第10話 くりほくのかべ

「着イタヨ」


ラッキービーストの案内はここで終わった。


「ココカラ先ハ、

“カンセイちほー”ニナルヨ」


オレンジ色の石畳の道が続いていた。


「ここが...、クリホクの出口か...」


横の看板の鮮明だったろう色は抜け落ち、

時の経過を感じさせていた。


【300メートル先 カンセイちほー】


と書かれている。

もうちょっと先が本当の境みたいだ。


「ジューンちゃん」


「...うん」


声を掛け、共にその境界へと向かった。





「...」


300m先、目の前に立ち塞がったのは

高さ5m程ある水門のような頑丈な扉。

左右には鉄板のフェンスが設置してある。

イスラエルとパレスチナを隔てる壁を彷彿とさせた。


「鳥のフレンズは自由に往来出来るけど、陸上のフレンズはこの中に閉じ込めておくってワケか...」


ツバサは両手を腰に当てて、溜息を吐いた。


「この門、どうにかして開けられないのかな…」


「私達の力じゃ...、無理だね」


様子をチェックした後、スクーターに乗り、ある場所を目指した。

この境に最も近い“タウンエリア”というものがある。売店やレストランなどが立ち並ぶ、外国の広場をイメージして作られたようなエリアだ。


ここで作戦を考える事にした。


かつては水が出ていたであろうが、今は完全に干からびている噴水に腰掛けた。


「どうするの?」


「今まで出会ったクリホクのみんなの力が必要になる。あの頑丈な扉をぶっ壊すにはね」


「だけど...、また、フレンズを呼びに戻るの?」


ジューンの質問は的確だった。


「それなんだよね」


私が腕組みし、青い空を見上げながら思考していると。


バーン


静寂を裂く発砲音が聞こえた。


「何今の...」


ジューンが囁く。


「随分と近くみたいな...」


私達はその音が鳴ったであろう場所に急いだ。先ほどいた場所から近くの草原にてあるものを見つけた。


「あれって...」


2匹の巨大な青色セルリアンの姿が見えた。


遠くからだが、その傍に人影も見える。


フレンズだろうがあんな巨体に勝てる訳が

そう思った刹那、セルリアンが跡形も無く弾け飛び、キラキラとした輝きが降り注いだ。


呆気に取られていると...。


「おい」


「ひっ!」

「はっ!?」


ジューンとツバサは唐突に声を掛けられたので、素っ頓狂な声を出した。


恐る恐る後ろを振り向くと、鳥のフレンズが猟銃を構えている。

どこから突っ込んでいいのか...。


「見ない顔だな、どこから来た」


低い声で尋ねてくる。

私達がしどろもどろになっていると...


「ダメでしょ!怖がらせちゃ!」


「チッ...」


(あれ、あのフレンズ、結構遠くにいたはずじゃ...)


「ごめんなさい、怖がらせちゃって。

タカったら何でも銃を向けちゃうから」


「警戒してるだけだ...」


怒った様な声で言い返した。


「ハァ...、先輩は相変わらず足がお早い...」


もう1人、ワンピースで槍を持ったフレンズがやって来た。


「あの...、3人はどういう集まりで?」






「私はサーベルタイガー。クリホクちほーでセルリアンを倒したり、困ってる子を助けたりする自警団をやってるの」


「自分はイッカクです」


「...」


「本当にあなたは...、ごめんなさい。

彼、人付き合いが苦手で...」


「うるさいぞ、余計な事言うな」


その2人のやり取りで苦笑いした。


「仲がいいのか悪いのか...」

「わかんないね...」


ジューンとこっそり囁きあった。


「あなた達は?」


「私はツバサ、こっちがジューン」


「どうも...」


小さく頭を下げた。


「私達、あのクリホクとカンセイの間にある門を開けようと思ってて...」


「無駄だ」


即答したのはタカだった。


「あの門は開かない。外に出たいなら俺が出してやる」


「こら、あなた失礼でしょ...。

どうしてあの門を開けようと?」


「実は...」


サーベルの問に私は丁寧に説明した。

旅の始まりから、旅の途中で抱いた私の願いを。


「...そうですか」


サーベルは深く考え込んだ。


「能力を持ったこのクリホクのフレンズが力を合わせれば、あの門を突破できると

思うんです」


真剣な表情で話した。


「どうしますか、サーベル先輩」


イッカクが顔色を伺う様に尋ねた。


「クリホクのメンバーを集める事は私達で出来ます。作戦を考えなければいけませんね」


「面倒臭い事するな...、全く」


タカは腕を組んで態とらしく大きく溜息を吐いた。


「あなたも手伝うの!いい?」


サーベルがタカの両腕を掴み揺さぶった。


「わかったよ...」


「善は急げ、近場のフレンズに事情を話してきて。くれぐれも銃で脅さないでよ」


「注文が多いんだよお前は...」


文句を言いつつもタカは飛び去って行った。


「...彼はああいう性格ですけど、

根は優しいんです。私も、このクリホクだけ隔離されている事を遺憾に思います。

私も能力者の1人として全面的に協力させていただきます」


「サーベルさんの能力って...」


ジューンが思い出した様に言った。


「ふふ、“自由な速さで走れる”んですよ

私も彼の手伝いをしますね。イッカク、

2人をお願いしますよ」


サーベルは陸上選手の様な華麗なフォームで駆け出して行った。

凄く早い。100メートル10秒以下を叩き出せるかもしれない。


私達3人は、タウンエリアに一度戻った。

野外のテーブル付きの椅子に腰掛けた。


「あの2人に任せて大丈夫ですか?」


ジューンが申し訳なさげに聞いた。


「ええ」


イッカクは短く答えた。


「あの2人...、何か夫婦みたいじゃない?

彼とかあなたとか...。タカはフレンズだから女でしょ?」


少し前のめりになりイッカクに尋ねた。

先程から引っかかっていた事だが、

何故か彼女はギョッとしていた。


「そこらへんの事情は私もよく...

でも、私が出会った時からサーベルさんとタカさんは一緒でしたよ」


「そうなんだ。どうして自警団に入ったの?」


(ツバサちゃん...、余っ程暇なんだ...)


質問攻めするツバサの様子を見て、そう思った。


「元々私は海のフレンズです。

ある日泳いでた時、海の中から現れたセルリアンに襲われて...。そこへあの2人が現れたんです。助けてくれて...。

あの2人みたいに強くなりたいって思って仲間にしてくれと頼んだんです」


「へぇー...」

(海の中でもセルリアン出るんだ...)


他愛のない話をして時間を潰した。


夕暮れ時になったが、2人はまだ戻って来ない。


「あっ、そうだ」


「ん、どうしたの?ツバサちゃん」


「せっかく大人数が集まるんならそれ相応の準備しないと。ヘイ、ボス!」


「...何をするんですか?」


イッカクも不思議そうな顔を見せた。


「ボス、今から言うモノ、用意してくれる?」




大きな鍋に材料を入れ、火で煮込む。

白い湯気が立ち上っている。


ジューンとイッカクも手伝わせた。

おばあちゃん家に行った時に食べた

あの料理だ。レシピは頭の中に入っている。ボスも有能だし...。


「・・・よし!

あとは蓋をして煮るだけ!」


「ハァー...、これはセルリアンを倒すよりも大変ですね」


イッカクは額を拭った。


「みんな喜んでくれるといいな...」


ジューンも楽しげな口調で言った。




調理完了から小一時間した後、タカとサーベルが戻って来た。それに、フレンズも来てくれた。


「ブタにニワトリ!大丈夫だった?」


私の問いにブタは


「ええ。ニワトリちゃんもだいぶ元気に」


「ありがとうございます。

ブタさんとも仲良くなれましたし...」



「やっほー!ジューンちゃん!」


声を掛けたのはホワイトサーバルだった。


「さ、寒くないですか...」


彼女の影に隠れるようにしていたのは、

ホッキョクギツネだった。


「全然大丈夫だよ。私も寒い所に住む動物だから、平気だし」



「いやぁ...、久しぶりですねぇ。

雪じゃない景色は...」


「ライチョウ先生と同じですよ」


ライチョウとハヤブサもコソコソ来ていた。


遠くのエリアのフレンズもやがて噂を聞きつけてやってくるだろうと、様子を見つつ思った。


鍋の蓋を開け、器によそい始めた。


私が作ったのは山形名物の芋煮。

腹が減っては戦ができない。

大きな偉業を成し遂げるためには力を付けておかなくては。


肉を一切使わない野菜だけの特製レシピ。

肌寒い夜には丁度いい。


みんなに振る舞いつつ、食事をしながら

作戦を協議する事にした。


「...みんながこうして集まってくれて、本当に嬉しいし、感謝します。

私の夢の...、実現を応援してくれて」


前置きをした後、マップを広げ、丁寧に説明した。ここの子は全て賢い。

みんなは、うんうんと頷いてくれた。


「ここにまだいないフレンズもいるから、

それを待ってからの作戦実行。

時間は明日、日が出たら」


そういうふうに決めた。

それまで、休む!


「...いよいよだね」


ジューンは神妙な面持ちで言った。


「うん...、でも...」


そう簡単に物事が進むだろうか...。

そんな不安が脳裏を過ぎった。










「オーライ!オーライ!」


クリホクの壁の向こう、カンセイ側では、

トラックが列をなして停車していた。


茶色髪ショートヘアの20代半ばの女性は心配そうに尋ねた。

彼女の名前は桜山アイ。

ナカベエリア管理担当責任者だが、

臨時クリホクエリア管理担当責任者でもある。


「こんな事をするなんて...」


それは失望のような声だった。


「桜山さん。それは僕も同じ気持ちです」


深い溜息をかばんは吐いた。


「フレンズで生まれた僕にとって...

いや、セルリアンに飲まれた身としては

本当に心苦しいです」


顔を手で何度も覆った。

桜山も、そんな彼女の心中を察したが、

掛ける言葉が出てこなかった。


「...現実って、甘くないですね」


無意識に言葉が呟かれた。


「セルリアン発生装置の用意が整いました。後はこの紙に桜山さんと来星さんのサインをお願いします」


男性スタッフがクリップボードを手渡した。

この紙はちゃんと実行した事を株主や投資家に知らせる為の紙だ。


臨時クリホクエリア管理責任担当者の

桜山と、ジャパリパーク株式会社代表取締役兼会長の来星かばんのサインが必要なのだ。


桜山は受け取ると感慨深そうに見つめた。

これにサインをすると言うことはこの計画を容認する事になる。


しかし、今更突き返す事も出来ない。


胸ポケットのボールペンを取り出し、

自身の名前を書き記した。


「来星さん...」


かばんにそのボードを手渡した。

彼女も、同じ様に見つめた。


だがペンを取るまで、時間は掛からなかった。まるで、潔く何かを捨てる時の様に。


「...はい」


クリップボードをスタッフに渡した。


「ありがとうございます」


男は早足で掛けて行った。




(...ごめんなさい、クリホクのみなさん)








「セルリアン発生装置起動してください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る