第17話
『?!』
何を思ったのか、騎士は突如として兜を、そしてその仮面を脱いでしまったのだ。
『まさか?!』
風と共に長く美しい水色の髪がたなびく。対峙するサトルは軽く、周囲の観客は大いにどよめき驚く。
『月光の騎士マドカは男ではないだと?!』
その顔かたちは男性ではない。遠目にも中性的に見えている。やがて舞い込んだ一陣の風が騎士の髪をさらさらと舞い上げさせる。それは月光に照らされ映える白き花のように可憐な美しい乙女にしか見えなかった。
『まさか入れ替わり?!』
『いや、あの身のこなし、技前は紛れも無く本物だぞ!』
『月光の騎士マドカは元々女だったってのか!』
だが周囲はざわめいても、当のサトルは警戒を一切解かずに銃を構え、彼女の額にしっかりと狙いを定めていた。
対する女騎士は警戒を解かないサトルに大きな声を出して呼びかけた。
「ねぇ!さっきの裸締めにその息遣い……。やっぱりサトルって北区の柊町に住んでた、あのサトルくんだよね?!」
「?!」
この問いかけには流石のサトルも驚きを隠せなかった。それは紛れも無くサトルが生まれ育ち、今も住む地名だからだ。
「何でそれを?!」
銃をぶれさせずに尋ねるサトルに、女騎士は喜びの色を声に乗せつつ懸命に答えた。
「ボクはマドカだよ!サトルくんと同じ幼稚園に通ってた、三軒隣に住んでたマドカだよ!」
その返答に困惑するサトル。確かにマドカとは幼稚園時代に毎日親しく遊んだ仲だったが、卒園前に交通事故で命を落としていたのだ。言われてみれば面影が似ていなくもないのだが……。
「って、ちょっと待て!マドカは男だろ!!」
そう。サトルが知るマドカは男の子だったのだ。夏場に一緒にビニールプールで遊んだ時は、共に全裸になって見せ合いっこした仲だったので性別は男だとはっきりしていたからだ。
「そう言われても!ボク、生まれ変わったら女の子になってたんだよ!」
「なっ?!」
妹同様に転生して記憶が残っていた事にも驚いたが、転生した際に性別が変わってしまったというのだ。
二人のやりとりに異変を察して、審判が駆け寄ってきた。
「どうした?!何があった!」
だがマドカは目線を一切向けずに剣を抜いて審判に切っ先だけを向けて近寄るなと意思を示す。凄みに慄いた審判は、ゆっくりと後退して行った。異変を察した観衆たちも再び沈黙に包まれていく。
サトルは真偽を確かめる為に、かつての親友を名乗る女騎士に尋ねる。
「もし本当に俺が知ってるマドカなら、この質問に答えられるはずだ!」
「何でもいいよ!」
「マドカが嫌いな食べ物は?!」
「グリンピースと粒コーン!絶対無理!!」
即答するマドカ。これは幼稚園での昼食時にマドカが絶対に食べなかったものだ。
「好きなアイスは?!」
「ホワイトモンブラン!」
これはマドカの家に遊びに行った時に良く出てきた棒アイスで当たりつきのもの。地場のスーパーマーケットやコンビニエンスストアでは現在でも売られているが、全国区ではなく九州ローカルの商品である。
「好きなヒーローは?!」
「聖鷹戦団ハリーソルジャーズのハリーブルー!」
これも地元テレビ局が製作した、サトルたちが幼い頃に展開していたローカル番組のヒーローだった。マドカが被っていた仮面は正にこのヒーローのマスクに酷似していたので、おそらく前世の記憶を基にして作らせたのだろう。
「確かに俺が知ってるマドカで間違いないな」
しかし眼前の相手が幼かった頃の親友の転生した姿だと判明しても、サトルは銃を下ろさない。
「だが今は決闘の最中だ」
「そっか、そうだよね!」
するとマドカは剣を鞘に収めると静かに地面に置いた。そして胸甲まで脱いで無防備なアンダーシャツをさらす。女性特有の胸のふくらみは見て取れるが、動作の動きの邪魔にならない程度に穏やかなようだ。
そしてその服に下げていた、胸の真ん中に収まっていた筒を取り出した。
『あれは!?』
『まさか?!』
観客は誰もがその光景に驚き騒ぐ。この世界の騎士が肌身に着けている筒は懐剣であり、それは自身の身を守る最後の武器だからだ。
「ご覧ぜよ!これが我の最後の護りなり!」
高々と筒を頭上に掲げ、鞘から抜き放つと両刃の短剣が光を反射している。その剣を再び鞘に収めると、マドカは鞘を手にしてサトルの元に歩み寄る。
「サトルくん受け取って!これがボクの最後の武器だから」
「……、ああ」
差し出された懐剣をサトルは左手で受け取る。そして受け取った直後、闘技場に居合わせたほぼ全員が驚きの声をあげた。
『か、懐剣を差し出した!?』
『そして受け取った!』
その様子を見届けた審判はゆっくりと、だが大声で宣言した。
「勝負あり!月光の騎士マドカの試合放棄が成立!よって勝者はサトル!」
この世界では騎士に限らず戦場に立った者が最後の武器を相手に差し出す行為は降伏を意味していた。即ちマドカはサトルに自身の生殺与奪の権利を差し出し、サトルはそれを受け入れたので、決闘は終了したのである。
「やったぁ!お兄ちゃんが勝った!!」
飛び上がって喜ぶミキ。
「よかった……」
無闇に血が流されずに決着が付いた事に安堵するマナ。
「本当にあの者が勝ちおった……」
重臣たちは一様に驚きを隠しきれないようだった。
「じゃあサトルくん!これで試合は終わったから戻ろう!」
「あ、ああ……」
マドカは奥から飛び出てきた自分の侍従が武具を拾うのを確認すると、彼女は満面の笑顔を浮かべてサトルの右手に抱きついて手を握る。サトルはふうと大きく息をつくと、そのまま一緒に歩調を合わせて戻って行った。
こうして会場が騒然とする中、ミキの婿を決める決闘試合は終了したのだった。
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