第二十六話 通り魔、来たる
夕方。
櫛田、川口、酒井の三人は早めの夕食を済ませ、ファミリーレストランから出てきた。
「じゃあ、今日はこの辺でお開きにすっか」
酒井が言った。
櫛田が時計を見ると、時刻は午後六時半を過ぎていた。
「ああ、もうこんな時間か……帰るかあ」
「そそ。んじゃ、また。夏祭りまでに宿題終わらせろよ?」
「え、あんなの八月入る前に終わらせてるよ」
川口が何の気もなしに答えた。
「え、マジ?」「マジで?」
「大マジ。じゃまた夏祭りに、駅前でなー」
川口はそのまま帰っていった。
「お、おう……」「おう……」
櫛田と酒井は、何とも言えない表情で川口を見送った。
少ししてから、酒井が口を開く。
「……櫛田。宿題、どんくらいやった?」
「
「そっか……俺、面倒な方からやった」
「…………」「…………」
「櫛田……頑張ろうな……」
「おう……」
酒井と別れ、櫛田は自宅に向かう。
世界は徐々に、夕日色で塗られたようになっていく。
「あー、楽しかった……まさか百点取れるとは思ってなかったけど」
櫛田は嬉しそうに呟いた。
「薫なあ、来ればいいのに。もうちょっと思い出共有したいんだけどなあ……別に歌える曲少なくてもいいじゃない、俺は同じの歌っても文句は言わないって」
打って変わって残念そうに言いながら、櫛田は電話でのやり取りを思い出す。
「……姉ちゃんと、ねえ。着物は似合ってるし、超絶美人じゃねえか……羨ましい……マジ羨ましい……」
櫛田はぼやいた瞬間、
「…………ん」
進行方向に、女性がいる事に──
「…………あ」
──否、一見人間に見える、得体の知れない何かがいる事に気付いた。
──あれ……何かヤバくないか?
櫛田は、思わず一歩身を引いていた。
瞬間、〝何か〟が櫛田に向かって走り出した。
「えっちょっ!?」
〝何か〟は櫛田が逃げる間もなく眼前まで迫り、右腕を真横に振った。
腕は櫛田の胸を掠め、壁に激突した。
「っ……」
〝何か〟は、右手に、所々錆びた鉈を持っていた。
鉈は壁に深々と突き刺さっていた。〝何か〟は力を込めて引き抜こうとするが、上手くいかないらしかった。
「────っ!」
櫛田は咄嗟に立ち上がると、一目散に逃げ出した。
それから十秒程経ってから〝何か〟は鉈を壁から剥がし、櫛田を追い掛け始めた。
キッチンで夕食の準備をしていた薫は、突然動きを止めた。
「うっ!?」
薫は呻くと、目を忙しなく動かした。息が荒くなり、手を小刻みに震わせる。
「──つ、ぅ……」
薫は目を閉じて眉間に皺を寄せる。少しの間そうしてから、ゆっくりと目を開ける。
薫はまだ手を着けていない食材と調理器具を適当に片付けると、無言で外出した。
「────っ!」
咎は
「薫、また化獣だ! こないだの──あれ?」
咎が周囲を見渡すと、先程までいた薫の姿が忽然と消えていた。
「どこ行ったんだ、こんな時に……!?」
咎はそう言いながら、化獣の元に向かう。
「げほっ!?」
櫛田は〝何か〟に蹴り飛ばされ、数メートル吹き飛ばされた。
「う、あ……」
櫛田の衣服は何ヵ所も切り裂かれ、そこから見える皮膚から血が流れていた。
〝何か〟は突き出した足を戻すと、櫛田に近付き始めた。
「…………!」
櫛田は逃げようとしたが、思うように体が動かなくなっていた。
「嫌だ……死にたくない……死にたくない……!」
そう言う間にも〝何か〟は櫛田の目の前まで移動していた。
「あ……あ……」
〝何か〟は鉈を持つ右腕を持ち上げ、猛烈な勢いで振り下ろし──
櫛田と〝何か〟の間に割って入ってきた誰かに、それを弾かれた。
鉈は真っ二つに割れ、前半分は〝何か〟の数メートル後ろに突き刺さった。
誰かは回し蹴りを〝何か〟に叩き込み、文字通り蹴り飛ばして無理矢理距離を取らせた。
櫛田は、誰かの顔を見て目を見開いた。
「あ……か、おる?」
誰かの正体は薫だった。右手には、鉈を叩き割った、持ち手以外を平たく潰した鉄パイプ。
櫛田は薫を見て、すぐに意識を失った。
〝何か〟が、ふらつきながら立ち上がった。人間ならば両目に当たる部位を赤黒く輝かせ、荒い息を吐く。大振りの鉈を、新しくどこからともなく取り出す。
「────」
薫はゆらりと右半身に構えた。赤く光る目で〝何か〟を見て、細く息を吐く。右手で持った改造鉄パイプを中段に構える。
薫と〝何か〟が同時に動いた。
薫は、〝何か〟が右斜めから放った斬撃を左斜め斬り上げで迎撃した。鉈を弾き、胴を薙ぐ。
〝何か〟は一歩下がって胴薙ぎを避け、鉈を逆手に持って振り上げる。
薫は鉄パイプを逆手に持ち直して鉈を受け止め、間髪入れずに前蹴りを入れて距離を取った。
丁度そこに、咎が走ってきた。
「薫……!? 何で斬り合いしてるんだ!?」
咎が怪訝な表情になった瞬間、薫の鉄パイプが上に向かって弾かれた。胴体がガラ空きになる。
「っ!」
咎はそれを見た瞬間、刀を手に飛び出した。
がら空きになった薫の胴体に、〝何か〟の
鉈が向かっていく。
咎は薫の右側から割って入り、〝何か〟の右腕を斬り飛ばした。
薫は右足を開き、咎の右側から左足で前蹴りを〝何か〟に叩き込んだ。
〝何か〟は右腕から白い液体を吹き出しながら、五メートル程飛ばされて地面を転がった。
咎は下段に構え直して一歩下がり、
「薫、大丈──」
薫の顔──瞳の色を見て、固まった。
「……その目、どうしたんだ?」
その問いに、薫は答えなかった。代わりと言わんばかりに鉄パイプを握り直し、咎から少し離れて〝何か〟を警戒する。
〝…………おのれ……〟
〝おのれ……坊主風情が……〟
〝何か〟が発した音がそういう風に聞こえた直後、その額に二本の角が生えた。
瞬間、〝何か〟と認識していたものの外見が、『全身から黒い霧を放ち、額から角が生えている酷く痩せこけた老婆の姿』に定まった。
その顔は、能面の『本成り』と呼ばれる物に酷似していた。
「……鬼婆……」
咎は呻くように呟いた。
『…………』
鬼婆は薫と咎を交互に睨むと、黒い霧で全身を包んだ。
霧が晴れると、そこには鬼婆の姿はなかった。
「逃げた……でもどうやって……?」
咎が呟いた瞬間、右隣で何かが倒れる音が聞こえた。
咎が音が聞こえた方を見ると、薫が倒れていた。
「薫!?」
「……う……」
咎が呼び掛けると薫はすぐに目を覚まし、
「……
アスファルトの熱で悲鳴を上げ、慌てて立ち上がった。
「えっちょ、何でこのクソ熱いのに外で寝てるの!? てかここどこ!? 何どうなって」
「お、落ち着け、薫!」
咎はパニックになっている薫の肩を揺さぶった。
「あ……咎さん……ここ、どこですか?」
「……何も、覚えてないのか?」
「……え……また、ですか……?」
薫は、まるで他人事のように聞いた。
「……その、なんだ。後で説明するから、一先ずはそこで伸びてるのを起こそう」
咎は、気を失ったままの櫛田を指して言った。
「そこで……? って櫛田!?」
「知り合いか?」
「クラスメートです……でも何で……?」
「そうか……取り敢えず病院に運ぶぞ。熱中症も怖いし」
咎はそう言うと、櫛田に駆け寄っていく。
「は、はい……」
薫は釈然としない様子で頷き、咎に続いた。
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