第21話

 それは妹の結婚相手を決める試合から一夜が明けた朝。疲れもあって思い切り眠り込んでいたのと、ほのかに柔らかく甘い匂いと温もりに包まれていたので、清々しい気分で起床したサトル。


「ん~~。よく寝たな……」


「ふわぁぁ~。おはようサトルくん」


「!?」


 気が付くと左隣に薄い布地の寝間着姿の女性の姿がそこにあった。なんとマドカが隣で寝ていたのだ。


「ちょ、ちょっと待て?!これは一体……」


 狼狽するサトルは反対側にも誰かが横になっていたことに気がつき、またも飛び跳ねてしまう。


「お兄さん、おはようございます」


「!!」


 左を見るとマナまで寝ていたのだ。


 話を聞くと、サトルが疲れ果てて寝付いた後で、マドカが婚約者なのだからサトルと同衾すると宣言。


 しかし同じ婚約者でも挙式をあげぬまま同衾ができないミキが無言のまま両の瞳にブラックホールを発生させてしまったので、意を汲んだマナが“牽制のため”にサトルと同じ床に入ったという。


「ううう……」


 ミキは朝食時に恨めしそうな目線を送っていた。


「それでお兄ちゃん、これからどうするの?」


 不安げな表情を浮かべるミキ。いきなり異世界に召喚してしまった上に、転生してしまった自分の婚約者になるという、超展開を突きつけられていたので、完全に元の世界に帰ると言い出すのではないかと不安になっていたのだ。


「元の世界に帰して欲しい」


「や、やっぱりそうなるよね……」


 予想が的中し、がっくりと肩を落とすミキ。だがサトルは笑顔で宥める。


「心配するな。一度家に帰して欲しいだけだよ。それにオレはともかくマナちゃんは一度向こうに帰さなきゃいけないからな」


「それって……」


「ああ。準備ができたらすぐにこっちに戻ってきてやるよ」


 サトルは元の世界に帰るのは一時的で、準備ができたらまたこちらに来てくれるというのだ。


「一度に大量に物を持ち込むのは無理だろうけど、こっちで必要になりそうな知識とか道具を見定めなきゃな。それにな、お前だけじゃなくて親父たちの“遺品”扱いに困ってた物も結構あるからついでに持ってきてやるよ」


 それを聞いてミキは思わず涙していた。


 サトルは本当に転生してしまった妹ミキの伴侶になるかはともかく、妹を支える為にこの国の摂政としてできることはないかを探ろうとしていたのだ。


「ありがとうお兄ちゃん!」


 こうしてミキはサトルとマナを元の世界に送り返す準備に取りかかることに。だが、その用意のためには十日以上は掛かってしまうと言う。


「だったらその間、この国の様子を見せてくれないか?そうすれば何を調達してくればいいか、目星がつけられるからな」


 こうしてその場でサトルのイトナ王国の摂政としての初仕事が決まったのだった。




「摂政閣下の視察については実のところすでに用意していたところです」


「仕事が早いな……」


 重臣のトゥランたちは次に摂政に就任する者に、このイトナの現状を改めて把握してもらうことと、新たに姫君の伴侶として摂政が就任したことを国内に周知するために用意を調えていたというのだ。


 こうして朝食後すぐに用意が始まり、早くも出発する運びに。


「それじゃあ出発だね!」


 護衛を買って出たマドカが声高らかに宣言するが、サトルは困惑し、ミキもマナも苦情を顔に出していた。なぜならば……。


「あ、あの……一体これは……」


 顔を真っ赤にしてミキが言葉少なく抗議の意を示す。


「何って、警護に決まってますよ。サトルくんもマナちゃんも要人なんだから、きちんと腕利きが警護しないといけませんから!」


 これまでの流浪の旅の時ように全身を覆うプレートメイルをまとわず、女性向けの騎乗服に剣を帯びたマドカはドヤ顔をしている。


「そ、そのことではなくて!」


 ミキが憤慨しているのはマドカが警護している事ではなく、彼女が自分の真ん前にサトルを騎乗させて密着していたからだった。


「だってサトルくんは馬に騎乗できないから、ボクが手綱握ってないと駄目だし」


「でもだからってそれは!」


「別にいいじゃん。だってボクとサトルくんは婚約してるんですから!」


 力を強めてサトルを抱き締めるマドカ。


「サトルくん、背中おっきいね」


「あ、ああ……」


 異性に転生していた旧友の甘い吐息がうなじをくすぐり、柔らかい胸が背中に密着し、腰の少々上を、締まっていて細い腕が手綱を握って挟んでいた。


「ま、前は見づらくないのか?」


「鞍の高さを調整すればいいから大丈夫だよ!」


 しかしその様子をミキだけでなくマナまでも恨めしそうに見つめていたことにサトルがようやく気が付き、他の交通手段を用いる事に。


「お兄さん、結局自動車は使わないんですか?」


「うん。故障や燃料切れで立ち往生したらマズいからな」


 燃料は満タンに近い状態だったが、下手に用いて燃料切れにするわけにはいかないので封印することに。


 そのためミキが要人の送迎用の輿を出すように手配してくれた。輿は下に車輪、上に布地の屋根付きで、身長が2メートル以上ある大きな植物が前後について運搬する乗り物だった。


「こ、これは……」


 巨大な植物は胴回りは普通の樹皮になっていたが、ゆっくりと歩行可能な根を持っていた。


「この植物はドウラと申しまして、重い荷物の運搬や人の輸送に使われております」


 移動速度は徒歩と同程度で、移動速度を変える事もできないが、どんな悪路も走破できる上に揺れがほぼ無く坂道にも強いので、物資の輸送だけでなく、道を急がない人、特に貴人の移動用にも用いられているという。


「歩く植物か……」


「改めて異世界ですね」


 このドウラは大量の水を必要とするので川沿いに生息しているのだが、原産地は川の流れが頻繁に変わってしまうため、それを追いかけるために歩行能力を獲得したらしい。それを人が品種改良して使役しているというのだ。


「他に護衛も揃えております。もし魔物の群れが襲撃してきても、この護衛たちであれば用意に退けられるでしょう」


 ともあれ腕利きで屈強な衛兵たちが十二人。道案内に最寄を治める若い領主と彼の護衛、そして月光の騎士マドカを合わせた一団が、ミキの見送りを受けつつ王宮を出発した。

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