ゴルフとゴリラが似ているだけの小説

ちびまるフォイ

ア・イ・シ・テ・ルのサインを見落とすな!

タイマーゴリリンピックはついに最終局面。


日本代表の山田太郎とゴリラ代表のゴリラが対峙した。


「ゴリラなのにここまでやるとはな」

「ウホウホ」


『それではお二人とも、ストップウォッチを準備してください』


それぞれの首にキャディからストップウォッチがかけられる。

タイマーゴルフの準備が整った。


1人と1匹の周囲から時間が特定できそうなあらゆるものが撤去された。


『今回のコースでは1時間コースとなります。

 少ない打数で先に1時間にたどり着いた方が勝利です』


「ウホ」

「1時間か。ロングコースだな」


『タイマーゴルフ開始!!』


ふたり(?)は一斉にストップウォッチを押した。


みるみる増えていくタイマーだが、その数字部分は見えないように隠されている。

頼りにできるのは自分の体内時計だけだ。


「野生のカンだけでここまで勝ってきたゴリラごときに、人間が負けるか」


「ウホホ」


ゴリラはメスゴリラのキャディばかり見ている。


しばらく時間が経ったころ、山田選手は自分のタイマーを押した。打数:1。


「10分か。まあ、様子見にはちょうどいい」


ストップウォッチに表示された数字は10分。

目標の1時間から10分が引かれ、ゴールへと近づいた。


その瞬間、時間が10分巻き戻る。



『タイマーゴルフ開始!!』



ストップウォッチを止めると、その分の時間が巻き戻る。


かつて、タイマーゴルフをやったときに、

雲の動きや太陽の位置で時間を測った選手がいたための措置だった。


「さっきのが10分だったから、もうちょっと伸ばしておこう」


山田選手は自分の体内時計を調整し、

今度は長めに時間をとって目標の1時間までの距離を詰めようとする。


一方のゴリラは最変わらずメスゴリラキャディに熱い視線を送っている。


「こんな発情期猿に負けてたまるか!」


最初から1時間ぴったりを狙ってしまうと、

ハズしたときに1時間さかのぼってしまう。


短時間のタイムスリップなら問題ないが、長時間の巻き戻りは体内時計を多き狂わせる。


細切れに、着実に時間を積み重ねつつ、きっかり1時間に近づけることがセオリー。

長いスパンの時間をとるほど体内時計とのズレは大きくなる。


「よし、ここだ!!」


山田選手はふたたびボタンを押して時間を止めた。打数2.


今度は20分。

1時間まで残り30分と半分を切った。


ふたたび時間は20分さかのぼる。



『タイマーゴルフ開始!!』



「ふふふ。もう半分まできた。打数は2だからまずまずだろう。

 今度は20分ちょいくらいを出して、ゴールに寄せてから、微調整だな」


作戦を練った後で、ふたたびストップウォッチを作動させる。

一方のゴリラは相変わらずのキャディをガン見。


しかし、山田選手はめざとく気が付いた。


「こいつ! いままで一回も押していない!!」


これまで何度もストップウォッチを押した山田選手だったが、

ゴリラが先に押してタイムスリップしているのを見たことがない。


何度時間をさかのぼっても、先にゴリラがスイッチを押していることはなかった。


ゴリラのほうがゴールまでの時間距離を縮めていることになる。


「こ、こいつ……!! まさか、圧されているのは俺の方だったのか!?」


はじめて山田選手は焦りを覚えた。


ゴリラだとあなどっていたが、リードしていたのはゴリラのほうだった。

ゴリラより少ない打数で、1時間ぴったりを出さなくては確実に負ける。


ここから逆転するほうほうは一つだけだった。


「タイム・イン・ワンを狙うしかない……!!」


1発で1時間ぴったりを叩き出せば、これまでの打数をチャラにできる。


寸分も狂わない体内時計でもなければとうていなしえない禁断の方法。

こうでもしないとゴリラに勝てない。


ストップボタンから親指を離すと1時間ぴったり出すために集中する。



およそ、30分ほどたったころだった。


「ウホッ!」


キャディを見つめていたゴリラがスイッチを押して、タイムスリップして消えた。


「奴はタイマー・イン・ワンを狙っていない。

 このまま俺がぴったり1時間を叩き出せば俺の勝ちだ」


目を閉じて、心を静め、心臓の音で時間を正確に測っていく。


1時間ぴったり。


1時間ぴったり――。


「ここだ!!」


山田選手はストップボタンを押した。


1時間2分。


わずかにゴールからオーバーフローしてしまっていた。

すぐに1時間2分前へとタイムスリップする。


『――どり着いた方が勝利です。……あれ?』


試合が始まる前の時間に戻ってしまった。


『山田選手が試合開始前までタイムスリップしてきたので、

 今回の試合はゴリラ選手の勝ちです!!』


会場から惜しみない拍手とバナナが送られた。


「まいったよ。ゴリラの野生で培われた体内時計を甘く見ていたよ」


「ハハハ。野生のカンだなんて。この競技で大事なのはもっと別のことですよ」


「普通にしゃべれるのかよ!!」


ゴリラがゴリラだと見下し、リードされたことで焦らされていた。

そして、大逆転を狙っての自爆。


こういった心理戦もタイマーゴルフならではだった。



試合終了後、ゴリラはお立ち台でインタビューを受けた。


「ゴリラ選手。優勝おめでとうございます」

「ウホホホ、ウッホホ」


「ずばり、今回の勝利の要因はなんですか?」


インタビュアーのマイクを鼻につっこんだままゴリラが答えた。



「そうですね。優秀なキャディを雇うことでしょうか」



メスゴリラキャディは嬉しそうにウインクを送った。

それは、キャディが時計を見て30分おきに送る合図と同じものだった。

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