妹が兄を召喚した理由
第6話
周囲を四足獣に騎乗した護衛たちに囲まれ、微速で車を前進させるサトル。
本来客人は後部座席に乗ってもらうものだが、ミキはあえて助手席が良いと訴えたので、助手席には転生した上に姫君になっていた妹が座っていた。
「お兄ちゃんが運転する車に乗るのって久しぶりだよね!」
「ああ、そういえばそうだったな」
父と母と妹が事故死してしまったのは、サトルが合宿で運転免許を正式に取得した一ヶ月後の出来事だった。その前に妹をドライブに連れて行ったのは一度だけ。
「本当はもっと飛ばして欲しいけど、そういうわけにはいかないよね……」
「ああ。無理だな」
サトルにとってはミキは転生してなお妹でも、周囲にとってミキはこの国の姫君、事実上の女王である。窓を閉めていては周囲の護衛が気にするだろうと、窓は全て完全に開放し、あえて槍の穂先が運転席に届くようにしていた。
道路が微妙に直線ではないあぜ道なのはともかく、周囲に広がる田畑には米でも小麦でもない見知らぬ作物が栽培されていた。しかし畝も配置も不規則な様子から、日本のように機械で植えた訳ではないのはすぐに分かる。
すこし上を見ると鳥の羽は四枚で足は三本がほとんど。さらに護衛が騎乗している四足獣は馬ではなく大型のカモシカより鹿に似た首の長さの動物だった。
「なあミキ、あの馬みたいな動物は?」
「地球のウマじゃないけど、こっちではみんなこの子たちを“馬”って呼んでるんだよ」
「なるほど……」
眼前で微速の車に速度を合わせて歩く四足歩行獣は明らかに自分の知るウマという動物では無いが、この世界でこの動物が馬と呼ばれているのならそう呼ぶほか無いなと思い至るサトル。
「本当にここは日本じゃないんだ……」
マナは周囲を見回し思わず呟いてしまう。
「うん。だってお空の月だって違うから」
ミキが指差す空の隅には、小さな白い星々が数珠繋ぎになっていた。
「あれが月だって言うのか?!」
「うん。ずっとずっと昔に、この世界に知恵を持った生き物が出てくる前からああなっていたってお師匠さまが言ってたの」
「お師匠さまって?」
「うん。お師匠さまは何千年も生きてる七色龍なの」
「……」
サトルもマナもそこで反応する言葉が途切れてしまった。
「しかし何でまたお姫さまなんだ?」
サトルの疑問にミキは静かに答えた。
「だってお父さんとお母さんが王様と王妃さまだったから仕方ないよ」
「二人ともこっちに転生していたのか?!」
サトルの父のダイキと母のミサは先にこの異世界に転生し、世界を救うほど大活躍した結果として一国の君主にまでなったという。ミキはその後、改めて前世と同じ父母の娘として生まれたという。
「で、その親父と母さんは?」
「それがこの間……、“いなくなってしまった”の……」
『いなくなった?!』
それは一ヶ月前の事だった。平和を取り戻していたこの国に、邪悪な魔導師たちに率いられた怪物の軍団が来襲。父母はかつてこの地を救った時のように自らも最前線に立ってその脅威に立ち向かい、敵軍団を壊滅させたのだった。
「でも相手の魔導師のリーダーが怪獣に変身しちゃって、それをやっつけるためにお父さんもお母さんも……消えてしまったの……」
その時、夫婦で怪獣に挑み、諸共に消滅してしまったという。
「だから……」
三人とも前世の記憶はハッキリしており、この世界にサトルが転生して来なかった事をかえって喜んでいたほど。
しかしただ一人残されてしまったミキはその不安からダメ元で、異世界から特定のモノをを召還する儀式を行ってしまったというのだ。
「それで俺たちを召還したってわけか」
「私、お兄ちゃんとマナちゃんにもう一度会いたかったの!そうしたら二人一緒に、うちの車に乗って来てくれたから……」
サトルはミキを名乗り助手席に座っている少女が妹であることに何らの疑いも持たなかったが、改めて妹である事を確信していた。それまたマナもまた同じであった。
やがて一行は城壁が見える丘に届く。武者返しのようなノの字のような傾斜が付けられた石壁の頂上には狭間付きの胸壁が備わっており、隅に櫓が設けられていた。
城門の幅は馬車が離合できる広さがあったのでSUVでも悠々と通過が可能。そのまま城内に入った。
「すごいなこりゃ……」
城内の路面は石畳になっていて、家屋は白い漆喰の壁面に、緑青色の屋根の家々が規則正しく立ち並んでいる。時折、鼻を突く臭い匂いがしたが、物が腐ったというより糞尿の匂いだろうか。
ともあれ城内を四百メートルほど進むと、再び壁がそそり立っている。どうやらこの内側が王宮らしい。
「門をくぐったら、車を止めてね」
車から降りるとミキの下に大勢の女官たちが心配そうに駆け寄ってきたが、ミキはそれに笑顔で応える。
「この車に勝手に触らないでね!」
サトルとマナはそのまま奥に案内された。城内の通路は真っ白い漆喰の壁面と、ニスで磨き上げられたような板張りの床が続く。
やがて通されたのはホテルのスイートのような部屋。床は羊毛のような絨毯敷きで調度品も木の質感を大切にした落ち着いたもの。窓はあまり大きくないが板ガラスは手作りなのか、僅かに外の景色がゆがんでいる。
「夕食の支度させてるから、それまで待ってて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます