見知らぬ雷雨に呼ばれて

第3話

 ここは福岡県福岡市北区。この福岡自体が昨今他所からは“修羅の国”と呼ばれているわけだが、銃器等での犯罪が多少目立つだけで治安そのものは他県とそう大差は無いのが実態である。

 その例外は最大の人口を持つ中核都市福岡市、その中でも最も新しい行政区である“北区”であった。


 この土地では警察と有象無象の反社会勢力とのカーチェイス・銃撃戦が殆ど毎日発生し、それなりの規模での市街戦も週に一、二回ほど発生しているという、まさしく修羅の巷、百鬼魔界であった。


 完成当初は新時代の都心部としてアジア屈指の湾岸設備だけでなく、大規模に商業施設や住宅地の建設が行われたのだが“諸々の出来事”が起きた結果、気が付くと修羅の国と呼ばれ恐れられる福岡県の中でも最悪の地域になっていたのだ。


 この北区では自衛用に大人一人一丁の拳銃、一家に一丁は自動小銃や対物ライフルがあるといい、公民館やマンションの管理人室には軽機関銃が置かれている、とされる。


 反社会勢力ともなれば銃器に手榴弾だけでなく、対戦車ロケット砲や重機関銃さえ常備。時折抗争では手製の装甲車が持ち出されることさえあるほどである。


 そんな地域なので県警福岡北部署も対抗すべく、現在は明確に軍隊に準ずるほどの銃や車両を装備していた。特殊車両課の設立とその装備として一六式機動戦闘車が2両配備された事で話題になったのは記憶に新しい。


 サトルはこの街で生まれ育った二十歳で現在地元のFラン大学に通っている、この街のどこにでもいるような一般的な“穏やかで平凡”な青年である。


「今日は客が来るから掃除しないといけないな」


 この日は土曜日。サトルは朝から自宅の一軒屋の掃き掃除を行うが手伝う者は他にいない。彼はこの一軒家の主なのだ。


「ふぅ、俺一人で暮らすのも流石に慣れたよ……」


 掃除を終えて仏前に参るサトル。彼には家族が、父ダイキ、母ミサ、そして妹ミキがいたのだが、二年前に揃って他界していた。


 実のところこの土地で最も恐れられていたのは銃や手榴弾を使った犯罪ではない。この街では誰も彼もが武装している上に、迂闊に住民に危害を加えてしまうと被害者の家族はもちろん地元自治会が報復してくるので、迂闊に手を出すものは少なく、返って通常犯罪の発生率が低いほどなのだ。


 仏壇にお参りしているところに外から大きな衝突音が聞こえて来た。どうやら交差点で事故が起きたようだ。


「また事故か」


 修羅の巷、百鬼魔界とさえ呼ばれる北区において、実のところ最も人の命を奪っているのは交通事故であった。とにかく交通マナーが甚だしく悪いため、方々で事故が発生し多くの人命を奪っていたのだ。


 サトルが小学校に上がる前、近所に住んでいた同い年の親友の少年マドカも、信号待ちの最中に交差点に突っ込んだ乗用車に跳ねられ命を落としていた。


 中学二年の時、初恋の相手だった一年上の先輩だったナツキも初デートの待ち合わせ場所に向う途中、整備不良のトラックに跳ねられ命を落としていたし、小学校以来の友人のカツミ少年も高校の頃にバイク事故で命を落としていた。


「そういやあの日もこんな朝だったか……」


 サトルの家族が事故に巻き込まれたのは近所のスーパーに向う途中の事。交差点で信号待ちしていたところ、速度を出しすぎて運転を誤った金融機関の現金護送用の装甲車が交差点を曲がりきれずに突入してしまったのだ。


「母さん……。そんな……」


 眠るように冷たくなっていた母ミサ。


「親父が……嘘だろ?」


 筋骨隆々としていて非弾痕も多数な鋼の肉体、闘牛さえ真正面から仕留めるといわれたサトルの父ダイキも、10トン以上の装甲車の衝突には一たまりもなかったのだ。


「ミキ!ミキぃ!!」


 サトルは妹の手を握って号泣する。さらに一家の愛犬ドリンも巻き込まれて命を落としていた。



「あれから二年か……」


 久しぶりに自宅の掃除をするサトル。彼はあの日のまま三人の部屋を保存していた。


「もう帰ってこないのは分かってるけど……」 


 いつか整理しようと思ってはいるが、未だに踏ん切りがつかない。自分なりに整頓しただけなのだ。


 付けっぱなしにしていたテレビが天気予報を始める。午前中は晴れだが昼過ぎから雷雨という。


「そろそろ時間かな」


 ちょうどその時、携帯端末にその来客からの連絡が入った。先ほど福岡の路面の帝王と謳われる酉鉄バスが北区に入る橋に入ったところだという。


「了解。迎えに行くか」


 迎えに出向くサトル。徒歩十分程度でスーパーマーケット・ユウニード、コンビニエンスストア・エヴリワン間のバス停の前に到着する。すると、ほどなく来客の乗ったバスも到着した。


「あ、お迎えありがとうございますお兄さん」


「お疲れ様、マナちゃん」


 バスから降りてきたのは五月の空のように青い色のショートヘアーにレンズが小さく赤いフレームの眼鏡をかけ、花束を抱えた少女。彼女の名はマナ。大学の後輩で妹の親友でもあった。彼女は妹が亡くなってからも三ヶ月に一度は仏前にお参りに足を運んでいたのだ。


「わざわざお迎えしてもらってありがとうございます」


「気にしなくていいよ。何せここは北区だ。注意する事に越した事は無いからね」


 最も気をつけるべきは交通事故だが、当然治安の方も気にしなければならない。特に女性一人は日中でも注意が必要なのだ。何故なら……。

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