13th

 「サユリ!もっと演技に感情つけて。台詞の間の時も肝心!他の役を惹き立てて!」「はい!」

 舞台まで一か月を切り、皆追い込みに入って来た。裏方も慌ただしくなり、衣装の寸法を測ったり、ライトやナレーションなどが参加した稽古が続くようになった。少し気になったが裏方の進み具合はどうなんだろうか。ずっと裏方だったため気になってしまった。

 依然まだサユリの調子があまり優れない。その末、先生にまで心配されていた。サユリ自身は大丈夫だと言っているが、演技を見れば一目瞭然だった。完全に日々の稽古が身体どころか精神にまで来ている。ここまでやっていれば、誰でも身体に来るが、サユリはいつもより一段と疲れている気がする。いや、本当に疲れているのだろうか。少し、わからなくなってきた。

 「大丈夫か?ゆっくり呼吸して。」

 サユリは緊張のせいか過呼吸に陥っていた。

 サユリにポカリを差し出しても、大丈夫。もうちょっと頑張ってみる。の一点張り。ポカリならず、水も一口として飲んでいなかった。これは、果たして何のために。まさか、自分を追い込んでる?

 そうなのかも、しれない。今、思えばそう思えて当然なのかもしれない。

 

 サユリは先生に追い込まれつつもなんとかやり終えた。

 「よし、修正点はこの一か月で何とかして、とりあえず今日は帰ろう。」

 この後、このまま行けば何とかなると思い、とりあえず帰ろうと誘った。

 過去より出来ることも多くなり、少し余裕も出来ていた。

 「私、もうちょっと練習したいから残るから、先に帰っといて。」

 「だけどサユリ、このまま行ってもなんの支障も無いって。」

 「ヒジキ君さ!なんで、先のことを確信めいて言えるの!?先生も言ってたじゃない!先のことは無理に過信せずに、今やれることをやりなさい!って!」

 強気に言われ口を噤んでしまった。

 「それに!ヒジキ君は!私に無いものを指摘して!こうすればこうなるとか!自分が上だとか!全て知っているとか!そういう口調で言わないでよ!何か、最近!ヒジキ君、おかしいよ!」

 その目には、うっすら涙が浮かんでいた。

 サユリは自分の鞄を荒々しく持ち上げ、先生の元へ向かった。

 これを元の世界でやったら、元の世界でも同じことを言われたのだろうか。

 周りがサユリと同じ目で自分を見ていた。


 その日は、素直に一人で帰った。

 夜道の遠くのほうで猫が鳴いた気がした。

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