第22話
「それでは私がご案内します」
先導するのは決闘試合で最初に戦い、以後サトルにも忠誠を誓った青年領主カイ。栗色の毛並みの馬に跨り、数名の部下たちに道の様子を探らせながら進む。
道中、サトルとマナは問題点らしき場所を撮影していた。
都の中は路面は石畳。家々も石造りで整っていたが、話を聞けば飲み水や下水が問題になっていたようだった。
「予選の時から出歩いてはいたけど、やっぱり飲み水は井戸から、汚水は側溝から全部流しているのか……」
「所々見た目も匂いも酷いですね……」
マドカもカイも護衛の一行もこの状態が当たり前なのか全く気にしていないが、異世界人の二人には問題点としか思えなかったのだ。
城門を潜って都から出ると、一キロほど離れた場所に大河が流れていた。
「閣下、あれが我が国を縦断する大河、クルクゴ川です」
日本の一級河川相当の規模に見えるこの川のお陰で一帯は水不足にはなりにくいとの事だが、どうやら大雨のたびに暴れているらしく、川べりでは堤防の建設が行われていた。街道がその傍に続いていたので、様子を聞くことにする。
「これはこれは!ようこそおいでくださいました!」
現場の代表がサトルたちを笑顔で出迎えてくれた。しかし川の規模に比べて堤防はあちこちで途切れているようで、その上人員もあまり多くないようだった。
「昨年ようやく国王陛下の号令の下で、堤防の工事が始まったのですが、ご承知の通り陛下がお隠れになられてからは……」
「“魔獣の門”の修復が最優先なので削られてしまった、ということか」
「ええ。致し方ないとは承知しておりますが……」
カイの指摘に責任者は力なく頷いた。魔獣の門とはこれから一行が向う国境地帯に建設された長大な城壁である。その城壁があるお陰でこの国は強力な魔物たちの大群の侵入を跳ね除けてきたのだが、先日突破されてしまったので最優先で復旧が行われたという。
しかしそのために資金と人員を引き抜かれてしまったので堤防の工事は停滞してしまったというのだ。
「堤防と合わせて取水口、用水路の整備も行う計画だったのですが、こちらも……」
この一帯の農業は川の付近以外は天水任せとなっており、用水路を整備して大規模な灌漑が行えれば収量は劇的に増加すると見込まれていたのだが、情勢の激変を受けていたのだ。
「水害は魔物と同等かそれ以上の脅威になるのは承知していますが、何もかも同時に整備は困難なのです」
「ああ、それはわかるよ」
カイは腕前はからっきしだが、きちんと知識があり、為政者としての視点も持ち合わせていることはよくわかった。
現代日本の一方通行の道路ほどの道幅の街道を進む一行。完全に直線というわけではないが、かなり真っ直ぐに整備されている事にマナが気が付く。
「カイ殿、イトナは街道は整っているんですね」
「ええ。全ては魔獣の門を維持するためなのです」
魔獣の門はイトナの国軍の大半が常駐している一大防衛線である。そのため軍の移動や物資の補給を常に行う必要がでてきたので、合わせて街道も整備・維持されているというのだ。
「見ていただければご理解できるかと思いますが、魔獣の門は最前線でありながら、我が国第二の都市と言っても過言ではないのです」
ほどなく到着した丘の上にそびえたつ巨木の下で昼食のために休止することに。一日三食摂ることができるのはこの国では有力者だけだというが、ともあれピザの生地だけ焼いたようなパンと、魚のジャーキーとイチジクのような干し果実、そしてお湯に少量の蜂蜜を溶かした飲料の昼食を摂る。
「小半刻ほどで出発いたします。今宵はわたくしめの屋敷でおくつろぎ下さい」
道中で昼食のための休止をしていると、家畜を伴った集団と出くわす。細長い首と胴体がもこもこの白い毛で覆われた小型の馬ほどはあろう動物の群れ。それを数人の人間、いや、ワーウルフが従えていた。
「あれは?」
「あれは狼人族です。牧畜は彼らの生業ですから」
人間が農業で農作物を栽培して糧とするなら、狼人は牧畜で糧を確保しているということだろうか。
彼らの話が聞きたいと言うと、すぐに従士が彼らに駆け寄って話を付けてくれた。
やってきたのは一家の主の雄。彼は首に麻布のような生地のマフラーを巻き、腰に道具袋をつけたベルトを締めていた。
「お初にお目にかかります。ワラジーと申します」
彼らが飼育しているのは主にググーという動物。他にも牛に酷似したタウタという草食獣もしいくしていた。
「我々は先日、この村の敷地に届きました。これから三週間ほど滞在する予定です」
彼らは領内を、ある程度決まった日程で村々を移動し、滞在した場所の休耕地や未開拓の草原に生えている草を家畜に食べさせ、その間、家畜の糞などを滞在した村に提供して賃料にしているという。
他にも村で収穫された農作物と、彼らの作ったバターやチーズや刈り取った毛、場合によってはその肉を交換したりもしているという。
「他にも害獣に悩まされている村には、若衆を派遣しています」
農作物を食い荒らす害獣、それも村で対処しきれない相手だった場合は、用心棒として狼人族の若者たちが来るという。
彼らが酷い粗相をすれば族長たちに通報されて厳罰に処されるので、通りすがりの冒険者を用心棒にするよりも安心できるといい、ゴブリンの小規模な群れであれば、近隣にいる狼人族に相談して対処しているという。
なお彼らへの待遇が酷かったり、報酬があまりに見合わないものだった場合は報復としてその村と絶縁したり、場合によっては焼き討ちしてしまう事もあるというから一方的な関係というわけでもない。
「まあ、狼人族と敵対してしまうと畑を耕す事さえ厳しくなりますから、話が拗れる事はあまりないのです」
村々の春や秋の種まき前の畑の大規模な耕起には、狼人族の持つタウタが動力に用いられる。タウタは人間だと村長級しか飼育ができず、それも保有は数頭に限られている事が大半。一度に十頭規模で運用できるのは、彼らぐらいしかいないのだ。
そのため狼人族と下手に事を構えると、肥料の入手や害獣から守ってもらえなくなるだけでなく、作付けにも多大な悪影響を及ぼしてしまうのだ。
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