第13話
セイガンに挑むのは銀色の全身鎧を身にまとった男デク。カイより一回り背丈が小さく、この国の成人男性の平均身長というところだろうか。マントに豪華な刺繍が施されているのを見るに、カイと同等に良い家柄の者らしい。
「お偉いさんの甥っ子らしいが、さあどうなる事やら」
サトルの目にはすでに鎧の男はセイガンの威容に飲まれて尻込みしているように見えるが果たして。
『開始!!』
試合開始の大太鼓が鳴らされると同時に巨岩が動いた。それも見た目に似合わぬ俊敏さで。
『おお~~!!』
セイガンは真っ直ぐに鎧の男目掛けて飛びかかる。男は剣を突き出して抗おうとしたが、セイガンの巨木な幹のような右腕は剣を握った手を捕まえてガントレットごと握りつぶしてしまう。
「!!」
拳を握りつぶされたデクは声を上げずに絶叫していた。
「もう決まったみたいだな」
そのままセイガンはデクを地面に叩きつけると、今度は左手に握った岩塊のようなナックルダスターで何度も殴打を繰り返す。鎧は殴打された石油缶のような有様になって、その隙間から赤い血が滲んでいるが勢いは止まらない。
「試合は止めないのか?」
サトルの問いに衛兵は平然と答える。
「武器を全部手放せば降参できるけど、あれじゃあなぁ」
彼の右手には未だ剣が握られていた。もっとも、拳と柄が一体化してしまって手放す事ができなくなってしまったからなのかもしれないが、ともあれ現状では続行可能と見なされているようだ。
「さあ、噂通り仕上げみたいだ!」
もはや人形のように力なく手足をブラブラさせているデクを軽々と抱えあげると、セイガンはそのまま地面に叩き付けた。
彼は大きく一度跳ね上がり、ようやく手から剣が零れ落ちた。そして全く身動きしなくなってしまった。
『勝負あり!勝者セイガン!!』
巨岩は天に向って大きく吼える。対戦相手の従者たちが慌てて駆けつけ、鎧を着たまま担架に乗せて運んでいったが、あの分ではすでに息絶えているのではないかと思われた。
「叩き付けなくても勝負は決まっていたのに……」
マナは露骨に嫌悪感を示す。
「自分を誇示するためだな」
サトルは顔色一つ変えずに試合を見届けていた。
「流石セイガン。八百長に乗らない馬鹿正直な男だ」
衛兵はサトルにこの試合の裏の話を教えてくれた。
「聞いた話だと、セイガンはあの男の身内から、勝ちを譲れば金貨300枚、譲らなくても軽傷で済ませたら金貨30枚って持ちかけられてたそうだがな」
提示された金額は相場の倍以上だった上に、敵対派閥がそれ以上の金を積んでいたという話も無かったというが、ともあれ金銭取引を一切無視して、魔獣相手と同様に正々堂々と殺し合いを実行したという勝負の鬼だったのだ。
「なるほど。殺るか殺られるかのどっちかって事か」
「そういうことだ」
それを聞くとサトルとマナは控え室に戻った。
「殺し合いの現場は北区で見慣れてますけど……」
「気分がいいものじゃないからね」
外の闘技場では現場にぶちまけられた大量の血が染みた土をレーキ削り、新たに敷きなおして次の試合の準備をしていた。
ミキは男たちの殺し合いの光景を眼にしても、基本的には平静を装っていた。
(さすが姫様。王妃様と同じく、かような場でも取り乱さず毅然としておられる……)
そんなミキを重臣たちは感心して見守っていた。いくら魔物が跋扈する世界とはいえ、貴人の女性は殺伐とした血なまぐさい光景を目にするのを隠避したり、時に気絶してしまう者も多い。現に重臣たちの妻や娘でこの試合を見物している者は誰も居なかったのだ。
ミキは前世の故郷北区での殺伐とした光景に慣れている上、転生後も両親に同行して魔物の討伐に同行する事が多かったので、修羅場には慣れていたのだが……。
(ほとんどの人たちはたくさん血を流すような戦いばっかり……)
大きな手持の扇で顔を隠すと、その裏で思い切りうんざりしたような顔をしていた。
(お兄ちゃんと、月光の騎士って人ぐらいだよね。きれいに戦ってくれるのって)
サトルの次の相手はセイガンに決定した。それを知ってマナはサトルに尋ねた。
「お兄さん、次も相手を殺さないつもりなんですか?」
「異世界だからって、ルールで認められてるからっていっても、オレは同じ人間は極力殺したくないよ」
相手は人間というよりもはや猛獣の類である。一拍の間をあけてサトルは答える。サトルは基本的に殺害を前提にした戦い方はしないというのだ。
予選でも再起不能に陥った者は数名出た模様だが死亡した者は無く、本戦でも二人とも卒倒して倒しているのがその証左であった。
「もちろんできるだけだよ。できるだけ、だけどね」
サトルは次の試合に備えて、機材の調整を開始した。
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