007 不協和音③Ⅰ
————あの態度、あの弾き方にどこかで見覚えがある。
元来た道を車は時速五十キロの速度で走り続ける。
次から次へと景色は変わっていき、ショッピングセンターからビル、住宅地を抜け、川沿いを走り、橋を渡る。
川では魚が水面から顔を出し、宙を跳ねる。
そして、また、川の中へと姿を消すと、水面に円の波ができる。
「
「いや、別に……」
「あ、そう。でも、彼女……すごかったよな……」
窓の外を見ながら突然、颯介が言い出して、優翔は一言しか返さなかった。
この後、家に帰ったら何があるのだろうか。
まず、靴を脱いで洗面所に向かい、手を洗って、顔を洗う。タオルで水分を拭きとった後、夕食時間まで何もすることがない。
この下宿屋は、毎日が騒がしい家として知られている。
車は赤信号の指示に従い、停止線に停まった。
カチカチと、ウインカーのなる小さな音。
今まで雨など降ってもいなかったのに段々
優翔の頭の中は雨模様だ。
今日はあまり気分が乗らない。何をやってもダメなのがよく分かる。
「
「どうして?」
「分かりません。でも、胸のムヤムヤが止まらないんです……」
颯介はふっ、と鼻息をして、
「だったら、俺にも分からん」
「そうですよね。この気持ちは俺本人にしか分かりませんよね」
そして、大きな溜息をつくと、窓ガラスが曇る。
「眠い……」
目蓋が重くなり、視界がどんどん濁ってくる。
もうすぐ、家に着くというのに、今眠ってしまったら起きるのが辛くなる。
赤信号が青に変わり、大量の車が徐々に動き始める。
————後、十分程で着くのにもう少しなのに……。
適度な気温が体の動きを鈍らせていく。
もうすぐ、車は目的地に着く。
優翔が目をつぶっている間に雅が運転している軽自動車はトワライ装の駐車場に停車した。
トワライ荘に着き、颯介は優翔の肩を軽く叩いて、眠りから起こす。そして、誰よりも思いっきり爆睡している
雅は、エンジンを切り、ドアを開け、外に出て勢いよく背伸びをする。すると、そこに大型のトラックが駐車場に入ってきた。
「あら? 変ね……。今日は誰か引っ越してくる予定なんてないけど……」
「いや、ありゃー引っ越しの業者だぞ。間違えねぇ、誰かが引っ越ししてくるんだろ?」
首をゴキゴキ、と鳴らしながら
「ふーん。でも、荷物の中になんでグランドピアノがあるの? あれ、うちに入るのかしら?」
「大丈夫なんじゃねーの? 俺が自分の部屋で使っているくらいだし……」
二人が不思議そうにトラックを見つめながら話をしていると、残りの二人が、車内から出てきた。
四人は後ろのトランクから服の入った紙袋や一週間分の食料が入った袋を両手に持ちながらトワライ荘へと向かった。
すると、玄関の前で先程見覚えのある白いワンピースが目に入った。
「ねぇ、あの子。さっき、あの場所にいなかったアルか?」
鈴がその人物に指さして言った。確かに姿形、瓜二つである。
「あなた、そこで何をしているの? ここは関係者以外立ち入り禁止よ」
「大丈夫です。私、ここの関係者ですから」
彼女は振り返りそう言った。
すると、優翔は持っていた荷物を思わず地面に落とし、宇宙人に遭遇したかのように呆気に取られていた。運動もしていないのに汗が皮膚から出てきて、流れ落ちる。
「な、なんでここにいる……」
頭の回転が追い付かず、彼女に問う。トラック業者が次々と玄関に荷物を運んでいく。
すると、雅が優翔の頭に重い拳骨を喰らわせた。
「痛っ! 何をするんですか、雅先輩!」
「『何するんですか!』じゃないでしょ! いきなり、食材を落として、それ、一週間分の食料なのよ。もし、卵でも入っていたりしてたらどうするの!」
「あっ……。危ない、危ない」
慌てて、落とした袋を拾い、腕と手に力を入れる。
「ここに今日から私も住むことになったの。悪い? 言っておくけど、私、あなたと同じ年よ。そして、帰国子女だからこれから色々とよろしくね?」
「何アルか、この女。姉御、また、この荘に住人が増えるアルか?」
「そうみたいね。また、変なのが来たらしいわ」
小さな溜息をした雅が歩き始めた。
「それであんたの名前はなんていうんだ? 自己紹介くらいはしてくれてもいいだろ?」
「颯さん……」
「私は
「立花明日奏……。明日に奏でるか」
「……って! 感心しないで、ナンパは後にしてください! もう、俺の腕、千切れそうで痛いんですけど!」
「ああ、悪い、悪い。と言うことで、立花さん。そこを退いてもらえるかい?」
「あ、はい。すみません……」
すぐさま、明日奏は横に退いた。
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