視察旅行だよお兄ちゃん

第20話

 イトナ国の姫君の伴侶を決める決闘試合から二週間後。朝の日差しを浴びてサトルはゆっくりとベッドから起き上がる。


「ん……」


 ゆっくりと伸びをすると、思わず周囲を見回してしまう。室内に誰も居ないのを確認すると、思わず安堵の溜息を漏らしていた。


「久しぶりに静かな朝か……」


 窓の外から鳥の鳴き声と共に、ぱぁん・たたたたたんと乾いた発砲音が聞こえてくるが、場所は遠い上に、この北区では朝からどこかで銃声が聞こえてくるのは当たり前のことなので、地元民にとってはこの程度は騒がしいには値しない。


 そう、ここは異世界のイトナ王国ではなく、サトルの故郷、福岡市北区の自宅だった。


 サトルは短パンとTシャツのラフな部屋着で二階の自室から降りると、米が炊き上がった匂いと、お湯が沸いた音と湯気、そして肉類が焼ける香ばしい匂いが台所から立ち上っていたことに気が付く。


「おはようお兄ちゃん!」


「おはようございますお兄さん!」


 台所にはエプロン姿のミキとマナが。スープはインスタントで済ませるためにお湯だけ沸かし、目玉焼きとベーコンを焼いていたのだが、何故か卵は6つも焼かれていた。さらに食卓に並べられていた皿も6人分。


 そこで二階からドアが開く音がして、ダボダボの青いTシャツ一枚とスパッツの格好の女性が降りてきた。


「ふわぁぁ……。おはようサトルくんたち……」


「ああ。おはようマドカ」


 降りてきたのはマドカ。異世界に転生していたはずの彼女が、何故かサトルの自宅にいたのだ。


「しっかしお前、その格好、どうにかならないか?」


 聖鷹戦団ハリーソルジャーズがプリントされたTシャツを着て下りて来たマドカ。ただしサイズが成人男性向けで大きいので左肩からずり落ちそうになっていた。それを咎めると、眠たげな目をこすりながら適当に左右のバランスを取って済ませてしまう。


「あの、マドカさん……。もう少しこう……」


 マナもミキも呆れているが、マドカは一向に気にしていない様子でふぁりと欠伸してしまう。


「いいじゃん別に。サトルくん以外はみんな女の子だし、ボクとサトルくんは婚約してて他の子もそうなんだから家族と同じなんだよ。恥ずかしがる必要ないからいいじゃん」


 転生してからも騎士として育てられてきたマドカは、外出時に威厳を保つ事は徹底的に仕込まれ放浪時も保っていたが、ここではその必要は無いからと、地を出してぐにゃぐにゃになってしまっていたのだ。


「わかったから顔は洗ってこいよ」


「そだね。うん、そうするよ」


 そのままマドカは大きくあくびしながら洗面所に。


「ただいま!」


「ただいまですわん!」


 そこにドアが開いて誰かが戻ってきた。一人はランニングスタイルに身を固めた紫色のロングヘヤーに真紅の目をしたクールな美女。そしてもう一人は深々とフードを被った小柄な少女。しかし部屋に入るなりフードを取るともふもふした豊かな栗色の髪が湧き出すようにこぼれた。


「ミキさまぁ!サトルさまぁ!朝のお散歩、終わりましたわん!」


 リビングをぱたぱたと走り回って座ると、サトルに頭を撫でるのを要求してきたのでサトルはよしよしと撫でる。撫でると髪の間から握りこぶしほどの獣耳がひょっこりと顔を出した。


「ちょっと!ジョギング終わって汗をかいてるんだからシャワーを浴びなさい!あなた人間なのよ!」


 緑髪の女性が叱るが、もふもふの少女は頬を膨らませて従わない様子。


「わかったから一緒に入ってくるんだ」


「はーい!」


 サトルに窘められて、少女は二人で浴室に向った。


「さて、残るはあと一人か」


「ですね……」


 困った顔をして見合わせるサトルとマナ。ミキは苦笑いをしていた。


「起こしてくる」


 サトルは溜息を大きくつくと、二階の一番奥の部屋に向う。近づくとドアの向こうからはぐーぐーと豪快ないびきが聞こえていた。


 サトルはドアをノックしながら呼びかけを行う。


「おーい!いい加減起きろ!」


 しかし返事がないので、止む無くサトルは家主として部屋に踏み込む事に。


「開けるぞ!」


 ドアを開けて部屋の中を見たサトルは目を疑う光景を目にして言葉を失っていた。


 半ば物置になっていた部屋にダンボールベッドの上に敷かれた布団。その上に燃えるようなオレンジ色の髪のスタイル抜群の美女が、下にパンツ一枚のみで寝ていたのだ。


「ふわぁ……。って、なんだサトルじゃねえか……」


「おい、前ぐらい隠せ!」


「いいじゃねえか。見られたぐらいで減るものじゃあるまいし。大体、オレとお前の仲だろうが」


 そう言って胸の前に飛び出している大きく豊満なふくらみを恥ずかしげも無く揺らし、艶かしく身体を捻って見せるが、当のサトルは視線を逸らし、顔を真っ赤にしながら声が怒っている。


「親しき仲にも礼儀ありだ!勘弁しろよ!」


「へいへい」


 言われると彼女は枕元に放置されていた長タオルで胸だけ隠す。


 最低限も最低限の格好をさせると、ようやくリビングに降りるサトルたち。テーブルには6人分の朝食が置かれ、一人分のみは椅子に座ろうとしないもふもふの少女のために用意された小さな座卓に、ドッグフードが盛られていた。


『いただきま~す!』


 白米にインスタントの味噌汁やコンソメなどの各種スープ、そしてベーコンエッグとサラダが並ぶ朝食を皆で同時に食べる。


 サトルは一般的なご飯茶碗で食べているが、マドカと赤毛の女はどんぶりに山盛りの白米を勢い良く食べている。


「しかし良く食うな二人とも……」


「だって食べれる時に食べておかないと」


「空腹で戦えないんじゃ話しにならねえからな」


 二人は我先にご飯を胃の中に掻き込むと、先を争って炊飯器に突撃したが、紫の髪の年長の女性が一喝した。


「二人とも静かになさい!炊飯器は逃げないし、今日は一人二杯まで!」


『は~~い』


 まるで面倒見の良い実姉のように毅然とした態度で叱られると、両名とも静かに炊飯器に向かい、規定の量だけ器に盛って着席。そして食事を再開した。


(まったく。どうしてこうなった……)


 目玉焼きに醤油をかけながら、サトルは決闘試合が終わった翌朝のことを回想していた。

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