012  不協和音④Ⅲ

 それに床に散らかっている譜面ふめんは、彼女が作曲したものだろう。丁寧に書かれている。

「これ……。自分で作ったのか?」

 弾かなくても頭の中でメロディーが流れる。

 たぶん、一度では覚えるのは難しいが、彼女のように指の速さが速くなければできない芸当だと思った。

 しかし、譜面が散らかっているのはいいとして、それ以外の衣類や教科書、バックはしっかりと整理してほしいものだ。

 壁に体を預け寄りかかると、腕を組みため息をついた。

「それで、今日から学校なんだが、準備は済ませてあるのか?」

「そんなのしてるわけないでしょ!」

 と、分かっている回答が返ってくる。

「さっさと準備でもしてくれよ!」

「……」

 これ以上、無駄なやり取りをしていても自分のメリットになるとは思えない。机の上を見てもどこに何があるのか分からない。このプリントの山のどこかにありそうな学校案内や時間割を探し出して用意する。

「なあ、明日奏あすかはうちの音楽家でいいんだよな?」

「うん。入学試験は余裕の一発合格だったわ」

「いや、それは当たり前だろ。受けなくても合格はできたと思うんだけどな……」

 優翔ゆうとは、当然だろうと思いながらプリントを探していると後ろでガサガサと明日奏が何かしている物音がした。

「ねぇ、高校って楽しいのかな?」

「さあーな。勉強して、部活して、青春する。この三つくらいじゃないのか?」

 優翔はプリントを見つけると、音楽家に必要な教科書をバックの中に詰め込んでいく。

「そう言えば、明日奏はどこかで俺と会ったことがあるか?」

「ないよ。あ、そこにおいてあるネクタイ取ってくれる?」

「あ、うん。え? なんで、ネクタイ?」

 新品の紺色のネクタイを手に取ると、首をかしげて考える。

 頭に浮かび上がってくるのは今、この後ろで彼女が着替えている以外にあり得ないことだ。

 でも、着替えていないことを信じ、恐る恐る後ろを振り返ると、細い腕、高校生らしい谷間がワイシャツでしっかりと強調されており、白いパンツが視界に入ってきた。

 どうやら、優翔の願いは叶わなかったというよりも神様からのご褒美みたいなものだ。

「うっ、うわぁあああああああああああ!」

 ネクタイを放り投げ、尻餅をつく。そして、

「きゃっ、きゃあああああああああ!」

 明日奏も裸を見られて、思わず叫んでしまった。

「いきなり後ろを振り返らないでよ! まだ、着替えているんだからそれくらい分かるでしょ!」

「いや、分かるわけねぇーだろ!」

「察しなさいよ! ネクタイって言ったらそのまま振り向かずに渡せばいいじゃない!」

 動揺と慌てぶりが空回って、二人の心臓の鼓動はだんだん速くなり、血圧が上がる。

「できるか! 男がいるのに着替えているとは思っていなかったんだよ!」

「ここは女子の部屋よ。変態へんたい!」

「女子の部屋ならこんなに散らかすな!」

「うるさい、うるさい、うるさーい!」

「後ろ向くから早く着替えろ!」

「分かっているわよ! 絶対にのぞかないでよ!」

「覗かない、覗きたくもない……」

 優翔は壁のほうを向いて、目をつぶりながら煩悩を数えた。

「あと少しだけだから待っててよ!」

「…………」

「あー、学校にネクタイなんかつけないといけないの? 私服なら楽なのに……」

 そう文句を言いながらもネクタイを締めて、白のソックスとスカートを履き、ブレザーを着た。

「もういいわよ。こっちを向いても……」

 明日奏は創明そうめい高校の女子制服を着ていた。女子は高校から制服が変わることが多い。男子も学ランを着る高校は少なくなってきているが、この高校の男子の制服はなぜか、学ランである。

 中学から変わらないのは少し複雑だ。

「意外と普通だな……」

 と、これが最初の感想だった。

「普通って何よ。他に言うことは何の?」

「いや、普通というか……。後はかわいい?」

 そう言いながら持っていたカバンを優翔は、明日奏に渡した。

 そう誰がどう見ても容姿端麗ようしたんれいだが、中身を知っていると感想が余計に地味になる。

「なんでそこで疑問形になるのよ。まあ、いいけど……」

 くるりと回り、笑顔を見せた。

「よし、それじゃあ、すぐに朝飯食って歯を磨いて学校に行くぞ!」

「時間は大丈夫なの?」

「問題ない。まだ、十三分だから遅くても十八分までにここを出れば間に合うと思う」

「どうやって学校まで行くの?」

「自転車」

「え? 歩いていくんじゃないの?」

 明日奏はびっくりして、自分の耳を疑い、優翔に訊きかえす。

「いや、歩いて行ったら三十分以上はかかるから」

「うそ……」

「まさか、自転車持ってないのか?」

「待っているわけないでしょ! 向こうでは電車を使ったり、歩いて行っていたんだから」

「じゃあどうするんだよ!」

「そうだ。自転車で二人乗りすればいいのよ」

「おい! 俺が学校に着くまでにくたびれてしまうだろうが! 朝から学校までそんな無駄な体力なんて使いたくねぇーよ」

 頭を悩ませながら、優翔は渋々と考えた。今から二人乗りをしたところで朝食など食べている余裕なんてない。ましてや、自転車はママチャリ。スピードを出してもギリギリである。

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