第9話 けんきゅうじょ
目の前に現れたのは、初めて見る形状の
セルリアン。それは二足歩行する人型であった。推定175cm。
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
これほど緊張するのは飛行機が墜落する時以来だ。
私はジューンと背中を合わせた。
「...あれの気を引けばいいんだね?」
「その間に私が叩きのめす...」
私は固唾を飲み、ツルハシをギュッと握りしめた。
小一時間程前。
道の途中に突如として現れたのは、
鉄筋コンクリートの建物だった。
白い外壁にはツタが張り付いている。
「ちょっと...、止まって欲しいな」
「ん、どうかしたの?」
彼女の目線はその建物に注がれていた。
そして、珍しい仕草をした。
何と、耳にいつも当てているあのヘッドホン的な奴を外し、耳をすませた。
「...この中に誰かいる...、と思う」
「え...?」
にわかに信じられなかったが、
彼女が嘘をつく理由もない。
共に、その怪しい建物の中に入って行った。
最初、目に飛び込んできたのは広い空間。中は殆どと言っていい程、もぬけの殻だった。重要な物だけ取って逃げて行ったような感じだ。
何も無いせいか、余計に靴音が響く。
奥に扉があったので開けると、そこは階段だった。
下へ続く階段。
ジューンの手を握ってゆっくりと降りていった。
降りた先で見た光景は衝撃的な物だった。
鉄柵の向こう側に首輪を付けたフレンズが
倒れていた。
「大丈夫!?」
慌てて声を掛ける。
辛うじて意識はあるらしく、薄目を開けた。羽音の様なか細い声で、
「たすけて...」
と、呟いた。
薄ピンクのフレンズが痩せこけている。
ツバサが鉄柵を見ると、扉の施錠はバーを横にスライドさせる方式だった。
外側からなら開けられる。
「今助けるよ!」
扉を開け、中に入った。
「大丈夫!?」
「...何か...、食べるもの...」
じゃぱりまんを取り出したのはジューンだった。
ツバサが受け取り、彼女に渡す。
すると、彼女は10秒も経たぬうちに食べ切ってしまった。
「た、助かりました...」
「それは良かったけど...、
どうしてこんなところに...」
「ここは研究所。でも、それは名ばかりで
私みたいなフレンズをセルリアンに食べさせる...。処刑場...」
彼女が述べた事はおぞましく感じた。
「...私はブタです」
一息吐いてから挨拶した。
「あっ...、私はツバサ」
「ジューンだよ」
「でも...、何でこんな所に一人で...
いつから居たの?」
「かなりの間、だと思います」
「ここの場所の目的とか、詳しく知ってる?」
「障害を持ったフレンズをセルリアンに
食べさせるんです...。腕が無かったり、耳が無かったり...」
要はα種の中でも、能力を持たず身体に障害が出た方のフレンズを処理する場所という事だ。それを理解した瞬間、ツバサは憤りを感じた。
恐らく、α種を生み出してしまった研究員がこの事実を隠蔽しようと企て、この様な施設を作ったのだろう。
「でも、あなたは...」
するとブタは右手で頭を指さした。
「あっ...」
「生まれつきフレンズの片耳がないんです...。フレンズになった時の耳もあまり聞こえないから、他の子よりちょうりょく...が弱いって...」
「たったそれだけで監禁するの...!?
信じらんない...」
これには驚かざる負えなかった。
「ここにあなた以外にフレンズは?」
「わからないけど...、もう手遅れかもしれない...。私の番が来る前にヒトはここを立ち去った」
ブタは淡々と語った。
「ツバサちゃん...、これ...」
ジューンは一札のノートを持っていた。
受け取り、パラパラと捲った。
『サンドスターの効力を抑え込む薬を開発した。これにより、体内に85%しかサンドスターの成分が含まれていないα種は、行動不可能となる』
と、書かれていた。
ノートを脇に挟み、ツバサは
「他のフレンズがいないか、見てくるから。少し待ってて」
と言った。
「セルリアンが居るかも...」
ブタは小さく呟いた。
「行くよ、ジューンちゃん。
まだ、生き残ってるフレンズがいるかも」
「...うん」
ブタのいたフロアより先に進んだ。
途中で武器になりそうなツルハシが落ちていた為、拾った。
ジューンを戦わせる訳にはいかない。
セルリアンはフレンズを元の動物に戻す。
だが、フレンズでない私がセルリアンに飲み込まれたらどうなるのだろうか。
そう疑問に思っていた。
この研究所は地下に伸びる形だった。
地下4階のフロアの扉を開けた。
ここは厳重な扉を開くが重かった。
水の音が聞こえる。
その部屋の奥。
私達は動く物陰を見つけた。
「...あ、あれ...」
「あれは...、セルリアン...」
だが、私がこの前見た球体状のセルリアンではなく...。
立ち上がってこちらを見た。
人型...。
そのセルリアンは軽々と、ハードルを飛び越えるかの如く、壊れた檻を超えた。
ズシンと、着地する時に音が聞こえた。
身長は175cm程
まるで“人間の成人男性”のようにも見えた。
私とジューンは背中を合わせた。
「...アレの気を引けばいいんだよね?」
ジューンは私の考えている事が伝わったみたいだ。
コクリと肯いて見せてから、
「その間に私が叩きのめす...」
と言い、腕に力を込めたものの此方を凝視するセルリアンに対し妙な感覚をツバサは抱いた。
(まさか...)
「ツバサちゃん」
ジューンの声で我に返る。
「う、うん」
(突然変異のセルリアンなんでしょ...)
“気を強く持て”と、自分に言い聞かせた。
「行くよ!」
ジューンがセルリアンに駆け出して行った。足は早い事は承知済みだ。
大きく彼の後ろ側に行く。
背中を向いた瞬間急いで石の位置を把握する。
青い透明な膜の内側に石があることが分かった。しかし、その“位置”に関して、
激しく動揺した。
弧を描き再び戻ってきたジューンに
「早くっ!」
と急かされ焦る。
セルリアンは走る訳でもなくて歩いてよって来ていた。
「...っ」
ツバサは人で言う“心臓部分の石”目掛けて、武器を振り下ろしたのだった。
不思議な事に抵抗することは無かった。
ピキっという亀裂の入る音がした瞬間、
その無表情な一つ目から違和感を感じ取った。それは、彼女の疑念をより一層、確信へと近付けたもので、彼女にとっては快くない物だった。
弾け飛んだ後、彼には“捕食者としての本能”が欠落していたと思った。
後から湧いて出てくるのは、達成感や安堵では無く、違和感だけだ。
(私やジューンを狙うつもりなら、その身体を生かしもっとしつこく狙うはず...)
「ツバサちゃん...、どうしたの?
さっきから、何か変だよ...?」
ジューンに声を掛けられ“アレ”の存在を思い出した。戦う前に床に置いた一冊のノートだ。
彼女の問いには答えずにそれを拾い上げ
一心不乱に捲った。このノートは交換日記のような形式で、別々の人物によって書かれていた。
『α種というフレンズを引き取った。
我々の仕事は、セルリアンを管理し、
α種を元の動物に戻す事だ。
飼育員側からして見ればかわいそうだと文句を言われそうだが、障害を人の手によって持たされた彼女らの気持ちを考えれば、全然、かわいそうではない。償いだ』
『今日は目が見えないアカギツネのフレンズを戻していた。自分はつい、彼女と話を楽しんでしてしまった。この心に突き刺さる物は何だろうかと、元の動物に戻っていく彼女を見て思った。でも、仕事だからしかたないし、上の判断には逆らえない』
『セルリアンの管理を任されて数ヵ月
この日はたまたま、フレンズを戻す作業が無かった。セルリアンを見ていたら、
コイツに食べられる時って、どんなんだろうと思った。ヒトが食べられたらどうなるんだろうって。多分、研究グループでその類の実験が行われるかもしれないが、進んで実験体になりたい奴はいない』
『「α種に関する研究はフレンズを著しく冒涜し、倫理的問題が発生している為、即刻中止せよ」との通知が来た。研究者をパーク側は自ら招集しておいて、こういう研究をしろと命じたのに責任転嫁をするのか。この様な対応を私は不服に思う』
『週刊誌やテレビで大きく報道された。
フレンズという動物であり、人間であるという特異な存在も騒動を大きくした原因だ。能力を持ったα種がクリホクに逃げ出した事もあり、この地方は当分閉鎖される事になった。研究者も、全員引き上げるよう命令があった。この先、どうなるのか私にもわからない』
『退避命令が出た。他の仲間は全て引き上げた。私と、もう1人を除いて。やるべき事があるからだ。人間がセルリアンに食べられたらどうなるかの実験。そして、数匹いるα種の世話だ』
その文章の続きを読み、私は静かにノートを閉じた。
全てを知った上で、湧き上がったのは、
罪悪感と怒りに似た感情だ。
「ジューン、さっさと助けるよ」
声色を強めて言った。
「えっ」
「フレンズを...、助ける。
そんで、ここば見捨てた奴らに、現実ば見せ付けてやるんだず...」
地下5階へと下り、同様に扉を開けた。
その部屋の壁側には山積みになったダンボールがあった。
「...!!」
ツバサは真っ先に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「...!!」
こちらの存在に気付いて目を見開いた。
彼女は、地面に座り込んでいた。
白と赤色。
尾っぽの毛が抜け落ち、左足が無い。
見た目から痛々しい。何の動物かはわかった。
ニワトリだ。
私とジューンは協力して、ニワトリを立たせた。彼女は終始無言であった。
階段をゆっくり登らせた。
一先ず、この薄気味悪い施設から脱出させるのが最優先だと、私は判断し、地上へ戻した。
ジューンに様子を見てもらっている内に、
ブタも連れ出した。
「久しぶりに外へ出れました...、
ありがとうございます」
ブタは礼を述べた。
「こわかった...」
ニワトリは弱々しく呟き涙を見せていた。
彼女達は悪くない。
人間の身勝手な好奇心によって人生を
滅茶苦茶にされた被害者だ。
私はあの研究所内を1人探索し、ある物を
探し出した。
車椅子。ニワトリの為に、見つけておきたかったのだ。
私はブタにニワトリの事を説明した。
弱っている状態だから、定期的に様子を見て欲しく、じゃぱりまんを少しずつ分け合って食べる等...
今の私達に出来ることは、これしか無い。
まだ自由が効くブタに全てを一任した。
「私は...急がなきゃ...。ごめんね。
無責任で」
「私達を助けてくれてありがとうございます。あなたの事は、感謝しか無いですよ。
言われた通り、ニワトリちゃんは私が助けます」
ブタの優しさと健気さに私は感服した。
本当にお願いね、と言い、スクーターへと
戻った。
「ツバサちゃん...、あの子達は...」
「あの子達の為にも、クリホクを自由にしなきゃダメなんだ。
絶対に...、あの子達を救ってみせる」
しっかりとした口調で言った。
例え、障害や他の子と違っていても
“けものはいてものけものはいない”
クリホクの壁は、もうすぐそこであった。
「スキーって楽しいね!」
「でしょでしょー!」
ホワイトサーバルは嬉しそうに言った。
「ツバサちゃん達がどこに行ったか
わかる?」
「あ!あっちの方行ったよ!」
指を指し示した。
「ありがとうねっ!!」
パークセントラルにて、港から沢山のトラックが搬入される様子を眩しそうに見つめていた。
まだ、心の中には納得のいかない事があった。しかし、パーク全体に影響が出るのと、一部のエリアを潰す事。二者択一した時被害が少なくて済むのは後者。
まさに、断腸の思いでの決断だった。
「かばんちゃん、何このクルマの数!」
何も知らないサーバルは無邪気に言った。
心の中で思った。
もし、「今からこれでフレンズを処理して行くんだ」と口に出したら彼女はどう思うだろうか。恐らく...、いや、絶対に失望するであろう。かつて自分を飲み込んだ忌々しきモノを今度は逆に操り、他者に自分と同じ思いをさせる。皮肉である。そう思っても今は、もう取り消す事も出来ない。
「サーバルちゃん、ごめんね。後でカンセイに行かなきゃダメなんだ。ぼうしとお留守番しててくれるかな?」
「そうなの?まあ...、いいよ。
お仕事忙しそうだもんね」
近頃、サーバルを手伝いの様に使う。
遊べない分、彼女も寂しいだろう。
だが、二重の意味で悲しませる訳にはいかない。
「
「ごめんね、サーバルちゃん。また後で」
「...うん」
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