014  不協和音⑤Ⅰ

 長い、長い一日ようやく終えた。本来は、朝課外が始まる十分前には席についている予定だったはずが、始まる一分前に教室に滑り込みで入ったのだ。

 高校入学して、新学期早々から遅刻するところだった。

 教室ではクラスメイト達が朝課外の準備を済ませており、おしゃべりをしていた。教卓には、担当教科の教師が立っていた。席は五つほど空白で、そのうちの一つが優翔ゆうとの席だ。

 大体、同じ一年なら自分の高校の通学路ぐらい覚えておくべきなのだ。

 思い返せば起きてから一番被害を受けたのは優翔自分自身だったのかもしれない。後で聞けば、音楽科には朝課外という制度はないらしい。

 それじゃあ、一体何のために必死になって登校してきたのか馬鹿みたいで頭を抱えた。それを先に言ってほしかった。

「ああ、初日から一週間分の疲れがどっと来たような感じがした……。てか、俺の遊ぶ時間がねぇーし、帰りは歩き、時間が戻ってくれればな」

 大広間で、大きな画面のテレビと向き合いながらゲームをしている。

 配管工はいかんこうを通るあの赤い帽子の髭の生えたオジサンが何度も生き返る世界的有名なゲームだ。

 そして、丁度、ボス部屋前で落とし穴に落ちた所である。

 とはいえ、一番ひどかったのは高校に行くまでの登校手段だ。当初の予定は、自転車で行くつもりが、二人乗りに変更になるが、その上、慎一に送ってもらおうとした。

 二人乗りで、自分が漕いだら絶対に間に合うかどうか分からない状況だった。

 そう思っていたところに現れたのが、慎一だったのだ。

 玄関で優翔と明日奏は、二人揃って待っていると、車のエンジン音が聞こえてきた。だが、やっと来たと思ったところまでは良かったものも、その後が衝撃的だった。

 その車は見覚えのある白の軽自動車だった。

 宮川雅みやがわみやびの車なのだ。いつ、どこで彼女の車のキーを盗んだのかが気になってしょうがない。

 キーが無いと動かないはずなのになぜか動いている。一体何をしたのだろうか。

 とりあえず、後ろの後部座席に乗り、運転席に座っている慎一しんいちを見ると、鍵穴にキーが刺さっていない。助席には、絶対に何か使ったであろう不思議な道具が置いてあった。

 話によると、これを使ったらしい。自分が作った最高傑作だと言っていた。これさえあれば、全ての車の鍵を一秒でロック解除できる。

 どこからどう見ても犯罪用道具にしか見えない。この人は一体、将来的に何になりたいのだろうと、優翔は溜息をつきながら呆れていた。

 確かに慎一は工学部の三年生であるが、ただの学生がここまでできるとは誰も思っていないだろう。

 もしかすると、ここの荘は天才を生み出す場所なのかもしれない。

 昔、このトワライ荘の住人だった人達の中には、漫画家や小説家、スポーツ選手などの有名人を輩出したと聞いたことがあった。

 簡単に言えば、あの有名な『トキワ荘』同じみたいな感じだ。

 この後、車はこっそりと戻してバレることはなかったらしい。慎一は、二人に学校に送るという交換条件で、黙ってもらうことにした。あまり、褒められたことじゃないが、これはこれでいつか、何かに役立つのだろう。

「ちょっと、何やっているんですか! な、なんであんたまで死ぬんだよ!」

「いやー、俺の場合、ライフが一残っているから別にいいと思ってさあ」

「そんなことしたらステージクリアできないだろ!」

「まあ、そんなに焦るなって……。よし、そんなにストレス発散したいならこれをやろう」

「ストレスって、毎日がストレスだらけですよ」

「そう言わずにやればわかるだろ?」

「そこまで言うならやりますよ。でも、負けたら文句言わないでくださいよ」

 颯介そうすけはスマ〇ラを取り出して、本体に接続する。

「颯さんは、音楽をやっていて辛くないですか?」

「なんでだ?」

「何となく、いきなり自分の目の前に天才が現れ、自分の実力をすべて否定されているような気がしたんです……」

「そうだな。誰だって、天才がいれば嫉妬しっとし、夢を諦めるだろ? 諦めるのは簡単だが、諦めきれないことは難しい。つまり、俺は後者というわけだ」

「…………」

「俺は、将来はヨーロッパに行くつもりだ」

「そうですか。でも、今は俺に圧倒的な大差をつけられていますけどね……」

 ライフ四つのコンピュータなしで、一対一の勝負をしている。優翔は颯介に対して、圧倒的なダブルスコアで、一体目を吹き飛ばそうと連続技を繰り出した。

「ねぇ、それって、もう少し滑らかに叩かないの?」

「はっ? 何を言っているんだ? むしゃくしゃに連打するからこそ技の入りがいいんだろ?」

 後ろで観戦していた明日奏がパンを食べながら言った。

「なんで自分だけ美味しそうなパンを食っているんだよ!」

「何も欲しいと言われなかったから」

 結局、最終的には四対三でギリギリ優翔が勝った。前半はほとんど余裕で折り返してきたが、後半になってから颯介が一気に追い上げてきたのだ。

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