第7話

 ミキが退席したところで顔を見合わせる二人。あらためて携帯端末を起動させるが、やはり電波の受信範囲外になっており、ネットへの接続も通話もできなかった。


「今更ながら本当に異世界に来てしまったんですね・・・・・・」


 しみじみと呟くマナ。ふとサトルは漆喰の白い壁を見ると家族の姿を描いた油絵の肖像画が飾ってある事に気が付く。


「本当に転生してたんだな……」


 驚きと呆れの感情が同時に噴出するサトル。ミキの姿が現在と大差ないから描かれたのは数年以内というところだろうか。そこに描かれていた両親は髪の色と瞳の色こそ変わっているが、事故死した時よりも十年は若い。


「でもおじさまもおばさまも、こちらでも亡くなってしまったなんて……」


 だがサトルはゆっくりと首を振る。


「確かにあの時は本当に死んでたけど、こっちじゃ怪物と一緒に“消滅”したらしいから、死んだと決まったわけじゃないよ」


 サトルはおいそれと両親が死ぬとは考えていなかった。前世においてさえトラックではなく現金輸送用の装甲車に跳ねられてだったので、異世界なら行方不明は死とイコールとは全く思っていなかったのだ。


 それを聞くとマナはソファに座り込んでうつむいてしまう。


「私の両親ももしかして……」


「……」


 マナの両親も昨年までに他界していたので現在は本島で一人暮らし。行方不明になっても大慌てで探してくれる身内は残っていなかったので、サトルと二人で行方不明になっても友人たちが気にするのは随分と先だろう。


(もしかしたらマナちゃんのご両親もこっちに来てるのかもしれないけどな……)


 思いはしたが迂闊な事は言えないと口をつぐむサトル。


「まあ、何とかなるよ」


 その言葉にマナは笑顔を見せてくれた。


「はい。何よりミキちゃんが呼んでくれたんですから」


 そして約二時間後に夕食に。日が沈み、空には星々ばかりか、白い光の帯まで見える。


 体を改めて調べられ、問題がないと判断されると会場に案内された。


 巨木を引き割って天板にしたつやつやした大きなテーブルを三人で囲む。照明は部屋の周囲に平たく底が浅い器に油を入れて灯心に火を燈す方式のものが複数。そしてテーブルの真ん中にはラップフィルムの芯ほどの太さのろうそくが三本燈されていた。


「お箸?」


 着席するとレンゲのような匙と共に塗り箸が。


「ここの人たちはお箸は使ってなかったんだけど、お父さんたちが作らせて使うようにしたの」


「ああ、やるだろうな」


 父親の事を思いうかべて納得するサトル。


『いただきます』


 一人一人の皿には白い蒸しパンのようなものが並んでいる。これがこの国の上流階級用の主食だという。


「さすがにお米みたいなのは手に入らなくて……」


「ミキ、車にご飯のパック入れてるから、食べたくなったら遠慮するな」


「うそ!あるの?!」


 車には非常時に備えて護身用具だけでなく四人が三日は食い繋げるだけの食料や調理器具等が常備されていたのだ。


「でも、あるならお父さんとお母さんにお供えしないと……。白いご飯、食べたがってたし」


 ミキの顔が、気が付くと護衛たちや女中たちの顔も沈んでいるのに気が付くサトル。


「なぁに、あの時みたいに二人とも遺体になった訳じゃなくて消えたんだろ?だったらそのうち帰ってくるさ」


「遺体……」


 はっとした顔になるミキ。


「ああ。父さん母さんとミキの通夜葬儀に火葬、全部やったさ。火葬終わったら骨拾って骨壷に収めたよ……」


 眼前の兄は自分たちを弔って、その後も生き続けていたのだと思い知るミキ。だが、サトルは笑顔を向ける。


「ま、帰ってくると思って待ってりゃいいんだよ」


 そうすると大皿に盛られた料理が運ばれてきた。水鳥の肉の揚げ物にとろみのついた餡がかけられている。


「から揚げの甘酢あんかけ。お母さんが得意だったでしょ?」


 箸でつまんで口に運ぶと懐かしい味が口一杯に広がる。他にも出てくる料理は、この地で手に入る材料で再現された母と父の得意だった料理の数々だった。


 食事の殆どが出終えて、果実のデザートを食しながらサトルはミキに尋ねた。


「なあミキ。マナちゃんはともかく、俺を呼んだ本当の理由を教えてくれ」


 それは長年家族だった勘だった。昔から妹が自分に助けを求めるのは、余程の事態が彼女の身に差し迫った時だけだったからだ。


「お、お兄ちゃん。じ、実はわ、私……」


「ミキ、落ち着いて。深呼吸深呼吸」


 昔のように宥めると、ミキは意を決して口を開いた。


「私、結婚しなきゃいけなくなったの!」


『け、結婚?!』

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