第8話
声を揃えて驚く二人に話を続ける。
「実はお父さんたちが消える時に……」
そこに一人の屈強で貫禄ある初老の男が歩み寄ってきた。彼は重臣のトゥランといい、父のこの世界での旗揚げの頃から共に戦ってきた同士という。
「消え去る前にダイキ王は言われたのだ。“わが娘を最強の者に託す”と……」
マナは驚き、サトルは苦笑いしてしまう。
「なるほど。親父なら言いそうな話だ……」
「故に明後日、ミキ姫の伴侶を決める御前試合が開催されるのだ」
『御前試合?!』
ダイキ王の遺言に従って“人族”の中から最強の男を選抜し、その者がミキの伴侶に、この国の摂政にしようというのだ。
「でも私、相手がいくら強くても、良く知らない人と結婚するなんて嫌なの!」
王の遺言だからと周囲は話を進めたが、当のミキは大いに苦悩していた。そして自分の魔術の師匠から心から思い慕う者を召還する法があると聞き、藁にも縋る思いで実行したのだ。
「それで俺たちを召還した、と……」
無言で頷くミキ。
「その試合、やはり真剣を使うのですか?」
「無論。その覚悟が無き者に、このイトナの行く末を左右させる訳にはいかぬ故」
つまりミキの伴侶を決める為に殺し合いをしろというのだ。さらにトゥランから選抜試合に出場する資格について簡単に説明を受ける。
「参加するというなら貴公の出自はともかく、この国では一介の客人にすぎぬ故、予選を勝ち抜いてもらわねばならぬ」
本選にシード権があるのは、この国の領主の息子たちや、他国ですでに名を挙げていた騎士ばかり。一般参加者は一度に予選と称するバトルロイヤルで戦わせて、最後まで立っていた一人だけが本選に進めるというのだ。
(素性の怪しい連中は早めに殺し合わせて、勝ち残れても無事でないようにしようって訳か……)
分からない話ではない。腕は立っても何処の馬とも知れない相手を姫君の夫に、摂政あるいは国王に頂くなど本人だけでなく家臣たちとて嫌がるのは当たり前の話だ。
本選へのシード権は家臣たちの身内や、すでに名を馳せていて素性が知れた者が押さえていた訳だが、これは別に国王の遺言に反する行いではない。
トゥランの言葉にサトルは同じく無言で頷くと、しばらく間を置いて口を開いた。
「よしわかった。お兄ちゃんが優勝してやる!」
その自信満々の返答に、その場に居合わせた全員が驚いた。
「本当にいいの?!」
「ああ。ミキの頼みだからな。それも生まれ変わったのにわざわざオレに頼ってきたんだ。応えてやらなくてどうするよ」
「ありがとうお兄ちゃん!!」
歓喜するミキは思わずサトルに抱きつく。
ミキにとって兄サトルは、特別に腕が立つとか万能の英知を持っているわけでは決して無いのに、来てくれさえすれば如何なる窮地も打破してくれる絶対無敵の存在だった。だから転生して最大の危機のこの時に召喚した訳なのだ。
だがマナはさすがに驚きを隠せないまま。
「お、お兄さん!本気なんですか?!」
僅かな間だけで即断したサトルをマナが諭す。
「この試合って今まで巻き込まれたような喧嘩じゃないんですよ?!本当に生き死にが掛かってるんですよ?!」
だがサトルは笑顔を崩さない。
「うちの親父だったらこんな時、“大丈夫だ!死中に活あり!”とか“如何なる困難あろうとも、俺のこの手で未来を拓く!”って言うに決まってるからな」
「……」
マナはサトルがミキと自分を窮地から救う現場に何度も居合わせていたが、不安を拭い去れてはいなかった。
一方、トゥランはサトルという異世界からの客人、ミキが兄と呼び慕う青年が、彼の知るダイキ王が側近や身内の前でしか口にしなかった常套句を完璧に口調まで真似て言い切って見せた事に静かに驚いていた。
(陛下の常套句を完全に諳んじるだけでなく、あの豪放な態度。陛下の前世の息子だったというのは本当かもしれんな……)
食事と話を聞き終えるとサトルは寝室に戻る前に車に向かう。
「出番が来るなんて思っちゃいなかったんだけどな……」
サトルは車に搭載していた護身用具箱を部屋に持ち込んだ。
「お兄さん、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。相手はみんな純粋な人族、人間らしいからね。何とかなるよ」
用具箱を開いて中身を広げるサトル。銃器類は父ダイキが愛用していた猟銃の三八式歩兵銃とサトルの所持品のベレッタ92FSのカスタム品、そして旧友カツミの形見のコルト・パイソン。
その他は日本刀らしい反りのある剣にスタン警棒、テイザー銃、小さなボンベなどの非殺傷の護身用具が並んでいた。
「待ってください!自動小銃も短機関銃も無いじゃないですか!それにこの弾って……」
拳銃用の弾薬の弾頭をつまんで驚くマナ。
「ああ。特殊プラスチック弾だよ」
それは暴徒鎮圧用の非殺傷弾頭であった。とはいえ当たり所が悪ければ殺傷してしまうのだが、通常の弾丸ではない。
「これじゃ無茶ですお兄さん!試合はデスマッチな上に相手は一度に大勢なんですよ!」
マナが危惧したのは当然である。北区民なら自動小銃や短機関銃の所持ぐらいは当然というのに、サトルはそれらを持ってきていないというのだ。
「こう見えてもオレは最低限の“護身術”はずっと続けてきたし、これだけ道具はあるからね。丸腰じゃないんだからどうにかなるよ」
サトルは防刃ベストを車内にいれていた。他にも防刃手袋や防刃布の反物も。さらに今履いている靴はそもそも鉄芯入りで踏み抜きにも対応可能した安全靴である。これと常備していた防刃装備と護身用具で対処しようというのだ。
「じゃあ明日早いみたいだから寝るよ。マナちゃんも疲れているだろうから早く寝たほうがいい……」
道具の手入れを終えると、サトルは奥のベッドルームに入ってしまった。
「……」
マナは二つに割れている月明かりの下、再度収納された道具箱を見つめていた。
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