。多分、桜子の計画は承認されるだろう」
成田はテーブルの地図を示した。
「物見によると、ガルバン本体は、この地点まで後退している。ここから十七キロ南の方角だ」
「さらに一キロ行くと、湖にでる」
アジムアカエフが呟いた。
「水の補給をするつもりか」
アジムアカエフは頷いた。
「ガルバンは、周辺の集落を襲い、食料を調達するに違いない。一刻も早く手を打ったほうがいい」
「ガルバンの兵站、補給所はどこにある」
成田が訊いた。
「ここだ」
アジムアカエフは地図の一点を指さした。そこは、ガルバン本体の現在地から、南南西四十キロの地点だった。
「多分、ガルバンの伝令が到達した頃だろう。食料、武器を積み込んだら、ただちに出発するに違いない。彼らがガルバン本体と合流する前に、一刻も早く捕捉しなければならない」
アジムアカエフの言葉に、成田は大きく頷いた。
午後四時、サクラコ部隊が天幕前に集結した。かっての奴隷たちで構成した部隊である。騎兵軍が騎乗して隊長桜子を待っている。
任務はガルバン補給部隊の阻止である。先発隊の兵力は騎馬兵二百六十二。荷馬車三、食料と迫撃砲、弾薬を積んでいる。後発隊は歩兵九百。ライフル銃を所持し、先発隊の後を追う。
桜子は白マントを身に着け、レッドと共に司令本部の天幕から出てきた。成田を見つけて近づいてくる。
成田が静かに語りかけた。
「わたしは、これからガルバン本体を追撃する。おまえの傍にいられない。ジャンと行ってくれ」
桜子は黙って頷いた。
「スカイを活用するんだ。ジャンが操作してくれる」
桜子は勇気を奮い立たせるように大きく頷いた。
「サクラコ、おまえの任務は、何だ」
「勝利すること」
「それは、二の次だ。お前の任務は生きて帰ってくることだ」
桜子は、何も言わずに成田を見つめた。
「わたしたちには、綾人を連れて日本に帰るという任務がある。そのことを忘れるな」
桜子は唇を噛みしめて頷いた。
「いいか、ジャンとレッドが、おまえを守ってくれる。何事も恐れるな。ガルバンのことはアジムアカエフに訊け、銃器作戦のことは、ジャンと相談するんだ」
「わかった」
成田はジャンの背中を摩った。
「サクラコを頼む」
「了解です、タケシ」
桜子が騎乗した。
ライフル銃を高く振り上げる。
歓声が上がった。
成田が叫んだ。
「桜子部隊に、栄光あれ」
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