第12話

『剣だ!剣が切られたぞ!』


「何?!」


 カイは観衆からの指摘に驚き手にした剣を見るが、あるべきはずの刀身は柄から拳二つ分を残して綺麗に消え去っていた。それどころか、左手に持っていた盾、その三分の一までもがそぎ落とされていたのだ。

 そして宙を舞っていた剣の刃先が地面に垂直に突き立つと、場内が一瞬静まり返り、そして大歓声に変わった。


(この国の鉄はこんな程度か)


 サトルが得意だったのは真剣を用いた剣術だった。父ダイキが趣味にしていた剣術の稽古に付き合っていたため剣の扱いには慣れており、何度か実戦で使う機会もあったのだ。


 さらに彼が使っている刀は、父が“星流れ”と名付けて遺していた現代技術の結晶である超硬合金等を用いて作成された“模造刀”。砂鉄と木炭から作られた玉鋼を用いた通常の日本刀を遥かに上回る切れ味と耐久性を持っていたのだ。


 その刀の威力は凄まじく、サトルの試し切りでも骨付きの肉の塊は無論のこと、工事現場の足場用鉄パイプを易々と両断し、鉄製ヘルメットさえ一撃で両断する事ができるのだ。前近代なこの国の鉄の品質ではとても防げるものではないのは実証済みである。


「ひぃっ!」


 カイが怯んだその一瞬をサトルは見逃さなかった。サトルは刀を振りかぶってカイに防御の姿勢を取らせると、下腹部に全力で蹴りを入れて吹き飛ばし、剣と盾を手放させた。


「ぐぇ!」


 ひっくり返ったカエルのように無様な姿を晒すカイ。なんとか上半身を引き起こすが、彼の視界からサトルの姿は消えていた。


「や、ヤツは何処に?!」


 その時、背後から瞬時に腕が伸びてカイの首に絡まった。サトルはカイの背後を取って裸締めを決めたのだ。観客からどよめきが起きるが、外野からの乱入が許されていないので余裕を持って相手を締め上げた。


「眠れ……」


「がぁぁぁぁ……」


 それは痛みを感じない、柔らかな締め付けだった。頭脳への血流を止められ、禄に抵抗できず意識は眠り溶けるように無くなっていく。サトル得意とする裸締めは異世界であっても同じ人に対して極めて有効であった。


「ぉぉぉ……ぁ」


 やがてカイの意識は闘技場に溶け込んで消え失せ、肉体も地に沈んでしまった。


『勝負あり!』


 こうして一人目を片付けたサトル。その手際に柵の向こうで観戦していた観客たちから喝采が飛ぶ。


「さすがお兄ちゃん!」


「よかった……」


 満面の笑みを浮かべるミキと安堵の溜息を漏らすマナ。サトルは二人に手を振ると控え室に悠然と戻って行った。


「マナちゃん、ごめんけどお兄ちゃんをお願い!」


「うん。任せて!」


 足早に控え室に向うマナ。ミキも駆けつけたいところだが、立場が立場なので前世からの親友に託すしかなかった。


「しかしサトル殿のあの剣、相手の剣どころか盾さえ両断してしまうとは……」


「うん、だってあの剣はお父さんの“星流れ”の本物だよ」


 その剣の名を聞いた重臣たちは一様に驚きの声を挙げた。


『な、なんですと?!』


「あ、あれが、陛下が再現なされようとしていた星流れの本物?!」


 ダイキは転生してからも自分の愛剣に星流れと名付けていたが、常々“未だ前世での本物には及ばぬ”と零していたのを側近たちは知っていた。


「カイの剣はジンバの遺した名剣であり決してナマクラではあるまい。だが本物の星流れならばそれを易々と両断したというのも道理だ……」


 国王が前世で所持していた愛車に乗って現れた青年が、愛剣まで持っていたことを知った家臣たち。彼らは改めてミキが召喚した青年が特別な男であると認識を強く持ったのだった。


 大会はトーナメント方式なので休憩時間は十分確保できる。控え室で一息入れようと上着を脱ぐと戸を叩く音が。マナがタオルとペットボトルを持ってきてくれたのだ。


「お兄さん、車に積んであった非常用のものですけどこれを」


「ありがとう」


 万一の毒物の混入を警戒して、身動きできないミキの代わりにマナが動いてくれたのだ。


 水を二口と、塩タブレットを一枚食べて身体をタオルで拭くと、外から大歓声が聞こえて来た。


「次の試合が始まったみたいですね」


「確か勝った方とオレが戦うんだったっけな」


 気になったので様子を見に部屋を出る二人。



 闘技場の真ん中には巨木、いや巨岩のような大男の姿があった。


「こいつは凄いな」


 それは2m以上の巨体の大男だった。赤銅色の肌を持ち、上半身は裸で大木のような骨格に岩石のような筋肉をまとい、刺さるような視線で周囲を威圧している。


「奴はセイガン。有名な流浪の豪傑だ」


 横にいた衛兵が相手の事を教えてくれた。


 セイガンは冒険者として各地を渡り歩き、多くの魔獣を退治して名を馳せた豪傑だが、人族が相手でも加減というものを全く知らない男だという。


「さあ始まるぞ」

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