第6話 一件落着

 ヤドの炎の熱がようやく治まり、辺りは再び静かな森に戻る。ヤドの目を見ると、瞳孔が夕焼けのようにきれいな橙色に輝いていた。それを見たルナが、何かを思い出したように話し始める。


「…ねぇ、2人とも。マフィリ、って知ってる?」


 彼女の口から飛び出した謎の単語。私はヤドと顔を見合わせるが、彼女も知らないようだ。顔を横に振った。そこで再びルナの顔をみて気が付いたが、彼女の目の動向も、同じように紅く輝いていた。


「ルナ…その目は…それにヤドも……」


「えぇ、そのことについて話そうと思っていたのよ。それを言うなら、貴方だってそうよ?」


「えっ、嘘」


 そういって私は水たまりの前にかがみこんで、水面に反射した自分を見る。私の目は、水色に輝いていた。


「こ、これは…?」


「私達生き物は、精神が研ぎ澄まされると、目の瞳孔が光り輝くの。いわゆる極限の状態アウェイクンってやつかしら?今回は入団試験の時と違って、命が奪われる可能性があったからね。」


「極限の状態…?」


「そう。例えば今回のように仲間が傷つけられた怒りや死の恐怖とかが原因でいつも以上に集中している状態ね。」


「たしかに、今回はちょっとびっくりしたかも…!」


「それで…その〝マフィリ〟ってのと何が関係あるんだ?」


 そう質問すると同時に、私はこの話をどこかで聞いたことを思い出した。確か生き物は、マナが頭部付近に集まりやすく、覚醒状態になるとマナが本人の生存本能に反応して、普段より強い魔法や、才能アビリティを使えたりするようになるとか…

 その状態をアウェイクンと呼ぶ。


「マフィリ…は、恐らく人の名前よ。今から数百年前に存在した人間の、ね。」


「恐らく?」


「えぇ。その人間が執筆した旅行記のコピー本がうちの家にあったんだけど…」


 ルナは一息置いて、再び話し始める。


「M A F I R I。その人間の名前はこう書かれていたわ。」


「ねー、話が脱線してなーい?」


 ヤドがそろそろ飽きた。とでも言いたげにルナに抗議する。ルナははいはいといった感じで説明を再開する。


「そのマフィリは、常に極限の状態だった、と書かれていたわ。」


「え?それって矛盾してないか?だって、普段より精神が研ぎ澄まされている状態がアウェイクンだろ?」


 そもそも、そんな話本当かどうかもわからないだろ?と私はさらに付け加えた。数百年も前に存在していた人間が書いた本なんて、それ自体が怪しい。いくらコピー本とはいえ、紙に書かれた書籍が百年もつことすら珍しいのに。


「私だって両親にそう教えられたときは疑ったわよ。でも、実は史実ないんじゃないかなって思ったのよ。ねぇ、ヤド。」


「ふぇ?私?」


 ルナの考えていることがよくわからない。どうしてここでヤドに振るんだ?


「あなた、何百年生きてるの?」


「あぁ~、覚えてないなぁ。死ぬたびに記憶はリセットされるから。」


「…あっ!もしかして!」


 ルナのヤドに対する質問で理解した。ルナは、マフィリがヤドではないかと疑っているのだ。


「…ん?いや、まてよ…?」


 ここで私は再び疑問を持つ。先ほどのルナの説明だとマフィリは人間のはずだ。それを口に出そうとすると、ルナがそれを遮るように答えた。


「ふふ、ヤドって、他の獣人と比べて人間っぽいと思わない?」


「…あぁ!」


 そういえば、入団試験の時、私は彼女を人間だと疑っていたことを思い出した。


「それにほら、まだ証拠はあるわよ。」


 ルナはそう言いつつ私の目に指を向ける。私は再び水面で自身の姿を確認したが、先ほどの輝きは既になくなっていた。それはルナも同じだった。


 でも、ヤドだけは違った。彼女の眼は依然輝いている。ここまで長い時間覚醒状態でいると、精神にガタが来るはずだが、フェニックスである彼女が疲れを知らないのも合点がいく。前々からすごい奴だとは思っていたが、まさかここまでとは…!


「もしそうだとしたら、すごいな…!」


「でも、マフィリはなんで人間だって嘘をついてたのかなぁ?」


 今度はヤドが疑問を口にする。


「それは、マフィリが本を書いた時代のせいね。本を書いて旅をしていたのは獣人がまだ奴隷として扱われていた時代だったからよ。」


「そっかあ…昔の私は賢かったんだね…」




 その後ギルドに戻り、事の顛末を報告するリーナたち。あの後、男の死体は放置してきた。持ち帰っても意味がないと判断したからだ。ブラック達の方ではと組んび何事もなく探索を終了していた。

 私とヤドは食堂で休憩することにした。


「やぁ、そっちでは大変だったんだって?」


 振り返ると、リスの獣人、オレンジがいた。何気に彼と話すのは初めてかもしれない。


「ま、まぁね。敵は一人だったみたいだから特に問題なかったけど…」


「流石に余裕だな。」


 ひょいっとブラックが顔を出す。みると、ブラックのチームが全員集まっていた。


「リーナ、もしかして右利きか?」


「…? そうだよ。」


「前から気になってたんだが、それなら盾は左手に構えるべきだぞ。盾は自分の利き手とは逆の方に装備するんだ。…って、お前、武器は?」


 彼は私の軽装に驚いているらしい。彼は私の才能を知らないんだった。


「あぁ、それなら…ほら、私はこういう才能だからさ。」


 そういって水を具現化して見せる。当然、形状は球体を維持したままだ。


「おお、すげぇ!」


 ブラックは少年らしい、無邪気な笑顔を見せた。私は思わずドキッとしたが、気が付くと私は慌てて話題を変えて誤魔化していた。


「そ、そういえばブラックって、カラスの獣人…なんだよね?空とか飛べたりするの?」


「あぁ!割と自由に飛べるぜ!そこまで高度に飛ぶことはできないけどな!」


 ブラックは黒いマントの下の羽をばたつかせている。


「へぇ…ある意味うらやましいなぁ。ほかの二人は?」


 私がブラックの後方にいる二人に目線を映すと、それぞれ自己紹介を始めた。


「僕はリスの獣人、オレンジ!鋭い牙でなんでも切断できるよ!」


「オレはクマの獣人。ブロンズだ。そこまで素早く動けねぇが、力には自信あるぜ。」


 大きな体格をしていると思ったら、クマだったのか。


「ところで、そこの君は何の獣人なんだ?一見人間にも見えるが…」


「んにゃ?私?」


 そういって、寝かけていたヤドが目を覚ます。


「私の才能アビリティは___」


 そして、自己紹介ではなく能力を発動しようとする。恐らく寝ぼけているんだろう。わたしは急いで彼女を止めた。


「わーー!!待て待て!今ここでアビリティをつかったら大惨事になるでしょ!?やるなら外に出よう!」


「なんだ…そんなにヤバいのか?」



 なんだかんだで外にある広場に出る。ヤドが、思いっきり大きな炎の翼を広げる。それと同時に、周囲の温度が上がっていく。


「うわっ!熱っ!?」


 ブラック達は驚いて飛び退く。まぁ、ケモノの本能で炎が苦手なのだろう。私は河童だから平気だけど。そういえば、ルナも平気そうにしてたなぁ。


「ま、こういうわけでヤドはフェニックスなんだ。」


「リーナはよく近づけるな…」


 ブラックの言葉に、私はにっこりと笑って返す。さっきの仕返しだ。


「あぁ、私は河童だからな!」










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