第十六話 在り方

……あれ、俺、どうなったんだっけ……。


えっと……咎さんがジャンプしたのを見て、気を失って……。


あ……ああ、そのまま寝ちゃったのか……?


というか、どこだここ……?


何か、深海っぽい感じだけど明るいし……ていうか目を開けてないのに見えてるし、呼吸してないのに息苦しくない……?


……ん、何だ?


熔けた鉄っぽい、けど……? え、何アレ? ってかこっち来るし⁉


逃げないと……って体の感覚がない⁉


ちょ、え、ヤバイって⁉ ギャーッ⁉ こっち来んなーっ⁉


うわっ……うわぁあああああ⁉



あ……れ、熱くない……? 痛くない……。


いや……これ、何ていうか……大切なものが戻ってきた、ような……?





「────」


 時間をかけて、力が入らない瞼を持ち上げる。


「──、あぐ、あ……⁉」


 呼吸をしようとした瞬間、肺に激痛が走った。


「…………」


 痛みが引いていくのを待ってから、慎重に呼吸を再開する。


 視界前方には知らない天井があった。空気の臭いを嗅ぐと、少し清潔すぎるきらいのある臭いがした。


「……ぁれ、お、れ……」


 上手く働かない頭を動かして、数分かけて、求めたい答えに辿り着く。……t辿り着いたはず。


「あ……ああ、生きてるのか……」



 そう言った瞬間、薫の意識は完全に覚醒した。


──えっと、たしか、凄く嫌だった事を延々見ていて、その後に……


「あの熔けた鉄みたいなの、何だったんだろう……?」


 薫は疑問を口にしながら自分の服を見た。


──入院着……て事は、やっぱり病院か……。そりゃそうか。あんな怪我したんだから……。


「後先考えないのは、昔から一緒か……」


 薫は自嘲気味に言いながら、周囲を見回す。

 薫はベッドの上にいた。周囲とはカーテンで隔離されていて、


「……あ」


 自分の右側で、ベッドにもたれかかる形に眠る咎を見つけた。


「……えっ、と」


 薫が声を掛けるべきか迷っていると、咎は体をゆっくりと起こした。それから目を開けて、顔を薫の方に向ける。


「……あ、え、えーっと……お、おはよう、ございます……?」


 反応に困った薫が取り敢えず挨拶をすると、


「……お早う……」


 咎はそう言って、急に泣きそうな表情になって、


「良かった……本当に……」


 そっと、右手の親指で目元を拭った。


 薫は、目を瞬かせた。





 医者からの説明が一通り終わった後。


「……俺、そんなヤバかったんですか?」


 薫は念のため、咎に確認した。


「お医者様が言うにはな……傷を塞ぐのに、血が必要だったのだから……」


 咎は歯切れが悪そうに言った。


「えっと、咎さんから見たら、どうでした?」

「ここに運ぶまで生きてたのが不思議だ」


 今度は即答だった。


「さ、さいですか……」


 薫はそう呟き、入院着の下を覗く。首の下から左腰にかけて、縫合がなされていた。


「……うわぁ……無茶したなぁ……」

「内臓が傷付けられてなくて良かった」

「あはは……その代償に全治一ヶ月、ですけどね」

「…………」


 不意に、咎が黙った。


「……あ、あの? え、あ、もしかして今の、嫌味っぽかったとかですか……?」

「あ、いや違うんだ。その……ありがとう」


 咎に礼を言われて、薫が意外そうな表情になった。


「え……え? 何でです?」

「あの時薫が飛び込まなかったら、私はあのままけものの食われてただろうからな」

「そ、そう、だったんですか……」

「うん……」


 咎は頷いた。薫には、何故か自嘲しているようにも見えた。

 薫はそれが気になり、少し考えてから咎に話しかける。


「あの、あいつらに……何を、言われたんですか?」


 咎は、悲しみと苦しみがないまぜになったような表情で薫を一瞬見て、そっと視線を逸らした。


「……出来損ないだ、って」

「……え、それって」


 どういう事ですか、と薫が聞くよりも早く、咎は答える。


「……化獣の、出来損ないだって。人型の化獣の肉体に魂の残骸を押し込んだ存在、それが私だ、って……」


 咎はそう言いながら、徐々に俯いていった。


「おかしいと思ったんだ……体の調子が良くても、力だけは上手く使えない、だなんて……」

「そんな……」

「化獣を……この世ならざる存在ものを生み出せるなら、大昔の人間を蘇らせる事が出来てもおかしくない……」


 咎は、自嘲気味に言った。


「…………」


 薫は長い時間をかけ、


「あ、あの!」


意を決して話し始める。

咎は顔をほんの少しだけ上げ、薫を見た。


「……あの、その、でも俺を助けてくれたのは、間違いなく咎さんじゃないですか……」

「…………それは……そうだけど」

「力って、出自とか根源じゃなくて、どう使うかが一番大事なんじゃないんですか……?」


 咎はポカンとした表情になり、しっかりと顔を上げて薫を見た。


「え、あ、あの……?」


 困惑する薫に向かって、咎は穏やかに微笑んだ。


「……そうだな、その通りかもしれない。……やっぱり、ありがとう、だな」

「……え?」

「私が半人半鬼だって打ち明けた時も、今もそう。薫は、私を拒絶しなかったから。だから、ありがとう」


 咎は、もう一度礼を言った。





 某所にて。


「さて面倒な事になったなぁ……」


 机の前で胡坐をかいている黒い着流しの男が、溜め息交じりに呟いた。


「……あそこで撤退しなければ、殺せたんじゃないの?」


 男の後ろに現れた黒い小袖の女が言った。

 男は振り向くと、冗談っぽく笑いながら聞き返す。。


「……ああ、聞こえてた?」

「ええ。……それで、撤退しなくて良かったんじゃないの?」

「う……ん、ま、そうかもなんだけど……。ほら、改造ロクロクビ、あの後すぐに羽化したじゃない? あれじゃ巻き添え食らいかねなかったし……」

「…………」


 女の、言いにくそうに弁明する男を見る視線が冷たくなっていく。


「いや、さすがに挽肉にされたらどうしようもないでしょ⁉ そ、それに、さ……」

「……それに?」

「あれを殺さなくても、僕らの目的は達成出来なくもない訳だし」

「……それは、そうだけど……でも、事ある毎に邪魔してくるのは鬱陶しいと思うよ?」

「うん、それは同感。だからさ──」


 男が、凶悪な、そして邪悪な笑顔を見せる。


「これからは、ぶっ殺す方針で行こう」

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