第16話
『試合開始!』
高らかにラッパが鳴り響くと同時に騎士は一直線にサトルに向って突っ込んできた。
(来たか!)
サトルは拳銃を立て続けに発砲するが、当たっても鎧を貫通できずに凹ませるだけで、弾丸は弾き飛ばされしまう。
「やっぱりダメか!」
貫通力が高い弾丸であれば貫通できたであろうが、サトルが持っているのは非殺傷目的の特殊プラスチック弾ではプレートメイルの貫通は不可能であった。
「くっ!」
槍の一閃を間一髪の前転で回避するサトル。騎士はそのまま壁際まで駆け抜けてしまった。
「お兄ちゃん、何とか避けられたけど……」
「あの鎧には銃もスタンガンも効かない……」
不安な表情を浮かべてサトルを見守るミキとマナ。
「さて、どうする……」
騎士は方向を転換して再びこちらに進路を向ける。再び突進してくるのは間違いない。
(とにかく突進をどうにかしないと!)
サトルはマスクをゴーグルとマスクを装着し、腰に下げていた缶を取り出して身構える。スタングレネードは昨日使っているので在庫切れだが、他に手段はあったのだ。
三呼吸ほどにらみ合った直後、騎士は突撃を開始した。直後にサトルは缶の引き金を引いて、前方に薄茶色の煙を放った。
「?!」
勢い良く突進していた騎士の動きが目に見えて乱れた。馬はサトルが発射した猛獣撃退用スプレーの煙を吸い込んで狼狽してしまったのだ。
(よし!)
突進の勢いが緩んだ騎士。それを見てサトルは逃げるのではなく逆に騎士に向って一気に駆け寄る。騎士は愛馬を宥めながらサトル目掛けてスピアを突き出すが、狙いもうまく定められないので禄にかすりもしない。
「どうだ!」
サトルの狙いは騎士ではなく馬の方だった。なんとか落ち着こうとしていた馬の、防具がない脇腹にスタン警棒を押し当てスイッチを入れる。強烈な電撃が馬を襲い、その衝撃に驚いて大きく飛び上がって暴れてしまった。
「ぐぅ!!」
騎士は馬から跳ね飛ばされてしまった。だが、鎧は外見以上に軽いのか、機敏に身をこなして何とか倒れずに着地した。
「くっ!」
眼前には倒れて足掻く相棒の姿は見えるが、バイザーの隙間の限られた視界には対戦相手の姿は無かったのだ。
(まずい、見失った!)
騎士が腰に帯びていた細身の剣に手を掛けたその時だった。
「でぇいっ!」
斜め後ろから衝撃を受けて前に倒されてしまう騎士。そしてすぐに背中と首に気配を感じた。
「しまっ!」
そこで言葉が遮られてしまう。その首元にはサトルの右腕がしっかりと蛇のように巻きついていたのだ。
「もらった!!」
そのまま地面でのたうつ二人。だがサトルの腕は騎士の細い首を締め付けて離さない。
(この裸締め、やっぱり……)
サトルは騎士の頚動脈をしっかりと圧迫し、脳に向う血流を疎外する。このまま時が経てば、卒倒させることができるだろう。
「このまま……眠れ」
サトルは思ったより相手の首が細い事に気が付くが、だからと油断などしてしまえば自分の命が危ういので躊躇は一切無かった。
「お兄ちゃん得意の締め技!」
「がっちり決まりましたね」
『このまま決まるのか?』
試合会場には対戦する者以外は入れず当然助太刀などできない。観客の誰もが固唾を呑んで展開を見つめていた。
「このままいけば……」
「お兄ちゃん……」
マナとミキも祈るように展開を見つめるその時だった。
「!!」
後ろから何かの気配を感じたサトルは、慌てて裸締を解いて跳躍して前転した。
「オオォーーン!!」
確かに助太刀に人間が入ることはできない掟だが、すでに同伴していたなら話は別である。
「かはっ!ありがとうオックス!」
騎士の危機を救ったのは愛馬だった。猛獣用スプレーとスタン警棒を浴びせられたショックから早々と復帰して、主人を守りに来たのだ。
(今の声は?!)
距離を置く双方。サトルは先ほど締め上げた際に、首周りがとても細かった事と、嗅いだ相手の体臭が男のものではない事。そして先ほど聞こえた声が成人男性のそれとは異質である事に気が付いていた。
(だが今は……戦闘の最中だ)
相手を年齢・性別で判断すると易々と命を奪われかねないのが北区である。
例え小学生にしか見えない子供が相手でも銃を所持していている可能性は高く、油断すれば撃たれて倒される事は想定しておかねばならない事を骨の髄まで叩き込まれていたサトルは、息を荒げこそすれ、決して油断する事は無かった。
「ぜっぜっぜっ……」
せわしく息継ぎをしてしまうサトル。
(どうする?こっちの手の内は見られてしまった……)
相手と違い長い得物は持っておらず、スタンガンも体術も見抜かれているのだ。長期戦になればサトルが不利になるのは明白だった。
固唾を呑んで見守る周囲。だがその時、予想外の事が起こった。
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