第10話
予選開始から約十分後。
「俺の勝ちでいいんだよな?」
「あ、ああ……」
大きく息をつくサトルは一人立っていた。周囲にはそれまで戦士だった者たちがそこかしこに無造作に転がっていた。
「しょ、勝者はサトル!異邦人の戦士サトル!」
勝ち抜きが確定したのを確認して、ようやく軽めに安堵の表情を見せるサトル。
サトルは開始早々スタングレネードで対戦相手たちを一気に動転させ、間髪入れずに催涙ガスを噴射してほぼ全員の戦闘力を奪い去っていた。
そして銃拳法と呼ばれる拳銃と格闘技を組み合わせた武術を駆使して、発砲、殴打等によってまともに動ける相手を次々と戦闘不能に追い込んだのだ。
かくしてサトルは多数の負傷者を出したものの(数名ほど再起不能になってはいたが)、誰一人として命を奪わず完全に無力化させてしまったのだ。
「姫様、ご覧の通りサトル殿は見事に予選を勝ち抜きました……」
「やったぁ!さすがお兄ちゃん!」
マナと二人で喜び合うミキ。
「言っただろ。俺はお前のお兄ちゃんなんだぞ」
戻ってきたサトルは二人に右手の親指を立てて笑顔を浮かべて銃をガンプレイしてホルダーに納めた。
「お兄ちゃん、銃拳法使えたんだ!」
「一応習ってただろ?まぁ、ゲン先輩なら“野良犬相手に表道具は使わん”とか言って全員素手で倒してるだろうし、キミドリさんなら“あらあらうふふ”って笑いながら余裕で後片付けしてるんだろうけどな」
北区では銃拳法の道場もあり、男女問わず受講者がそれなりにいた。
サトルの腕前は本人に言わせれば並程度だというが(同じ道場に自分以上の使い手が何人も居ることや、斜め隣の主婦のキミドリさんにはまるで敵わないとの事)、それでもこの異世界には銃そのものが存在していない事、それに相手に魔法使いもいなかったこともあって、十分に対応できたのだ。
「とにかくお兄さんが無事で何よりでした!」
「マナちゃんがこのスーツを作ってくれたお陰だよ。ありがとう」
礼を言われて顔を薄っすらと桜色に染めて笑顔になるマナだった。
その日の夕方。王都の広場に翌日開催の御前試合の参加者の名簿が貼り出されていた。
それを確認するために集まったのは参加者たちと観客たち。
名簿を見て話題になっていたのは、姫君が招聘した姫の兄を自称する若者が見事に予選を勝ち抜いたサトルの事だった。
「二十人もの猛者を相手に、誰も殺さず勝ち残ったそうな」
「なんと強い達人なのだ」
城下の人々はサトルの噂で持ちきり。本選に出場する者たちの中も、その話を聞いて戦慄する者も多数いた。
「フン!相手に止めを刺す度胸が無いだけだ」
しかし腕に自信があるものは、サトルが誰も殺さなかった、トドメを刺さない甘さを嘲笑っていた。
そこに騎乗し、仮面を被った騎士が中年の従士を連れて姿を現す。その姿を見た者たちは、ある者は丁寧に道を譲り、ある者はあからさまに敵意の目線を向ける。
だが騎士はそれらの全てに左程の関心を払わず、名簿を一瞥すると宿に戻って行った。
「おい、あの騎士は……」
「間違いない。月光の騎士だ」
仮面の騎士は参加者の中でも優勝の最有力候補と目されていた。その騎士は名簿を一瞥しただけで去った様子を見て、人々は様々に噂しあう。
「ご主人さま、何か気になる事でもおありでしょうか?」
しかし従士の問いに騎士は首を振っただけ。
「でしたら宿に向いましょう。食事もお部屋で取れるように手配しておりますので……」
今度は軽く頷くだけ。月光の騎士は余程の事がないと人前で口を開かない事でも有名であった。
すると正面からこの土地の住民ではない服装の者の複数の姿が。それは一組の男女のようだった。
「お兄さん、夕飯前に買い食いですか?」
「ああ。この小魚の姿揚げは美味しいね」
外を歩いていたのはサトルとマナだった。二人は夕食前に外に散歩に出て買い食いしていたのだ。そしてその二人を追いかける衛兵が二人、ようやく追いついたところだった。
「サトルさま、マナさま!姫様のお客人なのですから勝手に出られては困ります!」
「わかったよ。もう戻るよ」
彼らは騎乗している仮面の騎士たちと擦れ違うが、特に反応は示さなかった。騎士もまた一行の姿を視界に納めたものの、特に見返すことはなかったのだが……。
「サトル……」
人が居ない路地に入ると、どこからか可憐な少女の声が。
「ご主人様?」
ふと従士が主人に問うと、騎士は軽く首を振る。
「気のせい、ですかな。失礼致しました」
従士は声そのものに驚かず、ただ非礼のみを主人に詫びる。騎士も一貫して無言のまま、愛馬を歩ませるばかりだった。
「お兄ちゃん……。大丈夫だよね……」
「なぁに。多勢相手ならまだしも一対一なら大丈夫だよ」
「そっか。そうだよね!」
夕食の席で兄は転生した妹とその友に勝利を約束する。多勢に無勢ならともかく、一対一なら大丈夫だとミキはサトルを信頼していた。
「お兄さん少しいいですか?」
「ああ、何かあったのか?」
明日の本戦を前に道具の手入れをしているサトルにマナは声をかけた。
「本戦でもやはり、そのスタイルで?」
サトルは僅かに笑顔を作って返事する。
「ああ。本戦は大半がこの国でも有力者とかその関係者ばっかりみたいだから、できるだけ恨みは買いたくないからね。まあ本当に身が危ないと思ったら遠慮はしないけど」
サトルはついに予選では用いなかった“模造刀”、父ダイキが友人に頼んで作成してもらった愛刀“星流れ”を抜いて星明かりに曝す。その銘のように星明かりをはじいた小さく鋭い光がキラキラと眩しく輝いていた。
「お兄さん、ミキちゃんのことはもちろん大切ですけど、お兄さんも無事に戻ってきて下さい。みんなが・・・・・・心配します」
僅かばかり不安な顔をするマナに微笑むサトル。すでに天涯孤独となってしまった自分の身の事を案じてくれる人が、少なくとも眼前に居てくれる事が分かって、少し嬉しくなったのだ。
「心配してくれてありがとうマナちゃん。さあもう寝よう」
「はい・・・・・・」
サトルは翌日に備えて床に向かう。夜空に輝く砕けた月は、その端だけを覗かせていた。
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