第5話

 すると予報より早く天気が暗転し、ほどなく雷鳴が轟き始めた。


「あ……」


「しまったな」


 すぐに猛烈な勢いで雨が降り始める。通信端末から雨雲の動きを見てみると、きつい色の雨雲の反応が川のように流れ込んでおり、これから夜まで雨脚は衰えそうになかった。


「……。さすがに止むまでお邪魔するわけにはいきませんから、そろそろ出ますね」


 外の様子を見ながらも、マナはゆっくりと口を開いた。 


「本当に今からバス停に?」


「はい」


 小さく頷くマナ。


「マナちゃん、この雨じゃ折り畳み傘で歩いてバス停は厳しいよ」


「ですがあまり長居しすぎても……」


「マナちゃん……」


 雷鳴と強い雨音が室内にも響くなか、二人は見詰め合ったまましばらく不自然な沈黙が流れていた。


「……、わかった。だったら車で送るよ」


「あ……、ありがとうございますお兄さん」


 駐車場に止めてあるSUVにマナを乗せることに。この車は家族が揃っていた三年前に購入した車で、今のサトル一人には大きすぎるのだが、思い出もあったので手放せずにいたのだ。


「どうする?橋を渡って家の近くまで送ろうか?」


「い、いえ、バス停前のスーパーに降ろしてもらえれば大丈夫です」


 それで構わないというので、サトルは本土には持ち込めない各種の護身用具が入った大きな箱を下ろさず車を出した。


 雨脚はさらに強まり、ガラゴロと響く雷鳴もより迫ってくる。ワイパーの速度を最大にしているが、雨の勢いは叩きつけるように激しくて視界が一層悪くなっていた。


 一番危惧するのは家族の命を奪った交通事故だが、この雨で無茶な運転をする車が来なければ、一般車ならこの車で十分耐えられるはずだった。


「この車なら大丈夫だと思うけど……」


 信号がかろうじて赤になっていたのを確認できたので停車させる。大きな交差点ではなく、歩行者が横断する為の押しボタン式の信号なので、いきなり車が突っ込んでくる事はないだろうと考えるが油断はできない。


「すいません。ご迷惑を掛けてしまって……」


「気にしなくていいよ。マナちゃんがずぶ濡れになってしまうよりは」


 助手席にきちんと座っている彼女を見やるサトル。ずぶ濡れになってしまったら風邪を引くかもしれないし、彼女の服が濡れて透けて恥ずかしい姿を他人に晒してしまうかもしれない。それは嫌だと思って見ていると、マナの顔が心なしか赤らんでいるようだった。


「き、気遣っていただきありがとうございます。私、できればもう少し……」


「もう少し?」


「このままでも……」


 その答えにマナが給してしまったその時、突然二人は車ごと閃光に包まれた。


「うわっ!!」


「きゃぁぁ!!」


 音は無く、ただただ真っ白い閃光が視界を奪う。重力が無くなったような感覚がしたかと思えば、ジェットコースターに乗ったかのように、いきなり急降下する感覚にも襲われる。


 そして二人の意識は途切れていった。





「お兄ちゃん!」


 まどろむ意識の中、懐かしい声がサトルを呼んでいた。


「お兄ちゃん!」


 懸命に、必死に自分を呼んでいるのは最愛の妹の声に間違いない。だがその声が聞こえているという事は、自分もまた……。


「お兄さん!!」


「お兄ちゃん!!」


『起きて!!』


 二人の声が合わさった時、サトルの意識は完全に肉体に戻っていた。


「ミキ?マナちゃん?」


『良かったぁ!!』


 気が付くとサトルは大きな岩の床に横たえられていた。涙して喜んでいるのはマナと、もう一人は……。


「ミキ、なのか?」


 眼前で咽び泣いていた少女に向って、サトルは妹なのかを尋ねていた。


 眼前の少女はまるでウエディングドレスのような純白の絹のような衣装をまとい、黄金のティアラを冠していた。髪の色は鮮やかな桜色で瞳の色もルビーのように真紅。肌の色もより真珠のように白くなっていた。


 だが、それ以外の輪郭も体格も顔の形もその声も、彼が知る妹にあまりにもそっくりだった。


「私がミキだって、ちゃんと分かってくれた……!お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」


「一体、何がどうなって……」


 後ろには先ほどまで乗っていたSUVがあった。そして同乗していたマナも全く無事のようだった。


「二人ともごめんね、いきなりこんなところに“呼び出し”ちゃって……」


 先に眼を覚ましていたマナも、眼前の少女が親友のミキである事をすでに受け入れているようだった。


「ミキちゃん、これって、ここって……」


「信じられないかもしれないけど信じて!ここは日本じゃなくて異世界で、私はこの世界に転生してしまったの!」


『て、転生!?』


 そこに家臣らしい者が一礼をして歩み寄る。美麗な兜の下にあったのは、狼のような顔だった。


「姫様、ここに長居されると体調を崩すやもしれません。お城にお戻り下さい」


『ひ、姫さまぁ?!』


 サトルもマナも驚きを隠しきれない。その狼男の口は、本当に生き物のように動いただけでなく、ミキの事を姫と呼んだからだ。


 それだけではない。周囲に居たのはローブを被った魔法使いらしい男たち以外はまさしく猿そのものの顔をした大男や、三つ目の緑の鬼のような大男など、特殊メイクとは思えないほど生々しい顔と体格の兵たちが大勢いた。


「それじゃあお兄ちゃん、私のお城に来て!」


「み、ミキちゃんの……」


「お城?!」


 こうして二人は転生したミキ姫に言われるがまま、城に向う事になったのだった。

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