『江談抄・吉備入唐の間のこと』簡易訳 2


 そして、また鬼が来て言うには、「またはかりごとがあるものの、今度は私の力は及びません。秘密の行法を行う宝志ほうしという僧に命じて、鬼や霊の出入りを禁じる結界を張らせて、文を作らせ貴方に読ませようとしている。私にはどうにも出来ない」と。真備も術が尽きてしまったのに、唐の人は真備を高楼から下ろして皇帝の前に連れていくと、その難読の文を読ませた。しかし、真備は視界が暗くなって、書を見ても文字が読めない。そこで、日本の神仏(神は住吉大明神、仏は長谷寺観音)に訴えたところ、視界はとても明るくなった。しかし、文字は見えても読む順序が分からない。すると一匹の蜘蛛が書の上におりてきて、糸をひいて歩き続けている。真備はその順路を見て難読の書を読んでしまった。

 よって皇帝も役人もとても驚いて、元のように真備を高楼にのぼらせて、かたく食事を与えないようにしてその命を絶とうとした。彼らが言うには、「これ以降高楼を開くな」とかなんとか。鬼はそれを聞いて真備に伝えた。すると、真備が「最も悲しいことになってしまった。もしこの土地に百年を超える双六の筒、賽、盤があるならば持ってきて欲しい」と言ったので、鬼は「ある」と言って持ってきてくれた。筒は棗、盤は楓で出来ていた。真備が賽を盤の上に置いて筒で覆うと、唐の太陽と月が隠されて二、三日ばかり現れなかった。上は皇帝から下は庶民に至るまで唐土は大いに驚き騒ぎ、叫ぶことは休みなく天地を動かす。占ってみたところ、術者が封じ隠したのだと出た。方角を示させると、あの高楼を指さした。

 それで真備が唐の人に問われて答えたことには、「私は何も知らない。ただ、私を無実の罪で酷い目に合わせたので、一日中日本の神仏に祈念していたのだ。そのため自然とお助けがあったのかもしれない」と。すると唐の人々は「彼を帰らせるべきだ。早く高楼の門を開け」と言う。よって、真備が筒をとれば月日が共に現れた。このために、真備は日本に帰ってきたのだ。


 大江匡房が言うには、「この事は私が詳しく書物を見た訳では無いが、橘氏の先祖から伝え聞いた話だという。しかし、そのいわれがない訳ではない。太略粗書にも見ることができるかと思う。日本人で唐で名をあげたのは、ただ吉備大臣である。文選、囲碁、野馬台詩が日本に伝わったのは、この大臣のおかげである」と。



 -江談抄 吉備入唐の間のこと・完-


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