第四章 打ち立てる誓いは唯一つ
第二十五話 暑い日に電子の噂
八月、第二週の火曜日、午前中の事。
「今日も暑くなってきたなあ……」
コンビニで幾つかアイスを買ってきた薫は、部屋に入るなりぼやき、
「涼しい……」
すぐに意見を変えた。
「咎さーん、アイス買ってきましたよー」
薫はレジ袋を鳴らしながらリビングに向かい、
「……溶けてる……」
床に仰向けに寝転がって伸びてる咎を見つけた。
薫の声を聞いて、咎が心配そうに聞き返す?
「アイス、溶けたのか?」
「いえ、咎さんの方が」
「……そうか……」
「外はだいぶ暑くなってましたけど……ここそんなに暑いですか?」
「や、ここは涼しい。ともすれば水浴びするよりも……」
「じゃあ、どうして?」
「気分」
「あー……そればっかりは……」
薫はそこまで言って、話題を変える事にした。
「ま、まあそれはさておき、アイス買ってきました。これですよね?」
薫はそう言って、レジ袋からミカン味のシャーベットの棒アイスを取り出した。
「ああ、ありがとう。……ん、薫も同じのか?」
「あ、はい。これおいしいですよね」
薫が答えたその時、ポケットから電話の着信音が聞こえてきた。
「ん、電話か?」
「ですね……先にアイスしまっちゃうか」
薫はレジ袋に自分のアイスを仕舞い、それを持ってキッチンに向かった。冷蔵庫の前に移動してから、電話の相手を確認する。
「……櫛田? 何だろう……?」
薫は冷凍庫を開けて雑にアイスを押し込み、電話に出る。
「もしも──」
『あ、やっと出た!』
「っ!?」
突然大声が聞こえてきて、薫は思わずスマートフォンを耳から離した。
『おーい、もしもーし?』
よく聞いてみると、声に混じって、楽曲らしき音が聞こえてきた。
薫はスマートフォンを耳に近付け、
「何、どうしたの? いきなり大声で……」
『ああごめん、今、酒井と川口とで駅前近くのカラオケ屋にいてさ』
「朝っぱらから何やってんですか……」
薫が若干呆れて言う。
『いいじゃん夏休みなんだから! 別に店に迷惑かけてないし』
「そっすか……え、これお誘いの電話?」
『あー、本題はそうじゃないんだけど……どうする、これから来る?』
「いや、止めとく。暑いし。歌、二、三曲しか知らないし」
音痴だし、という言葉だけは飲み込んだ。
『そっか……んじゃ本題になるんだけどさ、もうすぐ駅前で夏祭りだろ?』
「そうなの?」
「うん。今週の土日ってやるんだけどさ、予定なかったら一緒に回らない?」
「あー……特に予定はないけど……一応、確認してからでいい?」
『分かった、返事待ってるわ。一旦切る?』
「あ、じゃあお願い」
『はーい』
櫛田の返事の後、電話は切れた。
「祭りかあ……」
「祭りやるのか?」
「うわっ!?」
薫は、後ろから声を掛けられて驚いた。
声の主は咎だった。
咎は少し悲しそうな顔をして、
「……そんなに驚かなくとも」
「す、すいません、ビックリしちゃって……」
「そうか、すまない。で、祭りがあるのか?」
「……どの辺から聞いてたんですか?」
その問いに咎は少し考えて、
「夏祭りがどうこう、という所から」
「そうでしたか……あの、さっきのは友達からの電話で、今週末に夏祭りがあるから、そのお誘いでした」
「そっか。……祭りか……」
「……もしかして、行きたいんですか?」
薫に言われて、咎は意外そうな表情になる。
「薫、お前は
「……いえ、違いますけど……何か、行きたそーな顔してたんで……」
「そうか?」
咎はそう言いながら、頬に手を遣る。
「行きたいんです?」
「行きたい。出来れば一緒に回りたい」
「……えっと、俺と?」
「薫と。迷子になるのは嫌だから」
「……わかりました。じゃあ、また電話しますんで、リビングに戻っててください」
「分かった」
咎はそう言うと、リビングに戻っていった。
薫が電話を掛け直すと、二コール目で櫛田が電話に出た。
「もしもーし」
『薫? どうするか決まったのか?』
「あー……、悪いんだけど、姉さんと行く事になった」
『姉さんって、弁当持ってきた?』
「そうそれ。ごめんね、折角誘ってくれたのに」
『大丈夫大丈夫。また今度な』
「うん」
薫はそう言って電源を切る方向に話を進めようとしたが、
『あ、そうだ。薫、最近物騒だから、夜道気を付けろよ?』
「物騒って……春からずっとじゃない」
『や、化け物とかじゃなくて』
「?」
『ニュースとかでやってるだろう? 通り魔が出たって』
「ああ、そっちか……」
八月の頭頃から、
どの事件も夜に起こり、同一の刃物らしき物が使用された形跡があったために、警察は同一犯の犯行も視野に入れて捜査をしていた。
結果は芳しくないらしく、どのメディアでも、外出を控えるように促す報道が為されていた。
「って、それが起きてるのに夏祭り誘ったの? こっちも姉さんと行くから人の事言えないけど」
『まあ、それはあれだよ、それはそれこれはこれ、ってやつだよ』
「まあ、分かるけども」
『そういう事。──あ、次俺? ごめん、歌の順番回ってきたわ、じゃあね!』
「あ、うん。また……」
『はーい』
返事を待ってから、薫は電話を切った。
「通り魔、かあ……そうだよな、あのやり口だと、そういう風にしか見えないよな……」
薫はそんな事を呟くと、冷凍庫からミカン味の棒付きシャーベットアイスを取り出す。
リビングに戻ると、咎が話しかけてきた。
「通り魔が何だって?」
「ああ……あれです、最近出てる
「ああ……」
咎はそんな反応を返した。
薫はテーブルの前に座ると、袋からアイスを取り出した。食べながら、話を続ける。
一週間前の事。
一人の男性が殺害された事が、地方ローカルのニュースで報じられた。
殺されただけならば、『物騒ではあるが絶対ないとは限らない出来事』だったのだが、問題は、その内容だった。
男の遺体からは、内臓だけがごっそり抜き取られていたのだ。
遺体には食い破られたような痕があり、熊が行った犯行という可能性もあった。
だが、違った。
目撃証言を集う内に、奇妙な不審者がいた事が判ってきた。
不審者の情報は七十代かそれ以上の女性で、ぼろぼろの着物姿だった。
情報が集まり始めた頃から、薫と咎は化獣の気配を感じ取るようになっていた。
何度目かの気配察知の時、二人は不審者の情報と合致する老婆と出会った。
老婆からは、化獣の気配と、巧妙に隠された、人間の血と臓物の臭いがした。
その時点で、被害者は五十名を越えていた。
「とうとう、全国放送レベルのニュースになっちゃいましたし……」
「ああ……最初に遭遇した時に殺せていれば、犠牲者は減ったはずだ……」
咎は悔しそうに言った。
「…………。でも、変ですよね。目撃情報が集まってから、気配を感じるようになるだなんて……」
「そこは変だと思ったが……考えようにも材料がない。だから保留」
「ですね……」
それから暫く会話が途切れて、
「…………そういえば」
薫がアイスを殆ど食べ終えた頃、咎が呟いた。
「どうかしたんですか?」
「インターネットに、掲示板ってあるだろう?」
「ああ、ありますね……」
「私達があの老婆に出会ったの、そこである事ない事書き始まった頃と重なってるような気がするな、と……」
「え……?」
薫は怪訝な表情になって考えたが、
「いや……流石に、それは気のせいだと思いますよ?」
「だと、いいのだが……」
咎はそう言って、アイスの棒を見つめる。
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