第19話
驚愕するサトルとマナ。だがマドカはその様子に対して怪訝な顔をしている。
「何を驚いているのサトルくん。サトルくんはボクの懐剣を受け取ったんだから、ボクは当然、サトルくんのお嫁さんになるんだよ!」
「まてまてまてまて……」
「そ、そうです!」
慌てふためくサトルとマナ。そこにトゥランが口を挟む。
「何を驚かれるサトル殿。独身の乙女からの懐剣を受け取ったという事は、マドカ殿からの求婚を受け入れたという事であろうに、何を今更」
これには思い切り噴出してしまう二人。
「お、お兄ちゃん!この世界だと女性から男性に懐剣を差し出すっていうのはプロポーズの返事、お嫁さんになるのを受け入れますって意思表示なんだよ!」
「まてまてまてまて……」
「決闘の最中に、貴殿はマドカ殿と話をしてあったではないか。あれは決闘の最中でありながら求婚の誘いであった故に、マドカ殿は応じたのではなかったのか?少なくともあの場に居合わせた皆はそう受け取っておるのだぞ?」
救いを求めるようにミキの方を見ると、眼に木星の大赤斑のような淀んだ重たい渦を浮かべ、何ともいえない不思議な顔を浮かべていた。
(マジか……)
呆然としているサトルと硬直しているマナに、トゥランはさらに追い討ちをかける。
「さて、貴公は陛下のお言葉に基づき行われた試合の勝者。月光の騎士殿の伴侶はもちろん、ミキ姫様の“伴侶”となって我が国の支えて頂かねばなりませぬ」
『』
サトルとマナは声も出せなかった。
ミキはサトルを兄と呼び、サトルもマナも今の彼女がミキの転生なのだと確信していた。
だが家臣たちにとってサトルは、あくまで姫君が召還した異世界からの異邦人であり、ダイキの息子ではない。
そして今は国王の遺言を果たして万人に認められた勇者となっており、その遺言に則ってサトルがミキの伴侶となるのは当然と、誰もが判断していたのだ。
「ま、ままま待ってくれ!マドカはともかく、ミキは……」
混乱しうろたえるサトルに、ミキは意を決して告げた。
「お、お兄ちゃん!お兄ちゃんと私、今は血が繋がってないんだよ!」
『』
確かにミキの指摘の通りである。ミキは前世と同じくこの世界に転生したダイキとミサの娘として転生していた。だが、ダイキとミサの両親は共に前世とは全くの関係のない別人だったという。
確かに容姿は似通っていて記憶は引き継いでいてもその肉体は全くの別人なので、当然転生していないサトルとの間に血の繋がりなどあるわけが無いのだ。
「だ、だから私!今度は正々堂々とお兄ちゃんのお嫁さんになれるんだよ!!」
ミキが前世から兄のサトルを兄としてでなく男として思慕していたのをマナは知っていた。サトルもミキの死後に読んでしまった彼女の日記の記述から、その事を把握してはいたのだが、改めて眼前で意思表示される事になろうとは全く想定していなかったのだ。
「ちょっと待ってください!それって重婚ですよね?!」
マナが問いただすと、マドカが笑顔でミキやトゥランに尋ねる。
「質問です!この国は確か重婚は大丈夫なんだよね?」
「ええ。五人までは問題なく認められておりますな」
さも当然とトゥランは返答した。
「だ、だけど一国の君主が、妻の一人になるなんて本当にいいのか?!」
ようやく言葉を搾り出したサトル。男の君主が複数の妻を娶る事は人類史にありふれているが、女の君主が妻の一人になるというのは聞いたことが無いからだ。
「確かに前代未聞ですな。しかしこれは姫様がお決めになったことであり、家臣がとかく口出しする事でもありませんので」
『』
このイトナ自体がダイキが統一して打ちたてた国であり、まだまだ伝統らしい伝統は形成されていなかった。その上初代国王夫妻は既存の価値観の破壊者として名を馳せており、愛娘についても日頃は本人の好きにさせると公言して憚らなかった(むしろ遺言で娘の結婚を言い残したのが唐突だった)。
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんがマドカさんとも結婚するのに反対なんてしないよ。だってマドカさん、みんなの前でお兄ちゃんにプロポーズして、お兄ちゃんだってO.K.したのに、私が後から取り消しますだなんて言えないもの……」
「やったぁ!ありがとうございます妹ちゃん、じゃなくってミキ姫さま!」
「」
二人にぐいぐいと迫られて石のように硬直してしまうサトル。
「待って待って待って!」
顔を真っ赤にして二人を制止したのはマナだった。
「ミキちゃん!い、いきなりそんな事言われたら誰だって、お兄さんだって混乱しちゃうよ!」
この展開に混乱しているのはマナも同じだった。だがそんなマナの様子を見てマドカは笑顔を浮かべる。
「そっか、君はサトルくんの彼女なんだね。だったらいきなりこんな展開になったらたまらないよね……」
その言葉にさらに顔を真っ赤にするマナと、硬直しているサトルを尻目にマドカは続ける。
「でも大丈夫!こっちだったら重婚しても大丈夫なんだから、君も遠慮しないでボクとミキ姫さまとも一緒にサトルくんのお嫁さんになればいいんだよ!」
二人に対してさらにミキが追い討ちをかけた。
「そっか!そしたらマナちゃんは私とも姉妹になれるんだよね!」
その発言にマナは大きく心を揺さぶられていた。
「お、お兄さんと結婚したらミキちゃんとも家族に、私がミキちゃんのお姉さんに、ミキちゃんが私の妹になる……」
両の瞳の中をぐるぐると銀河のように回しながら、マナはきらきらと眩い妄想の世界に飛び立ってしまっていた。彼女の頭の中では、サトルの妻になる事ではなく、親友と晴れて姉妹になれる事の方がウエイトが遥かに高いようだった。
「じゃあ三人同時でいいんだね!」
「やったぁ!今度こそマナちゃんと家族になれるんだ!」
こうしてサトルを放置したまま話がノリノリで進んでいく。話が婚礼の日程にまで及んだ時、ようやくサトルが重たい口を開いた。
「……。一度帰してくれ……」
それは深淵から搾り出すような、サトルの切なる懇願だった。しかしその声は盛り上がる周囲の誰からも聞いてもらえず放置されてしまう。
「一度帰してくれ……」
再び声を発したが、結果は同じであった。
こうしてサトルは、この異世界の小国イトナにおいて姫君の伴侶として、彼女とこの国を支える事になってしまったのだった……。
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