第三章 お礼を兼ねて
第十七話 お呼び出し
百貨店前に出現した、ロクロクビの名を冠するヤゴ(注:トンボの幼虫)は、咎をも混乱させた。咎が知っているロクロクビとは、姿が大きく違ったからだった。
咎の刀や投げ槍を弾き返し、ヤゴは、トンボ頭に鯨の骨格、人間の腕の骨で出来たヒレを持つ、異形の怪物に変貌を遂げた。
咎はそれを、『打刀を変形させた十人張りの強弓』と『短刀を変形させた矢で』を用いて、ロクロクビの頭から射貫いて木端微塵に吹き飛ばした。
ロクロクビが出現してから、一ヶ月後。
薫は何事もなく退院し、受けられなかった定期テストを赤点ギリギリでパスし、四日遅れで夏休みに入った。
「……うん、うん……、あはは、大丈夫大丈夫。寧ろ怪我する前より調子いいくらいだって」
薫は電話をしていた。普段と比べ、声色が少し明るい。
咎は難しい表情をしながらコーヒーを飲みつつ、薫を観察していた。
「……え?」
薫が意外そうに聞き返す。
薫はちらりと咎を見て、会話を再開する。
「……う、うん、仲良くなった、と思うけど……え、本当に……?」
薫は怪訝な表情になってもう一度咎を見た。無言で首を傾げる咎を見て、話に戻る。
「いや、そうだけど……あー……うん、分かった。誘うだけ誘ってみるけど……うん、うん、じゃあねー……はい、はーい……」
そこまで言って、薫は受話器を置いた。
咎はコーヒーを一口飲むと、薫に話しかける。
「お
「え? あ、はい。じいちゃん……お爺々様の方です」
薫は質問に答え、咎とテーブルを挟んで座る。
「そうか」
「はい……」
薫は頷き、少ししてから、何とも言えない表情で天を仰ぐ。
「? どうかしたか? 気持ち悪いのか?」
「あ、いや、違います違います!」
薫は慌てて顔を戻して咎を見て、言いにくそうに切り出す。
「えーっと、その……今度、一回実家に顔見せるって話したじゃないですか」
「ああ、退院したんだから元気な顔を見せろって話だったか?」
露がは頷きながら言った。
「はい……。えっとですね……咎さんも連れて来い、と言われまして……」
それを聞いて、咎が怪訝な表情を向け、
「…………は?」
たっぷり四秒掛けて聞き返した。
「デスヨネー、そういう反応になりますよねー」
「……何でまた?」
「いや、なんか『命の恩人なんだから直接礼を言いたい』って、こっちからも行けるけど、家に戻ってくるなら、相手の都合がいいなら連れてきてくれ、って」
「成程……」
咎は何度か小さく頷き、
「分かった、付いて行こう」
あっさりと承諾した。
「えっ、いいんですか?」
「断る理由はないからな。それに、薫がどんなところに住んでたのかが気になる」
咎が興味深そうに薫を見る。
「……何もないですよ? コンビニだってギリギリ一軒ある程度ですし」
「ほう、俄然気になってきたな」
「そうですか? じゃあ……来週の金曜日に行きます?」
「あ、日程はいつでもいいよ」
「じゃあ来週の金曜日で。後でまた電話しなきゃ……」
薫はそう言いながら、持っていく物の事を考え始めた。
書斎のような空間にて。
「思ったんだけどさ」
黒い着流しの男が、冷凍ミカンの皮を剥きながら呟いた。
「何?」
「ちょっとさ、童子と姫が不要になる方法を思い付いたんだけど、試してみてもいい?」
それを聞いて、女は冷凍ミカンを口に運ぼうとした手を止め、心底嫌そうな表情を見せた。
「えぇ……? ちょっと、童子と姫、どうやって作っているのか忘れた訳じゃないでしょうね?」
「うん、覚えてるよ。僕達の骨やら肉やらを培養させて、そこに僕達に逆らえないよう調整した魂を植え付ける、だろう?」
男は特に何も考えずに答え、冷凍ミカンを齧った。
女が、少し怒って言い返す。
「そう! あの設備の管理にどれだけ苦労してると思ってるのよ! ふざけてるの!?」
「ああ、いや、違う違う! そこを取り壊すとかそういう話じゃない!」
男が慌てて説明を追加する。
「じゃあ何よ?」
「単純に、試しにやってみたいって思っただけだよ。それで上手くいけば、童子と姫アリとナシの半々でやれるかな、とは思ってるけどさ」
「……ごめん、急に怒ったりして」
そう言われて、女は少し落ち着いて謝った。
「僕も悪かった。説明不足で、ごめん」
「怒られた側が謝らないでよ……。一つ質問なんだけど、どうやってやるのか、アテはあるの?」
「うん。親と子が要らないような妖怪を元に作り出すか、もしくは……」
「もしくは?」
女に聞かれて、男は少し勿体ぶってから、もう一つの案を提示する。
「妖怪そのものを改造するか、だね」
女はそれを聞いて、冷凍ミカンの何割かを口に放り込む。
「……出来るの?」
「ふふ、僕達には怪物の性質を弄るノウハウがあるはずだよ?」
「『僕達』って……あなたが一方的に持ってるだけでしょ」
呆れる女に男があっけらかんとした様子で言う。
「大丈夫大丈夫、教えるから」
「本当に大丈夫なの……?」
女が心配そうに聞く。
「いや本当本当、死にはしないから」
「そっかなら安心──ってそれ危ないんじゃない!」
女が軽く怒りながら言い返す。
「や、まあね? でも僕達なら全く危なくないやり方だよ」
「本当にぃ?」
「少しは信じてくださいよぉ」
「冗談冗談。付き合うよ」
女が少し困ったような笑顔を見せた瞬間、男は満面の笑みを浮かべた。
「やったありがとう! 実はもう見当はつけてるんだ」
男はそう言って冷凍ミカンを全部食べて立ち上がった。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
男はそう言うと部屋の隅に腕を伸ばし、指で空間をなぞった。
それだけで、空間が裂けた。裂け目から赤黒い単色の空間が見えた。
「ミカン食べて待ってて」
男は気楽に言うと、暖簾をくぐるかのように単色の空間に入っていった。
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