第4話
「手を上げろ!」
表通りを曲がってすぐにサングラスを掛けた若い男二人が二人を呼び止めた。彼ら手にはこれ見よがしに拳銃が握られている。
だがサトルもマナも全く慌てず騒ぎもしない。そしてサトルは両手を上げると大きく溜息をついてその二人に尋ねた。
「お前ら、地元じゃないだろ?」
「ああん?」
直後にサトルは眼前にいた緑の髪の男の懐に飛び込むと、拳銃の引き金を引かせる間もなく相手の背中を捕まえて、膝を相手の水月に叩き込んだ。
「がぁっ!」
膝を入れられた男はそのまま卒倒。
「て、てめぇ!」
相方が拳銃を撃とうとするが、それより早くマナの右の美脚が拳銃を握った腕を一薙ぎし、拳銃を道路の対岸まで弾き飛ばした。
「あぐぅ!」
男が蹴られた腕を押さえたところで、今度はサトルの右の裏拳が男の下顎を強かに打つ。大きく脳を振動させられたその男も、そのまま地面にカエルのように倒れ伏してしまった。
マナは伏した男の両手を後ろに組むと、サトルから結束バンドを受け取って手際よく縛り上げる。サトルはもう一人も同様に縛り上げると、男たちが手にしていた拳銃を取り上げた。
「銃で遊ぶな。ツキが落ちるぞ」
そう呟いて銃の弾倉を外すサトル。
「多いですよね。“観光客”で勘違いしてる人って」
心底呆れている様子のマナ。
「ああ。最近は増えてるからね」
地元民であればゴロツキであってもこんな白昼堂々と強盗する事はないし、反撃・報復を恐れて地元民と見ればまず手は出さない。無差別に手を出してくるのは、北区の評判を聞いて流れてきたガラの悪い他県民がほとんどだった。
サトルは付近の個人営業のタバコ屋に設置されていた公衆電話の非常ボタンを押して警察に簡潔に連絡を入れる。
「強盗未遂があったので押さえておきました。他に用事があるので後はお願いします」
通報を受けた警察に拾われれば良し。わざわざ突き出すと手続きが面倒なので放置するのがこの土地での一般的な対応だった。
しばらく二人で歩いていると、黒いバンが通り過ぎて程なく止まる。サトルもマナも振り向きもしなかったが、後方でバンから人が降りる音と軽い騒ぎ声が聞こえ、早々と再発進してしまう。
黒いバンは恐らくこの付近を拠点にしている反社の一つであろう。彼らはこのようにシマを荒らした余所者が放置されていた場合、すぐに身柄を確保して“然るべき場所”に送ってしまうのだ。
「間に合わなかったか……」
「仕方ありません。自業自得です」
このように地元民は、ルール違反の余所者がどうなってしまうのか知っていても一切同情などしない。
「雲行きが怪しいな」
「大丈夫です。傘は持ってきてます」
そう言って折り畳み傘を見せるマナ。向こうの空から黒い雲がゆっくりと迫っているように見えるが、家に到着するまでは大丈夫だろうと、歩く速度を変えずに向う二人。
「来てくれてミキも喜んでると思うけど、あれからもう二年も経ったんだ。わざわざうちに来なくても……」
「いえ。ミキちゃんは私の大切な一番の親友でした。だからどうしても忘れるわけにはいかないんです」
マナがここから去って本島に転居したのはミキが亡くなってからのこと。それでも定期的にサトルの家にお参りに来ていたのだ。
サトルは定期的にお参りに来てくれるマナに感謝しつつ、頻度を下げても、いっそ無理に来なくても構わないと時々伝えていたが、彼女は変わらずこの家にお参りに来てくれていた。
やがてサトルの家に到着。
「おじゃまします」
マナにとってこの家は昔から良く遊びに来た慣れ親しんだ場所である。
「本当に変わってないんですね、この家……」
霊前でのお参りを終えて出された麦茶を飲みながらマナは呟く。
「まだみんな帰ってくるかもしれないって思えてさ」
この日もリビングで小一時間ほど昔話に花を咲かせる。
「私とミキちゃんがピンチの時って、必ずお兄さんが助けに来てくれたんですよね」
「そうだったっけ?」
小学校低学年の頃に家族ぐるみで筥崎宮の放生会に行った時に、人ごみにまかれて二人が迷子になってしまった時に、真っ先にサトルが二人を見つけてくれた事。
油山に遊びに行った時に誤ってミキが蜂を刺激してしまった時に、サトルが全て枝で打ち落としてくれたことなど、サトルがすっかり忘れていた事をマナはしっかり覚えていたのだ。
「だからミキちゃんは言ってました。“私が一番頼っているのはお兄ちゃんなの。兄妹じゃなかったらお嫁さんにして欲しかった”って」
「だから私、お兄さんには嫉妬してるんです!ミキちゃんの一番はずっとお兄さんだったんですから!」
そう言ってわざと怒ったふりをして見せると、サトルが思わず吹き出してしまい、つられてマナも笑い出してしまう。
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