第五章「賽の目」

賽の目 1


「さて、晁衡ちょうこうを人間に戻す方法なんだけど······」

 儲光羲ちょこうぎが腰掛けるのを待って王維おういが切り出した。

「実は最初にやるべきことはもう君が済ませちゃってるんだよね」

 思いがけない言葉に、真備はきょとんと王維を見つめた。対する彼は顎に手を当てながら視線を上げる。

「まずは彼に取り憑いた赤鬼を殺す必要があったんだ。そしてその方法っていうのが、新月の前の晩から次の晩までの三日間のうちに赤鬼を殺すことでね」

  真備の脳内に血飛沫が蘇る。まさかあれが条件だったとは······。結果的には良かったとはいえ、やはりどこか罪の意識に心が傷んだ。

「だから、あと心配すべきは天気だけだね」

「天気?」

 真備は意外な単語に首をひねる。すると、王維と儲光羲は二人同時に頷いた。

「晁衡を人間の姿に戻すには、月の光が必要なんだよ。月のない間に赤鬼を殺し、その死体を月光の下にさらす。これが彼を人間に戻す方法さ」

「そうそう。だから次の段階としては月のある夜が必要なんだ。でも残念ながら人間には天を操る力なんてない。結局は運にもよるってところかな」

 真備はしばしの間テーブルを見つめていた。月のある夜が必要······つまりそれまでこちらは動けないのか。

 真備はふとなにかに気づいて視線をあげる。そして二人の姿を瞳に映すと、確認するかのように口を開いた。

「つまり、私はこれからあの高楼に行き、仲麻呂の身体を月明かりの下に晒せばいいのですね?」

 真っ直ぐと注がれる真備の視線を受け止めると、王維は「そういう事だね」とゆっくり頷いた。

「······では、少々質問をしてもよろしいですか?」

 突然そう切り出した真備に、二人は不意をつかれたようだった。しかし申し出を断るわけもなく、そろって首を縦に振る。真備はそれを確認して、静かにこう問いかける。

「仲麻呂を月明かりに晒すのはいつでも良いのですか?」

「ああ、いつでも良いぞ。特に制限はない。特殊な事例だからな。晁衡が人間に戻るまでは赤鬼の死体も腐らないはずだ」

 儲光羲は不思議そうに眉を上げつつあくまで冷静に答える。真備は「なるほど」と小さく呟いた。その意味深な呟きに、王維と儲光羲は再び顔を見合わせる。しかし、当の真備は二人の行動など目に入っていないかのようで、またもや何かを考え始めている。その真剣な瞳に押されたのか、王維も儲光羲も彼に声をかけることが出来なかった。


 ただただ夜が更ける中、しばらく経った後に真備がついと顔を上げた。その目はいたって冷静だった。曇りのない真剣な瞳。しかし、その中にはどこか熱い闘志が見える。何か決意を秘めたかのような、強く美しい炎の瞳だ。


 そして、真備はおもむろに口を開いた。冷静沈着な真っ直ぐな声で、たった一つの頼み事をする。

 その言葉を聞いた王維と儲光羲は思わずきょとんと口を開けた。一体彼は何をしようとしているのか。それがさっぱり分からなかった。

 しかし、それもそのはず······何故なら彼はこう言ったのだ。


「では、百年以上前に作られた双六すごろくの筒と、賽盤、そして二つの賽子さいころを持ってきていただけませんか? これで全てが上手くいくでしょう」





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