003  不協和音①Ⅲ

「おおっ! みやび先輩驚かせないでください! 寿命が一ヶ月縮んじゃないでしょうが!」

姉御あねご。いつ帰ってきたアルか? 玄関の音もしなかったけど……」

「あなた達が気持ちよく二人と一匹で寝ている時よ。全く、今日はあの目障りなアホはいないのね。どうせ、合コンとか行っているんでしょ?」

 呆れた表情を見せながら、雅が溜息をついた。首に付けていたネックレスが外に飛び出る。

 そのネックレスは二年前の彼女の誕生日にある人から受け取った物である。

「知りませんよ。俺も今日はあっていませんし」

「私も『週刊雑誌を買っておけよ』としか聞いてないアルヨ」

「あいつにはしっかりと金を請求するのよ」

「分かっていますよ。金と言えば、この前の服代二千六百円返してもらっていませんよ」

「あら、そうだったかしら?」

「そうですよ。だったら証拠のレシートでも見せましょうか?」

「嘘よ。返すことぐらい覚えているわ。それよりも後で買い物についてきてもらえる?」

 今日の買い出し手帳にはぎっしりとメモされた言葉がずらりと並んでいた。

「えー、なんで俺までですか? 今日は先輩の当番でしょ?」

「いいじゃない。ね、手伝ってくれるでしょ?」

 雅はニッコリと微笑みながら頼む。

「わ、分かりました。ジュース一本で手を打ちますよ」

「じゃあ、さっさとお昼ご飯を作って皆で買い物に行きましょうか?」

「それ、私も入っているアルか?」

「たぶん、そうだろうね」

「今日は簡単なオムレツでも作りましょうか。ほら、手軽だし、ご飯も炊いてあるから」

「いやいや、作らなくてもいいですよ。だって、何食わされるか分からないし……」

「何か言ったかしら? 大丈夫よ。これでも私、おにぎりと卵焼き、鍋とみそ汁は失敗したことが無いんだから。それに大学生になっても遊ぶ友人なんて未だに作ることすら出来ていないしね。私の青春はいつになったら来るのかしら?」

「それが心配なんですよ。後、あんたに男が出来ない理由を自覚した方がいいですよ」

優翔ゆうと、あまりそう言うことを言わない方がいいアルヨ」

「あんたら何話しているの?」

「先輩がいつになった彼氏を作るかという心配ですよ!」

「彼氏? そこら辺の貧乏苦労学生を落としたところで何の得なんてないわよ」

「うわ、出たよ……」

「それよりもさっさと手を動かす」

 雅は優翔たちに指示を出しながら、卵を割り、食材を冷蔵庫から引っ張り出す。

「そう言えば、新一しんいちさんも外出中ですか?」

「あの逃亡犯も颯介そうすけと一緒に出て言ったわよ。と言っても、あっちの馬鹿は頭がお花畑だから病院に行っても追い出されるんじゃない? もう、手遅れだし。一生治らないわよ」

「雅先輩、そこまで言わなくてもいいんじゃ……。一応、新一さんだって大学には通っているんだし」

「新一の一は、馬鹿の一だから! 評価オール一だからネ」

「いやいや、評価オール一だったら何年たっても留年生なっているから。それよりも退学処分に近いからね、それ……。雅先輩が受かった方がむしろ奇跡と言った方がいいですよ」

 雅が微笑んだまま、口元が笑っていない。

「おい‼ 誰が奇跡だ、こらぁ! 一定のラインはギリギリ越えていたんだからいいんだよ!」

 近くに置いてあった水の入ったペットボトルと投げてきた。ギリギリという言葉の表現は、ある意味奇跡と言ってもおかしくない。

「危ないでしょ! こっちは火や包丁を扱っているんですよ!」

 切った食材を次々と中華鍋ちゅうかなべに入れて炒めていく。ご飯を入れるのはそれからでそこに攻撃力の高いペットボトルが当たったら堪ったもんじゃない。

「優翔、何か焦げ臭いアルヨ」

「え? ああ! お、俺のカンパチの塩焼きがぁあああああ!」

 見事に所々に焦げ跡がついたカンパチは、可哀そうなまでになっていた。

 それから三十分かけて作った昼食を皿に盛りつけて、ちゃぶ台の上に並べた。

 三人揃って手を合わせて、食べ始める。

 優翔は、ポケットからスマホを取り出して、SNSの確認をする。

 高校から連絡はなく。LINEを開いても誰からも連絡がない。

「優翔、食事中に触らないの」

「あ、うん。すみません。誰か、連絡してくれるかな? と思って……」

「それで、誰か連絡くれたの?」

「いや、来てません……」

 優翔は、スマホを床に置いて箸を手に取ると、焦げたカンパチを解して、白身の所を口の中へ入れる。

「姉御、昼の『お昼日』見ていいアルか?」

「まあ、それはいいけど……」

 雅がそう答えると、鈴はテレビを点ける。

 すると、丁度クラシックの事についてのニュースが流れていた。

 モーツアルト、バッハ、シューベルトなどの音楽家は、演奏家の中では有名である。

 音の中に答えなど一つもない。

「ピアノ協奏曲きょうそうきょく……」

 画面に映し出されるコンクールの演奏を見て、あまりいい思いなどしなかった。忠実に機械のように演奏するなんて面白くなどないのだ。

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