とある何でもない当たり前の朝のこと
第2話
東の空から鮮やかな朝日が昇る。空に雲はほとんど無く、心地よい風が大地を吹きぬける。小鳥たちのさえずりがあちこちから聞こえてくる穏やかな朝。
ここは福岡県福岡市“北区”。1980年代に県内各所の丘陵地等を削った土砂で博多湾の約半分を埋め立てて作られた扇形の人工島。そしてここはその一画にある柊町という閑静な住宅街である。
「んん……」
朝の光が窓から差し込んできたので青年は目を開けて時計を見た。デジタルの目覚まし時刻はAM5:30を表示していた。
「……。よし、もう少し寝よう……」
この町で生まれ育った、この土地では極々一般的な青年サトルは大きく伸びをすると、再びベッドに横になって上掛けを被って瞼を閉じた。
外ではポストに投函された朝刊を取りに外に出てきた主婦のキミドリさんと、朝から家の周りを掃除している町内会長のタツゾウさんが、いつもの朝の挨拶を交わす。
「おはようございます」
「おお、おはようございます……」
だがその穏やかな空気を、突如としてけたたましい車両の爆音と、ドリフトで発生した甲高いタイヤと路面との摩擦音が切り裂いた。
「構うな!突っ切れ!!」
住宅街を高速道路でも走るような速度で突っ切っていく怪しげなトラック。程なく波が寄せるように複数のサイレンを伴う赤い回転灯が後を追ってきた。
『そこのトラック、止まりなさい!!』
だがトラックは呼びかけを無視して広めの通りに飛び出していった。パトカーも後を追って住宅街を駆け抜けていく。
パン!パンパン!!パパパパン!!
トラックの助手席と荷台からパトカーに向って拳銃や自動小銃が発砲された。銃弾はパトカーの車体に穴を開けたもの以外は、周囲の道路を跳ね回る。そして直撃すれば人命を奪いかねない危険極まる流れ弾が、か弱き主婦と老人に向って飛んできた。
「まぁ!」
「ふむ」
だが流れ弾を主婦は軽くダンスするような動きで、老人は一切の無駄が無い流れるような自然な動作で全て回避してしまった。
「やれやれ。撃つならしっかり狙わんかい」
「まったくです……」
呆れたようにご老体は呟き、主婦も頷いて同意する。
「それにしても相変わらずですね。さすが町内会長さん」
「何を言われる。わしゃめんどくさがりなだけじゃよ」
キミドリは流れ弾の動きを目で見切って回避したのだが、タツゾウは長年の勘に従って体が導き出した必要最小限の動作だけで回避していたのだ。
「やれやれ、掃除のやり直しじゃ……」
折角集めたゴミが銃弾で散乱してしまったと、溜息をついて掃除を再会するご老体。チリトリには熱を持った弾丸が二発すでに入っていた。一方の主婦は自宅に戻って家事を再開する。まるで何事もなかったように……。
一方、トラックとパトカーのカーチェイスは続いていた。
逃げるトラックは反社会勢力が“違法物品”の密売で使用していたものであり、彼らは例外なく拳銃や自動小銃、そして手榴弾で武装している。そして助手席や荷台に乗った者は、追跡してくるパトカーに対して拳銃や自動小銃の銃口を向けていた。
「構わん!やれ!」
運転手の指示の直後に手榴弾が投げられパトカーに向って転がって爆発。
その衝撃を喰らってパトカーは次々とスピン。さらに後続車がスピンした車に衝突して大きくジャンプ。車体は着地と同時に大きくバウンドして横転。ひっくり返ったまま路面を滑り、歩道を突っ切ってスーパーマーケット・ウララ寿崎屋扇路店に突入した。
早朝のため店員は不在だったが、パトカーは店内の生鮮食品コーナーまで突入し、売り物と棚を滅茶苦茶に粉砕して停止したのだった。
「よし!このまま逃げ切るぞ!」
速度を上げる反社の一味。だが背後から新手の車両が迫ってきたのがバックミラーに映る。パトランプを装着した軽装甲機動車や改造スーパーカーが続々と姿を現したのだ。
「兄貴ぃ!あれは!!」
「わかってる!デーモンどもが来やがった!」
姿を現したのは出紋巡査部長率いる県警北部警察署捜査課の一団。巷で「デーモン軍団」の異名で恐れられる刑事たちだ。
北部署は日常的に武装集団と渡り合う必要があるため、特別に防衛隊と同じ特殊車両や一部装備を保有しているのだ。
『そこのトラック止まれ!抵抗は無意味だ!』
だが反社たちからの返事は停車ではなく鉛の弾丸だった。
「止まるなよ!“デーモン”に捕まったらお仕舞いなんだからな!」
「分かってます!撃て撃てぇ!」
再び周囲に鳴り響く激しい銃撃音。だが北部署捜査課の車両に施された特殊装甲は、拳銃はもちろん自動小銃の弾丸さえ楽々と跳ね返してしまう。
しかし跳ね返った銃弾は付近のコンビニエンスストア・エヴリワン北扇路二丁目店に飛び、店舗正面の防弾ガラスに深々と突き刺さってしまった。
「おうっ!」
早朝に入荷したばかりの週間漫画誌を立ち読みしていた若者が思わず声をあげてしまうが、それもすこしばかりの反応で、すぐに立ち読みを再開していた。
「クソっ!逃げろ!逃げるんだ!!」
早朝の四車線道路一杯にジグザグ走行しながら銃を撃ちまくる一味。だがデーモン軍団の一人ジャックは愛車のVMAXを吹かして一気に間合いを詰める。
「そらよ!」
追い越し様の至近距離から左前輪に拳銃を二発撃ち込むと、トラックのタイヤはパンクし制御を失う。
「クソっ!!」
そして付近のショッピングセンターアビロス北端店の駐車場の一角に追い詰められてしまったのだった。
『いいからすぐに投降しろ!』
ほどなく周囲は刑事たちに包囲されてしまうが、一味は徹底抗戦の構えを崩さない。
彼らは手にした銃火器で最後の抵抗を開始。当然、刑事たちも銃を抜いて応戦するので、早朝の駐車場で激しい銃撃戦が展開されることに。
『投降しろ!もう逃げられんぞ!』
出紋巡査部長が繰り返し投降を呼びかけるが、反社たちはそれに応じず発砲を続ける。どうやら彼らの上部から見放されたらしいが、駒には駒の意地があるのだと、最期まで抗おうというのだ。
「くたばれ!」
反社のリーダーが強化手榴弾のピンを引き抜き、身を乗り出して投擲しようとしたその時、出紋はそのチャンスを逃さずショットガンを発砲。瞬く間に彼を射殺したが、手榴弾は手からこぼれて足元に転がる。
『総員退避だ!退避っ!!』
直後に爆発する強化手榴弾。威力も大きく、乗っていたトラックの燃料や積荷に引火して大爆発を起こした。
無論部下たちも巻き込まれて散華。かくして警察に抵抗した反社の一団は、今日もまた一人残らず絶命してしまったのだった。
トラックが炎上しているので駆けつけたこの店の自衛消防隊と消防が協力して消火活動を行う。そしてその様子を後ろで見ていた店長らしき人物が、多少安堵した表情を浮かべていた。
「やれやれ。今朝は店舗に被害が無いから駐車場の一部閉鎖で開店できるな……」
三ヶ月前に銃撃戦を行いながら店内にSUVで突入され、食品フロアが丸ごと壊滅させられた時に比べれば軽微だというのだ。
(今回は離れてるからいいや……)
床のサトルは目を開かないまま。音が遠くに離れていったので、我関せずという当たり前の対応である。
「ふむ。今朝は大した事は無かったのう……」
そして戦場と化した埠頭から離れる事数キロの住宅地。立ち上る黒煙、遠くから聞こえてくる爆発音を気にせず、掃除を終えたご老体は家に戻って行った。
ほどなく通学のため自転車に乗ったり歩いてバス停に向う高校生らしい少年少女たちが出発していくが、立ち上る黒煙を気にしている者は誰もいない。
車両に突入されたスーパーも淡々と開店準備を行い、跳弾が突き刺さっているコンビニも、そのまま平常通りに営業を続けている。この土地においてこの程度の騒ぎは、ごくありふれた日常の一幕に過ぎないのだ……。
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