第十四話 黒檀に染まる

 咎は右手で短刀を捻って引き抜きながら、左手で着流しの男を押し退けた。そのまま薫を庇って立つ。


「──アアアアアアァァァッ‼」


 直後、黄色と黒の横縞が入った枯葉色の着流しを着た女が百貨店から飛び出し、咎に向かって駆け出した。


 女は猛烈な勢いで咎の眼前に迫ると、右手の爪を伸ばして咎に突き出した。


 咎は左腕で女の右腕の軌道を逸らし、短刀で右脇から左肩を切り裂いた。


 女は傷を一瞬で治すと、倒れている男の衿を掴んで大きく飛び退いた。


「無事、か⁉ 大丈夫か⁉」


 女は男を抱き起し、必死の形相になって男に呼び掛ける。

 男は自分の胸を見て、次いで女を見て、首を横に振った。


「いや……心臓を、破壊された」

「……ッ‼」


 男の力の抜けた声を聞いて、女は咎を睨んだ。


「……へえ」

「動ける気力、まだあったんだ」


 黒衣の男女が、それぞれ面白そうに咎を見る。


「……何とでも言え……」


 咎は怪人物達を順番に睨み、短刀を真っ直ぐに構える。


「たとえ出来損ないでも、お前達を倒せるなら、それでいい。……それでもいいんだ!」


 咎は叫んだ。


 最後の方は、まるで無理矢理言い聞かせているようだった。



 咎を見て、黒衣の男が鼻で笑う。


「フン、大した強がりだこと……」

「知ってるさ、そのくらい……」


 咎に切り返され、男は心底つまらなそうな顔を見せた。


「……そう。頑張ってね」

「…………」


 そう言った男に、咎は無言で短刀を投擲した。

 短刀は男の顔面に一直線に飛んで行き、


「!」


 男が翳した右手の掌に突き刺さった。


「おお……」


 男は微妙な反応を見せた。短刀の柄に手を掛け、そのまま引き抜く。


 男は短刀を適当に投げ捨てた。短刀は鮮やかな赤い液体になって弾け、地面に飛び散った。


 女は男の手を見て、


「それ、大丈夫なの?」

「ん? うん、別に大した事ないよ」


 男が答えた瞬間、その右手に空いた穴が塞がった。


「アーアーアー、イタイイタイ、ってね。撤収撤収。あ、ロクロクビ。それの処理は頼む」


 黒衣の男は適当に言って、黒衣の女を連れて百貨店の角に消えていった。


「っ……!」


 それを追おうとして、すぐに動きを止めた。薫が後ろで倒れている事を思い出した。


「……薫、生きてるか?」


 咎は一瞬だけ振り向いて薫を見て、すぐに着流しの男女に向き直った。


「な、何とか……」


 咎は、薫の消え入りそうな返事を聞いて頷く。


「なら良し。見た感じ傷はそこまで深くないけど、あんまり動くな」

「は、はい……」


 咎は頷き、一歩前に進み出た。



──私の身体がけものの出来損ないなら……どうして力を行使出来る?


──いや、いい。結局戦える事には変わらない。……今は、見て見ぬ振りだ。


──考える材料が足りないし……今突き詰めるなら、『私は私』で終わるのだから。今は。



 咎は一瞬での内に考え、深呼吸を始める。


 咎の全身が赤紫色の炎に包まれる。薫や着流しの男女が見る中、炎が飛び散り、流れ去って行く。


 炎の内側から、赤紫色の鎧小袖に、当世具足のように左腕に籠手が追加された、透き通るような橙色の鎧姿に変わった咎が現れた。


 それと同時に、鎧の色が橙色が褐色に変化し、褐色を通り越して光沢を持つ黒に変わった。


「黒くなった⁉」


 薫が驚愕する。


 咎が腰回りを検めると、左腰に打刀、腰の後ろに短めの短刀が三本あった。


「……刀、か。やっとだ」


 咎は確かめるように言って、左腰の打刀を静かに抜刀した。刀身は赤みを帯びていた。

咎はそれを気にする事なく、右半身になり、下段に構える。


『……鬼め……』


 着流しの男女が同時に呻いた直後、その肉体が変化を始める。全身が汚泥を被ったような灰色になり、輪郭はヤゴ(注:トンボの幼虫)のようになる。ロクロクビのあやかし童子どうじかいの姿が顕になった。


 ロクロクビの妖童子と怪姫が同時に動いた。左手の手首を掴み、腕の骨を全て引き抜いた。腕の骨の関節がなくなり、完全に連結して棍棒に変わる。

二体の左手は、即座に再生した。各々左腕の関節を確かめるように曲げる。


「……お前等と、やり合っている暇はない……!」


 咎は殺気を滲ませた声で言い、ゆっくりと歩き始める。


「ソレハ──コッチモダ!」


 妖童子が棍棒を握り締めながら怒鳴り、猛然と走り出した。数秒と掛からず咎の前に迫り、棍棒を振り上げ、一気に振り下ろす。


 咎は手首を捻って左斬り上げを放ち、振り下ろされ始めた棍棒を外側から受け止めた。

 瞬間、怪姫が咎の左側に回り込み、棍棒を咎の左膝目掛けて突き出した。


「────!」


 咎は地面を蹴り、妖童子と怪姫の間の空間に飛び込んだ。地面を転がって大きく距離を取り、片膝立ちになって刀を手放す。両手で腰の短刀を一本ずつ抜き、左右共に妖童子と怪姫に向けて投擲する。


 短刀は回転しながら飛翔し、一本は妖童子の右脇腹を貫通し、もう一本は怪姫の右胸を貫いて右脇腹を抜けた。


 妖童子と怪姫は同時に大きくよろめいたが、倒れずに踏み止まった。

 二体は能面の下からでも解る程に怒りを滲ませ、突き刺さった短刀を引き抜いた。その瞬間、短刀が鮮血に変わって弾ける。


「──後六手で仕留める!」


 刀を拾った咎は立ち上がり、先程と同じように構えた。残像が残る程の速さではしり出し、妖童子の右側面に回り込み、


「──ぜぁっ!」


右脇を狙って斬り上げ、腕を肩から斬り落とした。


「ガッ、グゥァッ⁉」


 妖童子が苦悶の声を上げる。


 咎はそれを見ながら手首を捻った。刀の軌道を変え、左斜め下に斬り下ろして妖童子の首を撥ねた。


「残り二手──!」


 咎はそう言いながら、妖童子の胴体を蹴り飛ばした。


「っ‼」


 怪姫は吹っ飛んできた妖童子の胴体を左にステップを踏んで回避した。咎に一気に接近し、棍棒に憤激を乗せて振り下ろす。


 咎は刀を投げ捨て右手で短刀を逆手で引き抜き、棍棒に打ち付けて迎撃した。手首を内側に捻り、押し出す形で受け流した。


「ッ!」


 怪姫は右回りに振り向き、棍棒を横薙ぎに振ろうとして──、


「!」


 咎はそれを見て短刀を手放し、一歩踏み込んで怪姫の右肘を掴み、左手で落下する短刀を掴んだ。同時にさらに踏み込み、怪姫の左肩に短刀を深々と突き立てた。


「六手……!」


 咎は呟くと、短刀を内側に捻った。


「ア……グ……」


 咎は、短刀から手を離し、呻き声を上げる怪姫の首を掴んだ。そのまま怪姫の首を折った。


「っ……ぁあ!」


 咎は呻き声のような気合いと共に、両手で怪姫を左に押し退けた。


 怪姫は数メートル程吹き飛び、地面に倒れ込んだ瞬間に爆発四散した。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」


 咎は姿勢を大きく崩すと、荒い息を吐き始めた。呼吸を整えながら歩き、投げ捨てた打刀を回収し、鎧小袖の裾で慎重に白い血液を拭って鞘に納める。


 咎は薫の前に歩いていき、確認のために聞く。


「……薫、生きてるか?」

「生きてます……」

「なら早く医者のとこに──」


 咎が言おうとした瞬間、


「──ク、クク、クククククククハハハハハ……!」


 誰かの笑い声が響いた。


「────!」


 咎が声のする方向を見ると、そこには妖童子の首があった。


「──ハハ、ハ……マニ、アッタカ……!」


 妖童子の首は、勝ち誇っているかのように笑った。


「間に合った……⁉ 何にだ⁉」

「コドモガ……ハハハ、ハ……!」


 妖童子の首はそこまで言って、分断された右腕や胴体と同時に爆散した。


 直後、突然地面が大きく揺れ始めた。


「うわっ、何っ⁉」

「コドモ……子供……しまった、まさか⁉」


 薫と咎が驚いた瞬間、百貨店の入り口周辺の地面がまるで水面のように波打ち、


 巨大なヤゴが、地面から顔を出した。

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