修羅の国から異世界へ ~異世界転生した妹に召喚されたお兄ちゃんは頑張ってます~

むげんゆう

第1話 プロローグ ~天と地の狭間にて~

 透き通るような青い空に、砕け散った白い月の破片がまるでネックレスのように飾られていた。


 その直下の大地は灰色の岩山が脈々と連なっており、その麓にも濃緑の森林の合間から巨岩が露出。その輝きは天地で合わさり、巨大な円環を描いていた。


 その地の小高い岩山の砦。麗な空と打って変わって、硝煙と血の匂いと苦痛の叫びとうめき声がそこかしこから放たれていた。


「頭ぁ!悪魔です!悪魔どもが来やがったんです!」


 狼狽して駆け込んできた薄汚い格好の男は腕から血を流し、脂汗をボトボトと零している。


「本当に……、本当にたった三人だけなんだな?!」


 イボイノシシのような風貌の小柄だが肉付きが良い男が怒鳴るように確認する。


「違いねぇです!」


 通路の奥から絶えずに続く耳と腹に突き刺さる炸裂音が飛び込んできた。


「こ、この音がしたら、みんなあっという間に……」


 頭目の部屋から50mほど離れた通路に黒尽くめの衣装をまとった長身が一人と背が低い二人。長身の者は太くて長い筒を、他二人のうち一人は細長い筒を、もう一人は短くて太目の筒を手にしていた。


 その様子を見た部下たちは部屋の一つで身構えていた。


「クソっ!もうすぐ来るぞ!!」


 粗末な服を着た荒くれ者たち五人は手斧や剣を握り締めながら、引き戸の奥で待ち受けていたのだが……。


(足音が止まった?)


 たたたたたん!


 ドアの向こうから連続して炸裂音が鳴り響くと、粗末な木製のドアに無数の穴が開き、奥で待ち受けていた荒くれ者たちの肉体まで貫通。直撃を受けた者たちは焼けた槍に貫かれたような痛みを感じ、悲痛な叫びを上げて床を転がりまわる。


「ひっ、ひいぃ!」


 たちまち三人が打ち倒されたのを目にした二人は怖気づいて部屋の隅の壁にへばりついた。その直後に荒々しい音と共にドアが蹴破られ、長く太い筒を手にした長身の黒い悪魔が姿を現した。 


 ガシャン、ドン!ガシャン、ドン!


 悪魔は室内に人が居るのを見るや否や、問答無用で長太い筒を操作し、筒先から砂粒ほどの小さな金属の玉を室内に撒き散らした。


「ぎぃやぁぁぁ!!」


 体のあちこちに散弾を浴びた男たちは得物を手離して、床でのた打ち回る。


「よし、次だな」


 今度は隣の部屋に大人の握りこぶしほどの瓶らしいものを投げ込む。ほどなく周囲が震え、ドアが爆風で吹き飛ばされてしまうが、火災は起きずうめき声もしない。


「こちらはやはり無人だったようです。手榴弾は不要だったのでは?」


 細長い長い筒をもった方が長身の方に尋ねるが、長身の方は首を振って返事する。


「いや、人間以外が潜んでいる可能性は否定できないからこれでいい」


 その様子を見た荒くれ者の一部は、怖気づいてさらに奥に逃げたり、あるいは持ち場を放棄して外に逃げだしてしまう。このようにして悪魔たちは砦の部屋を一つ一つと潰していたのだ。


「頭ぁ!もうダメですぜ!あんなのにかないっこねえです!」


 この土地の領主にさえ易々と手を出せない要害の地に居を構え、百人に迫る規模にまで膨れ上がっていた山賊団。だがこの日、白昼堂々と押し入ってきた、たった三人のために全滅の危機に瀕していたのだ。


「先生は?!先生は何をやってるんだ?!」


 先生とは彼らがいざという時のために雇っている用心棒。知能が低くて獰猛な七頭のゴブリンと、一頭の屈強な巨大蜥蜴を使役する魔獣使いであった。


「先生は中庭で準備していますぜ!」


 中庭で待ち受ける濃い緑色のフードを被った中年の男は、左手の親指以外の指にゴブリンを操る指輪を、右手の中指に巨大蜥蜴を操る指輪を嵌め、侵入者が姿を現すのを待ち受けていた。


「なるほど、情報どおりに人間以外の敵もいるのか」


 賊たちを制圧しながら突き進んできた黒い服の男は、通路の先に広がる中庭の様子を特殊な双眼鏡で眺めながら呟く。


「数はどのくらいですか?」


「大きいのが2、小さいのが……15だよ」 


 短機関銃を手にしていた方の質問に答える。声の様子から長身は男性で女性らしい。


「情報どおりならゴブリンと地竜だよね。ゴブはともかく地竜は面倒だよね……」


「まあ、何とかするさ」


 拳銃の方も女性のようだ。三人はその場で簡単に打合せをすると男は懐から細長い筒を二本取り出した。


 一方で待ち受ける魔獣使い。


(いいな、合図と同時に飛び掛るんだぞ!)


 指輪を通した念で、使役するゴブリンに命令する魔獣使い。出てきたところを四方から同時に襲って翻弄し、巨大蜥蜴に仕留めさせようというのだ。 


 だが黒服の男は中庭に踏み入れる直前に、手にしていた筒の栓を引き抜いて投げ込む。


「?!」


 投げ込まれた筒は猛烈な光と音を発して炸裂した。突然の閃光と轟音に肝を潰したゴブリンたちが中庭に落ちて目と耳を押さえて転げまわると、軽快で断続的な比較的小さな炸裂音が鳴り響く。


『グギィィ!!』


『ゴオオォォン!!』


 中庭からの魔物たちの悲鳴、いや断末魔の叫びは頭目たちの部屋にまでビリビリと響く。


「い、一体何が……」


 その時、廊下から廊下から物音が聞こえてきた。それは重量は無く大きくも無いが、足取りが重く、這いずるような物音。やがて部屋の戸が無造作に開かれた。


「た……たすけ……」


 それは先生と呼ばれた魔物使い。体中に何かの破片を浴びたのか血だらけで、特に肩に深い傷を負っているようで、息も絶え絶えにこの部屋に逃れてきたのだ。


「ヤバいですぜ!先生までこのザマだ!」


 気絶した用心棒を放置して狼狽する部下たち。だがそれを見計らってか、開いた戸の奥から何かが投げ込まれた。


「頭ぁ!こいつは!!」


 それはオリーブグリーンの色をした握りこぶしほどの瓶のような容器だった。だがそれが何なのかを、負傷していた部下は先ほど体験させられていたので知っていたのだ。


「!!」


 頭と呼ばれた男は本能で危険を察したのか、口も開かずに背後の隠し戸を開けて部屋から逃げ出す。それを見て部下たちも我先に続くが、部下たちは我こそがと急ぐあまりに狭い通路に挟まって詰まってしまっていた。


 ドンッ!


 無常にも手榴弾が炸裂し、爆風と共に外郭の鋳鉄の破片を容赦なく撒き散らす。部屋に取り残されていた部下たちは、爆風と破片を浴びて全員まともに動かなくなってしまった。


「クソッ!!バケモノめ!!」


 唯一脱出に成功した頭目は、一心不乱に庭を駆ける。要害ゆえに周囲は岩山ばかりで開けた場所はこの砦の敷地内ぐらいのもの。だが相手は一人なのでここから身を隠してしまえば逃れようはあるのだ。


「よし!」


 敷地の隅に数本の枝葉が密集したそこそこの背丈の木が植えられていたのが目に飛び込む。この木の葉は麻薬の材料になるので植えていたのだが、いざという時に身を隠す役に立つのだ。


 頭目は必死に木に登って枝の上に逃れると息を殺して様子を伺う。すると自分が出てきた脱出口から、黒い服を悪魔たちが姿を現した。


「そう遠くには逃げられないはずですけど……」


 全く見た事がない黒い服を着た悪魔たちは、やはり全く見たことが無い道具を手にしていた。

 破裂音がすると投石はもちろん矢さえ届かない距離から相手を正確に撃ち抜く、それも連続で撃ち出してくる筒に、先ほど部屋を丸ごと潰してしまった鋳鉄の小瓶を下げていた。


 三人はゆっくりと周囲の様子を確認しながら木の傍に近づいてくる。頭目は心臓を破裂させんほどに鼓動させながらも息を殺して、岩のようにじっと動かず太い幹にしがみついていた。


「……」


 やがて長身の男は下げていた別の機械を目に当てて周囲を眺め始めた。だが頭目は目を閉じて物音を聞き取る事だけに集中していたので、その様子を見てはいなかった。


(なるほど。あの木に……)


 黒い服の男は密集する濃緑の葉に遮られて良く見えないはずの木に、ショットガンではなく腰に下げていた拳銃を向けると、躊躇無く三発発射した。


「ぐがぁ!!」


 肩に焼けた焼きゴテを深々と肉体に突き立てられた激痛を感じて悲鳴を上げた頭目は、そのまま小枝をへし折りながら落下して地面に叩きつけられた。そして芋虫のように転がりのた打ち回る。


「三発発射で一発命中」


「しくじったな」


「直接目視できない状況ですから十分じゃないでしょうか」


 サーモカメラで頭目が木の幹にしがみついて潜んでいるのを発見して銃撃したわけだが、不慣れなカメラ越しではいつものように全弾命中とはいかなかったのだ。

 しかしベレッタ・モデル92から放たれた.40S&W弾の威力は絶大であり、肩に直撃を受けた頭目は逃げ去るどころかご覧の通りであった。


 男は発炎筒を焚いて煙を送ると、ほどなく下から武装した一団が姿を現した。


「ほ、本当にやってのけたのか……」


 鉄板に象嵌などの美麗な細工が施されている流麗な鎧を身にまとっていた髭の男が感嘆の声を漏らす。


「ご覧の通り賊は制圧したよ」


 長身の男はヘルメットと目出し帽を脱いで、団長に報告を行う。


 脇で呻く頭目は、簡単な手当てだけ行った後は荒縄で大まかに、両手の指は結束バンドで一結びにガッチリと縛られていた。


「ご苦労さまです。あちらで休憩を取られて下さい」


 木陰の方には団長の従者が用意した水筒が三つと柑橘類らしい果実が皿に盛られていた。


「ありがとう」

 

 一団の多くが砦に突入して賊の捕縛に向う。負傷し、恐れをなして逃げだしていた賊はすでに一団が捕縛済みなので、残っているのは身動きできない者ばかりなので、迅速に制圧は進む。


「団長、大半は身動きできずに呻いております。死んでいるのは今のところ見つかっていません」


「よし、引き続き全員捕縛しろ」


 三人は木陰の石の上に腰を下ろしてヘルメットと目出し帽を脱いで一息ついて水筒の水を飲む。短機関銃の女性は水色の髪、拳銃の女性は桜色の髪だった。


「こ、これは?!」


 二人の女性、特に桜色の髪の少女の顔を見た団長は慌てて膝をついて一礼するが、彼女は無言で人差し指を口元にあてて、しぃっと仕草をすると、再度ヘルメットを被ってしまった。


「私がいる事はナイショだよ」


「ははっ!」


 団長は急いで身を引くと、部下にあれこれ指示を出している。どうやら従士たちにあらためて三人への対応を指示しているようだが……。


「特別扱いしなくていいのに。ねえ、お兄ちゃん」


「そういう訳には行かないと思いますよ」


 乾燥した植物の茎のようなストローで水筒の水を飲む二人の少女。


「そりゃあこっちが黙っていたのは悪かったけど、この国でお前を特別扱いわけにはいかないだろ常識的に……」


 二人の少女に皮をむいて二つに割った柑橘類を差し出すと、二人とも笑顔で口に運ぶ。


 二人が食べているのをほほえましく見たあとで、ふいに空を見上げれば太陽だけでなく砕け散った白い月が浮かんでいる。


「修羅の国から異世界へ、か……」


(まったく。どうしてこんな事になってしまったのやら……)


 修羅の国と呼ばれる故郷においてさえ、滅多に抜かない銃を抜かざるを得ない状況に追い込まれていた青年は、天を仰いでこれまでの経緯を思い出していた。

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