009  不協和音③Ⅲ

「あ、やっと抜けた。足いてぇ」

 今まで抜けなかった足が真っ赤にれており、優しく撫でた。

「それにしても本当にひどいぞ! 誰も俺のことを助けてくれない。お前らは人間が出来ていない。助けを求めている人間に手を差し出さないと、冷徹な奴になるぞ」

「それはお前だろうが! よし、優翔ゆうと。そこから縄を持ってこい。こいつを縛って二階から吊るしてやる」

「待て待て、颯介そうすけ。悪かった! 何がいけなかった? 俺が悪かったか? あれか? こないだ借りていた『ロジャーとマイケルの物語』を返していなかったからか? あれは良かったぞ。二人がウィンブルドンのコートで試合をするそれまでの男の戦いが今も心にしみている。うん、今年のヒット作だけはある」

「俺は貸した覚えもねぇーし。その作品のネタバレをするな! まだ見てないんだよ! 見たいのに見れないんだよ! レンタルショップはほぼ貸しっぱなしだからな!」

「ギブ、ギブ! 腕が千切れるぅううううう!」

そうさん、縄持ってきましたよ」

 だが、恐ろしい事に優翔は気づいた。今、この二人が喧嘩しているが、残りの女子三人の反応がどうなっているのか忘れていたのだ。

「へぇー、明日奏はピアノがうまいアルか?」

「うん。幼い頃から母に英才教育を受けていたから……」

「ちょっと! なんでそっちはそんなに親睦が深まってるの!」

 向こうの席では、女子三人が楽しくおしゃべりをして、優翔は驚いた。

 こっちはこっちで馬鹿らしく暴れていて、優翔は呆れていた。

「優翔、今、俺達を見てアホだと思っただろう」

「慎さん、アホというよりか馬鹿だと思はねぇ!」

 そう言って、棚からコップを取り出す。

「ちょっと! 本当に助けてもらえませんか? マジで、マジで!」

「あんた達、うるさいわよ! そんなに暴れまわったら私の家が壊れてしまうよ」

 扉を開けて入ってきたのは、制服姿の三十代の女性だった。彼女の名前は堀北姫花ほりきたひめか。このトワライ荘の大家である。

 姫花の表情はとても疲れており、死にそうだった。両手にぶら下げていた大量の鞄はパンパン状態ではち切れそうだ。たぶん、中身は大量の原稿用紙に違いない。それと、ノートパソコンと参考資料も入っている。

 姫花は男子三人を見る。

「そんなに暴れまわることが出来たらこれを持って行くのを手伝って!」

 と手が空いている颯介たちに言った。

「……ババア、また、怒られたのか? それとも企画が通らなかったのか?」

「まだ、ババアじゃないわよ! こう見えても三十前半のピチピチ女性よ! これでも一週間で二キロも痩せたわ!」

「いや、三十代前半はもう終わるだろ? 今年は三十五で婚期も逃した女性って言った方が高感度上がるぞ」

 颯介はからかいながら言った。三十路すぎても彼氏の一人もできたことが無いらしい。

「そうなのよ。周りの友達や同級生は次々結婚しているのに私だけよ。仕事して、大家もやっているのは……」

「でも、いいではないか。それで俺達みたいな子供がいれば彼氏なんて作る余裕なんてないだろ? 作るよりも子育ての方がいいぞ。面白いからな」

「お前の話は聞いてねぇーよ、慎一しんいち。余計なお世話だっつーの!」

「それよりも結局のところどうだったんですか?」

「持って行ったものは全部だめ。だから、一週間、地下の牢屋ろうやに監禁されてずっと書かされたわ」

「ほぼ警察のやっていることと変わらなく無いですか?」

「それにして、今日は一人入居者が入ることになっているんだけど……」

 姫花は、辺り見渡すと、女子三人の中にいる明日奏を見つけると、面白そうに笑った。何を考えているのか思いつかない。

「あ、私です。立花明日奏たちばなあすか、今日からこのトワライ荘でお世話になります!」

 明日奏は愛想あいそよく笑顔を見せながら、挨拶をした。

「その前に誰かが入居して来るなら、事前に俺達に教えてくださいよ! 帰ってきたらいきなりトラックとか駐車してくるし、色々と大変だったんですよ!」

「そうか、次は頑張るとしよう」

「頑張らんでいいわ!」

 そもそも、こんなちっぽけなボロアパート的な荘に来なくても、豪華な屋敷やしきに住めばいいだろう。

 本当に何がしたいのか分からない。

「まあ、とにかくその荷物を置いて風呂でも沸かしてきてください。夕食は僕達で準備しておきますから……」

「それで、今日の晩飯は何なのかな?」

「明日からそれぞれ学校が始まるので、今日は焼肉ですよ」

「何! 焼肉だと!」

「焼肉アルか!」

「お前には、肉は取らせん!」

 優翔の言葉にここにいるダメな人間たちの目が一瞬にして輝いた。

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