第二十四話 咎めの記憶

 翌日の朝。


「……ふわ……ぁ」


 薫は起床し、伸びをしながら盛大に欠伸をした。


ねむ……」


 薫は呟きながら周囲を見渡す。布団の隣に着替えがあった。


「あ……そうか、泊まったんだっけか……」


 薫はそう言いながら立ち上がると、服を着替えた。


 薫が外に出ると、丁度、咎が歩いてきた。


「おう、薫、お早う」

「あ、おはようございます」


 薫と咎は雑談をしながらリビングに向かう。リビングには祖父母、そして神主がいた。


 神主を見て、薫は首を小さく傾げる。


「おはようございます……えっと、どうして神主さんまで?」

「ああ、昨日の霧で神社が溶けた上に消し飛んじまってなあ……」


 神主が悲し気に答える。


「あ……そうでしたか……」「それは……何とも……」


 薫と咎が気まずそうに言って、


「いや消し飛ばしたのアンタだからね⁉ 土台ごと吹き飛んだんだぞ⁉」


 咎が神主に突っ込まれた。


「えっ」

「咎さん、昨日の爆撃で……」

「あ……あー……その、すいません……」


 咎は何とも言えない表情で謝った。


「いや……いいよ。あのヤバイ霧を吹き飛ばしてくれたんだし」


 神主は力なく笑った。


「なら、いいのですが……」


 咎はそう言って、気を取り直して、祖父母と神主の前に座る。


「まあ、それはさておき。……約束通り、色々説明をします」


 咎はそう前置き、自らの境遇を話し始めた。

 少ししてから、薫は咎の隣に座った。




「────これが、私が気が付いてから、今まで起こった事の全てです」


 咎は文字通り全てを話して、そっと息を吐いた。


「……成程、なあ……」


 薫の祖父が、嚙み締めるように呟き、薫を見た。


「薫が色々黙っていたのはさておき──」

「う……ごめんなさい……」

「いや、謝らなくていいわい……そんな事に巻き込まれてるなんて言いにくいだろうに」

「うう……」


 薫は申し訳なさそうに項垂れた。


「……大変、だったんだねえ。二人共……」


 薫の祖母はそこまで言って固まった。


「……ば、ばあちゃん?」

「そういえば……咎さんの名前って……」


 祖母はそう呟き、立ち上がって居間から出て行った。

 少しして戻ってきた祖母の手には、二冊の巻物があった。


「ばあちゃん、それって?」

「家(うち)の家系図と、禍津(まがつ)野原(のはら)太平(たいへい)風土記(ふどき)の原版」


 それを聞いた瞬間、薫が盛大に咳き込んだ。


「ゲホッ、な、ソレ、家にあったの⁉」


 薫は、『禍津野原太平風土記』を指差して言った。


「どうかしたの?」

「いや、咎さんの事調べたくて、ソレの事聞こうと思ってたんだ。原版あるだなんて……」

「そうだったの……じゃあ、先に家系図から見てみましょう」


 祖母はそう言うと、テーブルに家系図を広げた。

 全員が覗き込んでから、神主が呟く。


「お、多いな……」

「じいさんで十七代目ですからねえ」


 姓は初代から十代目まで『百日紅』で、その七代目には──、


「────、あ…………」


 『百日紅 咎』、となっていた。


 咎は恐る恐る自分の名前に手を伸ばし、指先で振れ、なぞる。


「この字……私の、だ……」


 そう言った咎の目には涙が溢れ、


「あ……」


 涙を家系図に零さないように顔を離した。


「咎さん……」

「止めて!」


 咎が大声を出した。目を右手で隠して俯き、、声を小さくして続ける。


「ごめん……今は、何をどう答えても泣いてしまうから……」


 咎の様子を少しの間見てから、祖母が話しかける。


「話を続けても、いい?」

「あ……すいません、どうぞ……」

「では次は、こっちの方を……」


 祖母はそう言って家系図を丸め、代わりに『禍津野原太平風土記』を広げる。


「これは丁度、咎さんの出る場面で……けものを退治しているところ、ですね」


 祖母は文字を読み、顔を上げる。


「物語だから脚色されているところもあるのでしょうけど、咎さんという個人は本当にいて、今ここにいるんですよ」


 祖母は、咎に優しく語りかけた。


「というか婆さん、よく家系図を覚えてたのう……」

「しかも昔の巻物読めるって……」


 祖父と薫が、それぞれ驚いた様子で言った。


「ふふふ、暗記は昔から得意なんですよ」


 祖母が得意気に言った。


 神主が思い出したように祖母に聞く。


「……そういえば、神社の御神体の昔話に『遠くから帰ってきた侍が矢で怪物を射殺した時に残った物』ってのがあったけど、まさかその侍って……」

「いや……咎さんの話でそういうのはなかったですねえ」

「じゃあ違うのか……」


 その話を聞いて、咎が目を見開いた。

 咎の様子を見て、薫が話しかける。


「咎さん?」

「あ、いや……何でもない」


 咎は少し慌てた様子で言って、それから表情を和らげる。


「……私は、確かにいたんだ。私の記憶は、偽物じゃなかった……」

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