第18話

 試合終了からおよそ一時間後。王宮の中庭に試合を終えた参加者が一同に並んでいた。


 とはいえ五体満足な者はサトルとマドカが戦った者たちばかりで、それ以外は全員医務室か安置所に寝かされていたのだが。


「さてサトル殿。敗れた者たちの処遇だが……」


 トゥランが最後の勝者となったサトルに尋ねる。この試合は最終勝者に、敗れた全員の生殺与奪の権利が与えられているのだ。


「この者たちをどのように処遇されますかな?」


 サトルはその問いに迷わず凛とした声で宣言する。


「君たち全員、命は取らない!このイトナ国に仕える者は引き続き忠誠を尽くし、そうでない者は故郷にでも帰っていい!」


 その発言に参加者はもちろん家臣たちも驚く。


「さっすがお兄ちゃん!やっぱりそうするよね!」


 ミキ姫は兄の口から期待した通りの発言が聞けて満足している様子。


「本当にそれでよいのですかな?」


「ああ。これ以上無用な血を流す必要なんてないし、財産没収なんてこともやりたくない」


 寛大な処置に一同から安堵の声が漏れる。大抵の場合、命を取られたくなければ全財産を勝者に差出すが、金銭が足りないものは殺されてしまう事も珍しくなかったからだ。


「サトルさま、寛大な処置に感謝致します!このご恩に報いるため、私の命を貴公にお預け致します!!」


 サトルの下に真っ先に駆け寄り、涙ながらにひれ伏してサトルに忠誠を誓うのは、彼が最初に破った諸侯の一人、カイだった。


「ああ。おいおい返してくれたらいいよ」


 軽く笑顔を浮かべてカイを宥めるサトル。そこへ二人目、見上げるほどの大男が歩み寄ってきた。


「助命の恩は必ず返す。だが今のオレは鍛え方が足りない……」


 サトルに傅いて一礼したセイガン。彼は再び諸国を流浪する一介の冒険者に戻ったのだ。


 他の者たちも続々とイトナの者たちは膝をついてサトルに礼を述べ、続いてミキに祖国への忠誠を誓い、異国の者たちも一礼と感謝の言葉と得物を置いて去って行った。


「姫様!ボクはもう流浪する理由が無くなったので、このイトナへの仕官を希望します!」


 最後に残った月光の騎士マドカの申出にミキは笑顔で迎えた。


「はい!高名な月光の騎士が、この危急の我が国に仕官してもらえて心強い限りです!」


 こうして試合に参加した全員の処遇が決定したのだった。


「これで一件落着だな」


「そうみたいですね」


 安堵するサトルと相槌を打つマナだった。



 そして迎えた夕刻。国王の遺言に則った試合を全て終えた一同は盛大な夕食を共にする事に。


 ミキが麗しく着飾っているのは当然として、マナもミキからの計らいで華やかな黄色のドレスを着せてもらっていた。


「どうお兄ちゃん?マナちゃんも綺麗でしょ!」


「ああ。良く似合ってるよ」


「あ、ありがとうございます……」


 この国の正装、黒くつやがかかった絹のような布地に、近代の将官のような衣装をまとったサトルがマナを褒めると、彼女は顔をほのかに染めた。


「サトルくん、ボクはどう?!」


 ミキやマナに見劣りしない美しい薄い水色のドレス姿の美少女が、足取りも軽く現れたのでサトルばかりか他の者たちも驚きの声を漏らしてしまう。


「って、誰かと思ったらマドカか?!」


「うん!ボクはカッコイイのもカワイイのもどっちも大好きだよ!」


 あどけない笑顔を浮かべてくるくると幼い少女のように舞って見せるマドカ。日頃から仮面を被って騎士として、男として振舞ってきたので、その反動が出ているようだった。


「あれが月光の騎士の本当の姿……」


「まるで妖精のような美しさだ……」


 着席して食事を囲みながら、サトルはマドカに尋ねた。


「なあマドカ。どうしてこの試合に参加したんだ?」


 女としてこの異世界に転生してしまったマドカが、姫君との婚約を巡っての決闘試合に出場したのがサトルはもちろんほぼ全員が理解できなかったからだ。


「うん。腕試しとお婿さん探しのためだよ」


『?!』


 さらりと言ってのけたマドカに絶句する一同。さらにマドカは話を続けた。


「ボクはね、この世界で騎士の家に生まれて修行してきたんだけど、無理やり良く知らない男の人と結婚しろって親から言われたんだ」


 騎士の家に転生してしまったマドカは、すぐに剣や乗馬などの武芸に目覚めて花嫁修業を蹴っ飛ばしてあっという間に一族最強の騎士へと成長したという。


 だが両親は女のマドカでは家は継承できないからと、他家の男と結婚するよう話を進めてしまったのだ。


「だけどボクは弱い相手と結婚するなんて嫌だったから、その人をコテンパンにやっつけて家出したんだよ」


 そこからの経緯はマドカの侍従を務めている中年夫婦が語ってくれた。


「婚約者を叩きのめしてしまったマドカさまは、ご当主さまたちからついに勘当されてしまいました。ですが私共はマドカさまを見捨てておけず、ならばいっそ地の果てまでとお供する事にしたのです」


 出奔したマドカは自分の腕試しも兼ねて、仮面を被って男として性別を偽って武者修行を開始したという。そしてマドカは騎乗槍試合と聞きつけたら颯爽と駆けつけ大活躍。合わせて各地で悪名を轟かせていた魔物も次々に成敗し、諸国に轟く名声と、莫大な賞金を得ていた。


 だが、その間に出会ってきた猛者たちもマドカが認めるほどの者は無かったという。


「それじゃあこの大会に参加したのは……」


「お姫様を娶ろうとして参加する相手が弱いわけないよね?ボクに勝てるくらい強い相手だったら正体を明かして、ボクもお姫様と一緒にお嫁さんにしてもらうつもりだったんだよ!」


 この発言に侍従夫婦は揃って顔を抑え、皆は呆気に取られてしまう。


「あの……、もし優勝したらどうするつもりだったんですか?」


 マナの質問にあっけらかんと答えるマドカ。


「お姫様だけに正体を明かして、また旅を続けるつもりでした!」


 その返答に力ない笑いで返事するミキ。


「でも決勝の相手は今まで戦った誰より強かったし、何よりサトルくんだったんだもの!」


 こうして全く思わぬところで前世の親友と再会したので、マドカは戦いを放棄してしまったのだ。


「とにかくこれで一件落着だな」


「そうですね」


 安堵するサトルとマナ。ミキも嬉しそうに頷く。


「うん!何たってサトルくんはお嫁さんを二人もゲットしてハッピーエンドだもんね!」


『?!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る