第2話 薬問屋の会合

 番頭は思った。

 ―絶対に嵐が来るだろう―と。

 今朝のことだった。番頭は半年に一度の薬問屋の会合に行く準備をしていた。

 半年間で売れた薬の種類、今流行りの病気などの情報の交換と、新薬の意見交換間をするのだ。番頭が六薬堂に来た最初の年は詩乃が行っていたが、「どうにも、こうにも、面倒だから」という理由で、それ以降毎回番頭が行っていた。それが、今回に限って、

「あたしが行く」

 と言い出したのだ。嵐が来るに決まっている。

 ぽかんとする番頭を置いて、番頭が用意した荷物を下げて詩乃は店を出た。


 会合は船問屋が立ち並ぶ船入れ川の河岸の料理屋だ。

 すでに何人ものの問屋の主人がそこに居て、詩乃の入室に会話を忘れるほど黙ってしまった。

 なんで面倒だと言っていた会合に来たかと言えば、別段意味はないのだが、今日は妙に嫌なことが起こりそうで、そわそわとするから。だった。実際に店には人が押し寄せ、薬ではなく秋になったので白粉を買いに来た客でごった返した。虫の知らせ。というやつなのだろうか?


「あれは、珍しい、六薬堂のお詩乃じゃないかね?」

 人々が詩乃に驚いて見る。

 詩乃は会合に来て早々後悔をしていた。珍しい詩乃にちょっかいを出しに来ようと大店の店主がにやにやしながら近づいてきている。―あれに絡まれると話が長くて―と苦い顔で視線を逸らすと、その先に立っていたのが、河内屋の主人だった。

 河内屋の主人は詩乃と目が合うと会釈をし、「あとで、少し話をしても?」と河内屋の主人は平静で近づいてきた。

 詩乃は体ごと河内屋のほうに向け、大きく頷いた。

 河内屋と言えば、大阪の薬問屋で大江戸に出てきたのが五年前だったと思われる。上京してすぐ前妻が病で亡くなり、すぐに後妻をもらって今は夫婦仲睦まじく、商売も繁盛しているはずだ。だが、今目の前にいる男は、肌は土気色をしていて生気がまるでない。

「お疲れのようですね? お忙しいんで?」

「え? いや、えぇ。そう、まぁ」

 なんとも歯切れの悪い返事をする。

「会合の後で、少し、」

「よぅござんすよ」

 詩乃が返事をしてすぐ会合が始まった。

 二十畳ほどの座敷にロの字で座る。それぞれの座布団に問屋名が書いてあるので席順は決まっている。六薬堂の隣になった店の旦那方は苦々しい顔をしていたが、詩乃は構うことなく向こう側に座っている河内屋のほうを見ていた。

 会った時から思っていたが、腹の調子がよくないようだ。痛みと苦しそうに体をくねらせたりしているし、脂汗も出ているようだ。顔色も悪いようで、見るからに

「それでは、この夏の食中りによる和中散―万能薬として食中りやめまいに用いられた薬―の売り上げがよろしかったようですな」

 仕切り役がそういうと、それぞれの店が同意した。

「いやいや、相変わらず、六薬堂さんところは別な薬が売れたのでしょうなぁ?」

 先ほど話しかけようと近づいてきたのに話しかけそびれた大店の店主がイヤミに言ってきた。

「うち? そうねぇ。でも大して変わりはないんですよ。和中散に、シャクヤクとショウガを足しただけですから」

「して? その効能は?」

「すっとするし、生姜で内臓が温かくなりますからね。どうしても、暑いんで冷たいものを内蔵なかに入れるそうすると、中から冷えてしまう。それを防ぐためですよ」

「……六薬堂の、おたくは何だってそういろいろ知ってるんで?」

 仕切り屋がずっと聞きたかったであろうことを聞いてきた。詩乃は少し仕切り屋の顔を見た後でふっと笑い、

「あたしが知ってるわけじゃないですよ。うちの薬師は、昔大きな旗本のお抱え薬師でね、いろんな勉強をしていたんですよ。それでね、あたしは、今年の食中りはむかむかするらしいから、すっきりするものが欲しい。とか、いろいろ言うと、それに合わせて調合するんですよ。ですからね。あたしがものを知っているてのとは違うんですよ。盲目的に薬を信じて、患者に目を向けていなければ、薬も毒になりますよ。って話です」

 詩乃にそう言われ、薬問屋たちは黙った。確かに薬を買いに来る客に「万病薬」と言って売りつけるところがある。たとえそれが、風邪をひいていても、骨折して痛みを訴えていても、滋養強壮剤が欲しくても、「万丈治ばんじょうじ」-万病に大丈夫、すっかり治る。と言って開発された薬―を売る。確かに痛み、解熱、食欲増進作用のあるものを混ぜているとはいえ、風邪と骨折が同じ薬でいいのかどうかと言われたら、疑わざるを得ない。だが、それを調べたり、研究する頭脳はないので、盲目的に信じて売り続けるしかないのだ。だが、六薬堂には調合できる頭と腕があるらしいことは前々から知っていたので、ほとんどのおたなが羨ましがっていたのだ。そのことで、以前薬師に頭狩りヘッドハンティングの話しが来たが、薬師はこれを笑って断った。それはまた別の話しなので省略する。


 会はそれなりにごたごたあったが何とか無事に済んだ。冬になればまた風邪がはやり、流感―インフルエンザのこと―に備えなければいけないなどということで決着ついたし、冷え性による霜焼けや凍傷の類も増えるかもしれないと会はとりあえず閉会した。

 詩乃は立ち上がりすぐに河内屋のもとへ歩み寄った。河内屋の席は向かいの二列目だった。あの厭味ったらしい大棚の店主がまたもや肩透かしを食らって忌々しそうに河内屋を見ている前で、詩乃は静かに息を吐き、

「大店の河内屋さんが、あたしなんかに何の用でしょ?」と聞くと、河内屋は胃の辺りを抑えながら、

「ご相談を、」

「……胃の具合ですか? でも、大丈夫ですか? 河内屋さんがあたしなんかに相談して、」

「確かに私共は大店ですが、私は医者じゃない。薬は売れますがね、だが、あなたは医術に明るいと聞きましてね。あなたの見立てで小早川先生のところへ行けというなら、」

 詩乃が片手をあげて話を止める。

「よぅござんすよ。でも、少しでも怪しいと思ったら、小早川先生のところへ行ってくださいませよ」

 河内屋は頷いた。

 「じゃぁ、そこに着物の前を開けて横になってくださいな」

 河内屋の中年の腹が天井を向く。詩乃はその腹を、胃から順に腹を押す。すると、左下腹部を触った時、河内屋が軽く唸った。そのあともしばらく腹を触り、最後にもう一度左下腹部を触る。やはり、河内屋は唸った。

「えーっと、河内屋の手代だね? 確か、ここの夫婦仲はよろしかったよね? だったら、今すぐに帰って内儀おかみさんに処方をお教えるけれど、ここに来るか、店に行くか、好きなほうを選んでくれ。と伝えてくれるかい?」

「いや、六薬堂の、」

 河内屋が詩乃の腕を掴む。

「一人でできることじゃないんだよ。あんたはしんどいようだから、ここがいいのじゃないかと思ってね。まぁ、あたしはどっちでもいいのだけど、……でも、方法が方法なんで店に行く方がいいのだけど」

 河内屋は眉をひそめたが、手代に「店に帰る」と言って起き上がった。

 河内屋の手代は詩乃に「エセが」と小声で吐き捨てながら、おとなしく従った。


 駕籠に乗って河内屋に帰ると、あまりにも痛がって帰ってきた主人に店の者が慌てて奥座敷に店主を運ぶ。

「あ、あぁ、六薬堂の、一緒に、」

 と言わなければ、詩乃は門前払いだっただろう。

 店の者は詩乃にいい顔をしなかったが、昨日の夜にでも店主から話を聞いていたらしい妻の竹久たけひさは詩乃を丁重に奥へと案内した。

 すでに布団が敷かれているので、会合から帰ってきたらすぐに寝るつもりだったのだろう。

「火を起こしてもらえるかい?」

 詩乃はそう言いながら風呂敷包みを開ける。

「あと……、手代他使用人は出て行った方がいいね、なんせ、お内儀さん、着物脱ぐから」

 の言葉に、河内屋の店主徳兵衛が脂汗を飛ばしながら起き上がろうとする。が、腹が痛んですぐに横になる。

「そ、それは、必要なんですかい?」

「必要か要らぬかと言われたら要らぬけれど、解らずするより、解ってする方がいいことだってあるんだよ」

「わかりました。みんな、あとはあたしがするから下がっていいよ」

「しかし、」

「大丈夫。これでもあたしは強いんですから」

 竹久の言葉に使用人たちは苦笑いを浮かべながら出ていく。

 障子が閉められ、部屋には寝ている徳兵衛と、帯を解こうとする竹久と、火鉢をつつく詩乃だけになった。

「あたしは芸子上がりの後妻でしてね、どうにも、こうにも、皆にバカにされているというか、」

「そんなことはないさ、お前はよくやってくれているよ」

 詩乃はそれ以上続くであろうほめあいっこを止めるように咳ばらいを一つし、

「あぁ、おかみさん、それで十分。さ、あたしと旦那の間に座って、そう、あたしに背中を向けてね、いいかい? あたしが帰ったらあんたがするんだから、加減を覚えておくれよ。旦那さんは、腸詰まりを起こしているようだ。つまり、屁も出なければ便も出ていないと思われる。薬をいくら飲んでも、腸が動いてなければただただ詰まる。薬のせいで顔色も悪くなってきている。今日、明日は薬を飲まず、おかみさんが今からすることだけをするように」

 そういうと、詩乃はまず徳兵衛の腹を押す。

「まず、腹をこうやって押しながら、ゆうっくりと動かす。慌てちゃいけないよ。力はこのくらい」

 そう言って竹久の手のひらを腹に置き、その上から押す。

「これ以上強かったらしんどいし、弱かったら何の役にも立たない。お、動いたね」

「ええ、まるで赤子が動いたような、」

「そう、これで腸が動く様子も解る。しばらくすると、腹の皮が少しは暖かくなってくるから、そうなったら、左を下にして横を向き、横を向くんだよ。腰のあたりを圧してやる。いいかい? 同じような場所を押すんだよ」

 そういうと、詩乃は竹久の腰を押す。

「あら、そこ気持ちいいですね」

「そうだろ? 腸詰まりを起こしてなくても、疲労やらがたまっていると腰をこうして押したり、上から下へとさすると、気持ちがいいもんなんだよ。でもこの気持ちよさが解らずに、擦ってあげるよう指示しても、」

「そうですね。擦ってもらって、その気持ちよさが解るから、やってあげられるものですわ」

 竹久はにこやかに笑い、徳兵衛も気持ちよくなってきているのか、最近眠れてないせいもあってか急に眠気を感じ、眠ってしまった。

「あらあら、寝てしまったわ」

「眠れてないんだろうね、まぁ、これだけ腫れたら苦しかっただろうからね」

 竹久が着物を着る。

「それで、火は?」

「これで、石を温め、手ぬぐいにくるんで温石を作る。これを腹にあててさっきのように回すともっと効果がある。でも、あんたは手が温かくなってきたからね」

 詩乃がほほ笑むと、竹久が手のひらを見る。

「これ、嬢ちゃん、」

 廊下で声がして、素早く障子が開くと、女の子と、慌てている乳母が姿を見せた。

「あれ? お父様寝てしまったの?」

「大丈夫。うるさくても寝ているよ。いや、あなたたちの声を聞いて居るほうがよく眠れるかもしれない」

 長女のハツ(四歳)とヤヘ(六か月)ですと言って、竹久はヤヘを抱っこした。

「お父様、イタイイタイなの?」

「そうね。でも大丈夫。あなたたちのお母様はどんな薬よりも素晴らしい手を持っている。その手で治りますよ」

「お母様の手で? なんで? ハツもできますか?」

 ハツが詩乃に近づいて両掌を見せる。詩乃はその手を触ってしげしげ見つめてから、

「これはこれは、あなたの手もいい手をしていますね。では、あたしがやり方を教えますからね、お母様と一緒にやってあげてくれますか?」

「よろしくてよ」

 ハツの回答に詩乃は顔をほころばせ、ではと、徳兵衛の手のひらを広げ、親指と人差し指の間にある合谷ごうこくの辺りを押すように言う。

「手が痛い」

「でしょうね。それだけ、お父様は疲れているようですね。これは本人でもできることなどであとで教えてあげてくださいな。片方の親指と人差し指で、このまたの水掻きのところ、痛すぎるのはよくないので、イタ気持ちいい力でもむように」

 竹久は頷き、自分の手でもやってみた。

「あら、痛い」

「肩が凝った、目が痛い、だるい、寝付けにくい時にはここをもむといいですよ」

「痛いけれど、だんだん気持ちよくなってきましたわ」

 詩乃は頷き、一応、胸やけ解消用の湯で溶かす粉を出す。

「薬屋に薬を置くのは失礼かもしれないけれど、これはただの生姜湯だから、すっとするだけなんで、まぁ、飲むと体が温まるんで、冷えが厳しい時にでもどうぞ」

 と置いて店の方へと向かう 店に近くなるにつれ、

「六薬堂を? 何を考えてるんだか、だから、芸鼓上がりの女は無知でしようがない」

 という声が聞こえてきた。

「それにしても、奥様の手は非常に愛情深い手ですよ。旦那は気持ちよく眠れてしまったから。どんな薬でも、気持ちがこもっていないものは効くわきゃありませんからね。母親の手ってのは、どんな薬よりも万能なんですよ。あと、嫁の手」

 詩乃はわざと大声で言ってくすくす笑う。店の戯言が静かになった。

「えすぷりまーりす」

 奇妙な大声に庭の方を見れば、男の子が険しい顔で立っていた。

「宗次郎さん、」

 竹久に名前を呼ばれ、宗次郎と呼ばれた彼はもう一度、「えすぷりまーりす」と言って出て行った。

 詩乃が眉間にしわを寄せる。

「すみません。宗次郎さんは先代の奥様のお子さんで、」

「……さっきの言葉、」

「意味が解らないでしょう? 全く何を言っているのかさっぱりで、毬がどうとか、しかあたしにはわかりませんけど」

「いつから? あんな言葉を言い出したのは? いつから?」

「さ、さぁ? あの、何かあるんですか?」

「いや、急に変な言葉を言うと、大体、大衆で流行りものの影響だろ? でも、あたしが知らないのがね」

「あ、あぁ。流行りの言葉なんですか? あれ? ……でも、あたしには、憎悪を感じるんですけどね」

 詩乃は竹久の利口さに唸り、

「憶測で話して不安を持たすのは好きじゃないんだ。でも、おかみさんの言うように、あまりいい言葉でない気はする」

「そう、ですか。以前はあれほどではなかったんですよ。店のものともよく話していたし。でも、いつ頃かしら、半年か、三か月か、不意に、変な言葉を言うようになって、別に悪い仲間がいるわけじゃないんですよ。私塾に通う以外は家にいる子ですし。でも、だんだんと、店のものと話をせず、妹たちとも目も合わさず。父親とも距離を置くし、それでも、雇いの庭師の親方には懐いていたんですけど、一か月前に怪我をしたって、それで来なくなってからひどくなって。今ではああして庭の隅から人をねめつけてさっきのようなことを言うものだから、店の者は気味悪がるし、あたしが後妻だからって……」

 詩乃は天を仰ぎ、ため息をついて、

「あたしが様子を見ましょう。どうにかなるとは思えないけれど、」

「本当ですか? あたしには頼れる人は主人一人きりでしたので。今日の治療でお詩乃さんのことを信用できる人だって、あたし信じれますわ」

 竹久の明るくなった顔に、詩乃は苦い顔をした。


 詩乃はため息をつきながら、庭師の親方が住む長屋に向かった。

「ごめんくださいまし? こちら、河内屋さんに出入りの庭師の親方のお住まいです?」

 詩乃が声をかけると、中から若い娘の「はい、少々お待ちを」という声がして戸が開くと、随分若い娘が顔を出した。

「河内屋さんで聞いてきたんですけどね、親方がけがをしたって、」

「えぇ。腰の具合がよくないようで、起き上がれず、」

 と娘が半身を傾け奥を見せあ。布団に横向きで丸まっている親方の目が詩乃を見ている。

「小早川先生とかに診てもらいには?」

「そんなお金はないので、」

「寝てらぁなおるさ」

「そういう悠長なことを言ってられないんでね、あたしが診ましょう。あぁ、あたしは六薬堂の女将、詩乃ってもんです。医術に多少の心得がありますから」

「でも、うちにはお金が、」

「河内屋さんからすでに前金もらってますから大丈夫ですよ。じゃぁ、上がらせてもらいますね」

 詩乃は有無を言わさずに家の中に上がり、親方の側に座った。

「じゃぁ、触りますね」

 詩乃は親方の腰に手をあてがい、押したり、骨盤を抑えたりする。親方も時々唸るが、それほど痛みはしないようだった。

「ぎっくり腰ッてのはね、二、三日安静にしていれば何とか痛みは消えるもので、でも、それ以上長引くと余計な病気を抱えている場合がある。親方の場合、酒による肝臓負担が背中に出て、背中を圧迫しているようですね」

「なっ、いや、そんなことは、」

 詩乃はすっと立ち上がり、入口の戸を開け放つと、持ってきていた扇子で外の方へと扇ぎはじめた。

「最初、この家の戸が開いたときに酒臭いと思ったんですよね。酒を断てとは言いませんが、背中に痛みを抱え仕事ができないようじゃぁ本末転倒。楽しい酒じゃなくなってしまいますよ。酒を二、三日休んでごらんなさいな、肝臓も休めて背中の痛みもなくなる。ついでに、背中の筋肉が痛みのために動かしてなかったせいか凝ってるんで、湿布しておきますけど、そんなものは気休め。効果的なのは酒を休むことです」

「だがよぉ」

「だがじゃないんですよ。……親方の家の家計が立ち行かなくなろうがそんなことは知ったこっちゃあありませんよ。娘が居るんです、娘を売ればいいだけの話。ですがね、河内屋の、宗次郎? あの息子を救えるのは親方だけなんですよ」

「河内屋のボンがどうしたんで?」

「人と付き合いをしなくなってこもってるんですよ。あまりよくないものを抱え込んで。でも、親方とはよく話していたんでしょ?」

「あぁ。いい子だったぜ。母親が死んで新しい母親は美人すぎて照れちまうが、慣れようと頑張っていたし、妹たちは可愛いし、いずれは河内屋を継ぐんだと言っていたしな」

「でも、今のあの子はそんな気配は全くないようですね」

 親方がゆっくりと起き上がった。

「じゃぁ、こうしちゃいられねぇや、行かなきゃ、」

「今日明日は、ゆっくりしていてくださいな。酒を抜き、その湿布を半日交代で貼りなおす。明後日になったら動くにもまだ楽でしょう。今はまだ動くには酒が残っててだめですよ」

 詩乃の言葉に親方は肩を落とし「ふがいねぇ」とつぶやいた。

「とりあえず、親方がまだ河内屋の子を気にかけてくれていて助かりましたよ」

 詩乃が立ち上がると、

「あぁ、明後日には行くよ。……そうだ、おめぇ、さっき、その娘売れって言ったな、」

「娘を売らなくちゃいけなくなるような飲み方は、するもんじゃありませんよ。それじゃ、」

 詩乃はそう言って娘に日数分の湿布薬を手渡して出て行った。

「親方が行って、あの子が戻るかどうか。微妙なんだけどな……」

 空が随分と高くなった気がした。秋だ。と思われる空を仰ぎながら詩乃は歩き出した。

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