第8話 すきーじょう

クリホクの外を目指すツバサ達は、

長いトンネルに差し掛かった。

トンネルを抜けるとそこは...


「寒っ!!雪!?」


辺り一面、銀世界の雪国だった。


「ココハ、“スノーエリア”ダヨ。

一年中、スキー、スノーボードガ、楽シメルンダ」


「ツバサちゃん大丈夫?」


寒そうにしている彼女を気にかけて

ジューンが声を掛ける。


「わかんない...。ボス、この近くで

休める場所は?」


「スキー客用ノ、ホテルガアルヨ」


「急いでそこ行こう」


ボスにそう言った。



20分ほど走り、ホテルに辿り着いた。

外観は鉄筋コンクリート、7階建てだろうか。ここだけ非常に異質に思えた。


「ツバサちゃん、その格好じゃ寒いでしょ?」


ジューンはそう言うとおもむろに、

上着のチャックを下ろした。


「えっ、貸してくれるの?」


「私は元々寒いところに住んでたし...

1枚無くても...」


「いいよいいよ。

私もそれ言ったら、雪国出身だし...。

ジューンちゃんが平気でも、流石に薄着だと私の方が居た堪れなく思っちゃうからさ。でも、ありがとうね」


「そう...?でも寒くなったら?」


「寒いって今度私が言ったら、ギューって抱きついて」


大胆な要求だと自身も思ったが、

首を横に振る事無く、“わかった”と言ってくれた。


2人はホテルの中に入った。


この宿で奇妙な出来事に巻き込まれるとも知らずに...



オレンジ色の蛍光灯が出迎える。

自家発電とかソーラー発電とか、

電気の元は色々と想像がつく。


「こんにちはー」


ツバサは、誰がいても聞こえるように大きめの声を出した。


「はいはーい?」


目の前に突然現れたのは白色の...ネコ?

ゴーグルを付けスキー板を担いでいた。

手首にはストック。見た感じ、スキーヤーっぽい。だが、ノースリーブの薄着、

雪山を出歩くような装いではない。


「あれ、お客さん?」


「まあ、客と言えば客ですが...」


「そっか!私もお客さんだよ!

ホワイトサーバル、よろしくね!」


(ホワイトサーバル...?

サーバルって黄色じゃなかったっけ?)


ツバサにはそんな記憶があった。


「今からひと滑りしてくるんだ。

このゲレンデ、すっごーいよね!

今来たばかり?」


「はい」


ジューンが答えた。


「じゃあ、管理人さんが居るから、

チェックインするといいよ!

また後でね!」


ホワイトサーバルは手を振りながら外に出ようとしたので気になったことをツバサは尋ねた。


「あの、その格好で寒くないんですか?」


「...いや全然?」


「そうですか...」


今度は此方から手を振った。


「アレハ、“アルビノ種”ノ、サーバル、ダネ。普通ハ黄色ダケド、稀ニ白色ノ種ガ産マレルンダ」


「なるほど...。

アルビノ種か、それは初耳」


ツバサは頷いた。


「ねえツバサちゃん。こっちに何かあるよ」


手招きされた場所に寄った。

カウンターの上にベルが置いてあった。


「...ご用の方は鳴らせって事かな」


掌でそのベルを鳴らした。





「本日はお越しくださりありがとうございます...」


「早っ!!」


その登場の速さにツバサは驚いた。


「この施設の管理人、ハヤブサです。

当館のモットーは、

“迅速、円滑、スムーズ”です」


ハヤブサに真面目な顔で言われた。


「2名様...、

ジャパリコインはお持ちで?」


「何それ」


「ジャパリコインは、つまりお金です。

この施設もタダでやってけると思ったら大間違いですよ」


急に彼女は睨み付けてきた。


「いやあの...、訳あって、その...」


「スイートに泊めてやってあげなさい」


横からジャパリコイン...、いや、札束を台の上に置いた。

横を見ると灰色の髪のこれまたフレンズだ。


「これは...!」


「これだけあれば君も満足だろう」


「ええ、まあ...。宜しいんでしょうか。

ライチョウ先生は」


困り顔を浮かべる。


「私は構わんよ。旅人さん」


ライチョウ先生と呼ばれた彼女の方をツバサ達は見た。


「705号室に泊まってる、

作家のライチョウだ。気軽に来てくれ」


「あ、ありがとうございます。ライチョウ...先生」


頭を下げて礼を言った。


「まあ、ゆっくりしたまえ」


ハヤブサを黙らせる金を出す人物。

きっと凄いものを描いているのだろう。


「それでは...、お部屋をご案内します」


私達は奇遇にも707号室

最上階のライチョウ先生の真向いの部屋だった。


“館内放送で呼びかけがあったら1階の

レストランまで来てくれ”という話だった。


夕食も出る上に、この大きなベッドと

窓から見える雪山の景色、どれを取っても最高だった。


また、温泉もあるらしい。

後でジューンと行こうと話をした。



せっかくなので、先程世話になった

ライチョウの元を尋ねた。


「ライチョウ先生、さっきはありがとうございました」


ジューン言うと、ふふっと笑った。


「いやいや、礼には及ばないよ」


ツバサは部屋を見渡す。

作りは同じだが、紙が沢山ある。

何時ぞやの図書館を彷彿とさせた。


「先生は何を書いてるんです?」


「小説だよ。今雪山を舞台にしたミステリーを書いていてね」


指で顎を撫でながら話す。


「是非君たちの事も書きたいな」


「全然構わないですよ」


ツバサはジューンを見た。


「うん」


「ははは...、ところでさ、ここのスキー場の噂を知ってるかい?」


ライチョウは声のトーンを下げた。


「噂?」


「今、このゲレンデでは不可解な怪奇現象が多発しているんだ。

私はね、幽霊なんじゃないかって仮説を立ててるんだよ」


右腕に何かの感触がする。


(あ...)


コマドリの所へ行った際、彼女が私に

お化けの話をしてきた事を思い出した。

やはり、怖いのだろうか。


「そもそも、怪奇現象というのは?」


私は詳細を尋ねることにした。


「急に冷房が付いたり、電気が停電とか、このホテルに長くいるけど、最近はそういう事が多くなったね。だから、かつてスキー中の事故で亡くなった幽霊がホテルに...」


「なるほど。それが本当に幽霊の仕業なのか、私調べますよ」


「ツバサちゃん...!?」


「ほ、本当かい?」


2人は意外だったらしく、目を見開いた。


「どうせ暇だし、ね」


ジューンに目配りしてみせる。

彼女は苦い顔をして頷いた。


「その調査、私にも協力させてくれ。

良いネタになりそう」


「調査は人数多い方が捗りますよ。

ちょっとほかのお客さんにも、その件について聞いてみます」


ライチョウにそう言ってから、部屋を出て他の宿泊客に話を聞くことにした。



再び1階でハヤブサを呼び出した。


「怪奇現象...、ああ、本当にやめて欲しいですよ。気味悪がられたら、ただでさえ来る客が少ないと言うのに」


俗に言う“風評被害”だろう。

現実の世界でも、“事故物件”は敬遠される。


“他に何か気になる事はないか?”と尋ねると、


「前に、停電があって設備を見に行ったら、何故か異様に寒かったんですよ」


「寒かった?」


ツバサが聞き返した。


「冷凍庫に居るような...、とでも言いましょうかね」


有力そうな手掛かりをゲット出来た。

礼を言って去ろうとすると、


「スキーなどはなさらないんですか」


ハヤブサに尋ねられた。

ウィンタースポーツは、一応、冬休みに

山形の実家の方へ帰省などした際に何度かやった経験がある。


「やろうと思えば出来ますけど...」


「本当?ツバサちゃんのやってる所見てみたいな。そういう遊びは知らないから」


ジューンにそう言われたら、やらずにはいられない。



装備と道具を借り、ゲレンデに出た。


しかしながら、リフトは動いてない。

準備の良さの割に肝心な所が抜けてる。

仕方なく上まで歩く。雪上を荷物を持って歩くのは中々しんどい。

1、2回滑ったら力尽きそうだ。


「さっきいたホワイトサーバルさんとは

違うんだね」


ジューンが声を掛ける。


「あっちはスキーね。私はスノーボードだから、全然別」


スキーでは無いのはカッコつけたかったが為だ。

ゆっくり登って山の真ん中辺りに差し掛かると、ホワイトサーバルがいた。


「ああ!二人とも!滑りに来たんだね」


「私はスキーじゃないですけどね」


そう言ってボードを置く。


「スノボ出来るの?すっごーいね!

スキーしか出来ないよお」


ホワサーが恨めしそうに言った。

2人に上手い所を見せないと。


「ジューンちゃんはちょっと下の方に行った方が見やすいと思うよ」


と、ジューンに言って下に行くのを確認する。


「行くよ」


合図をしてから、滑った。


風を切りながら白銀の雪の上を駆け下りる。途中で簡単なスピンを決める。

流石に一回転は自信が無い。


そうして、ブレーキを掛けた。


「すごい!!」


ジューンの声が聞こえ、嬉しくなった。


「すっごーい...、私も負けてらんないな!」


ホワサーも、斜面を滑り始めた。

綺麗なシュプールを描く。

経験者の目から見てもかなり上手いと思う。


“し”の字を書いてゆっくり止まった。


「すごいね、ホワサーさん」


「ちゃんでいいよ!ツバサちゃんも凄かったね。私はあんなに運動神経良くないから...」


「いやいや、そんなことないよ」


お互いに謙遜し合った。


「ツバサちゃん、アレ聞かなくていいの?」


ジューンに言われ、思い出した。


「ホワサーちゃんさ、怪奇現象について

何か知ってることない?」


彼女は腕を組んで首を傾げた。


「停電とか、物音でしょ?

それと関係あるかわからないけど、

この山の裏で何かの影を見た事があるよ」


「何かの影...?」


「たぶん...、フレンズじゃないかな?」



情報収集を終えた2人はホテルに戻り、

ライチョウに報告した。


「妙な寒さと謎の影か...」


「私はそのフレンズが悪戯していると思うんですよね」


ツバサは自身の考えを述べる。


「何故そんな悪戯なんて...」


「たぶん...、その子も何かの力のせいで悩んでるのかも」


ジューンが言う。あながち、その考えは間違いではないと私は思った。

ハヤブサが述べていた妙な寒さというのは、彼女の能力。

このクリホクでは‪α‬種と呼ばれる突然変異種が野放しになっているというのは、最近聞いた話だ。


「彼女の尻尾を掴むには、ここにいる全員が協力しないとな...」


ライチョウがそう言った瞬間である。


「・・・いい事思い付いた!

ハヤブサさんにお願いしに行こ!」


ツバサは唐突に手を叩いた。

困惑気味のジューン手を引き、ハヤブサの元へ向かった。


「あっ...、おい!」







「...という訳なんです。ご協力してくれますか?」


ハヤブサに事情を説明した。


「ああ、わかった」


肯いて作戦に協力してくれる事になった。




日が沈んだ夜。

夕食を用意した。私やジューンも手伝い

豪華な料理を作った。これも作戦の内だ。


ホワサーには、この宿のブレーカーがある電源室の前にスタンバイしてもらった。


名付けて『パーティナイト作戦』


こっちで楽しんでると思わせ相手を刺激する。楽しんでる事を恨んだターゲットが悪戯をする為に、電源室の中に入った所をホワサーが取り押さえる。

という作戦だ。


“停電”が起きたら相手が罠に掛かった合図。


ホワサーを除く4人は肯いた。

作戦開始だ。


「じゃあ、乾杯!」


ツバサの声に合わせ、全員がグラスを持って乾杯した。







作戦開始から10分が過ぎた時、電源室の前でホワサーが待機していると、耳が反応した。


(...誰か来る!)


キィィィ...


現場を取り押さえる為に電気が消えるのを待った。


計画通り。電気が消えた。

急いで電源室のドアを開け、ホワサーは中に入った。


「そこまでだよ!」


「きゃっ!!こ、来ないで!!」






電気が消えたのを察知した4人も懐中電灯を頼りに電源室へ向かった。


扉を開けると中でホワサーとそのフレンズが揉み合いになっていた。


素早くハヤブサがブレーカーを上げた。


「...にしても何だこの寒さは...」


ライチョウも顔を顰める。


確かに、冷凍庫の中に居るようだ。

私は、そのフレンズを問いつめた。


「どういう事なのか、話してくれるかな」


「...」


彼女を連れ出し、ロビーで話を聞いた。

彼女の名前はホッキョクギツネ。

予想通り、“周りの空気を冷たくする能力”の持ち主。彼女がこの能力を得た経緯は少々特殊だった。普通のフレンズとして誕生し、ゲレンデ上部の森の中で暮らしていた彼女だったが、ある日見知らぬ人に研究所へ連れ去られたそうだ。そこで、能力を得たのだとか。しばらく研究所内にいたが隙を見て逃げ出したらしい。ここへ戻り、しばらく森の中で暮らしていたが、ハヤブサ達がこの建物を使うようになってからは、ゲレンデにやって来るフレンズが多くなった。自身の能力で他人に迷惑を掛けると困るという理由で、幽霊の仕業に見せかける為、停電させたり、色々と悪戯を仕掛けていた訳だ。


普通のフレンズに能力を付与する実験。

メンフクロウが関与しているかどうかわからないが、普通の人生を壊している事には間違いない。


呆れるというよりかは...、倫理的に問題があると思う。だが、閉鎖的空間でそんな文句を言う所はない。


彼女も怖がらせる為にやっていた訳じゃない。


「本当に、ごめんなさい...」


ホッキョクギツネは俯いて猛省していた。


「平気平気!もうしなければいいだけの話だよ!」


ホワサーはそんな風に、明るく彼女に話しかけた。


「...、ねえハヤブサさん、

何かホッキョクギツネさんにしか出来ない事ってないですか?」


ジューンはそう尋ねた。


「出来ないこと...?そういえば...」


ハヤブサが連れてきたのは温泉のある最上階だ。


「実は、お湯が熱すぎて、入れたものじゃないんだ。機械には疎くて...」


ライチョウが屈み恐る恐る手を入れる。


「熱っ!」


「ああ、そうか。ホッキョクさんにお湯を冷やしてもらえば...」


「...やってみますね」


彼女は肯いて見せた。








「んー...、お前、俺と似たような匂いがするな...」


「何でかなぁ...。あなたとも初めて会った気がしない...」


エゾオオカミとニホンオオカミは互いの顔を見合った。


「お二人とも似ていますね...、耳とか」


チュパカブラが様子を見ながら言った。










このフレンズ達というのは、難しい語句を知っていながら、服が脱げることを知らなかった。驚きである。


ホッキョクギツネが呼んだ時、私が服を脱ぐ仕草をしたら、ジューン以外、目を丸くしていた。


ハヤブサ、ライチョウ、ホワサー、

初めて服を脱ぐということ...。

忘れかけていたが、元は動物だから、

当たり前か...。



ジューンの姿は私が見ても恍惚とする程だ。


片腕が無いけど。それでも...



久々に温泉に入った。

3人も、リラックス出来たようで良かった。後からホッキョクギツネが入った瞬間、水風呂と化したのを除けば、至福の時だった。






夜も深まった時、同じベッドで寝る。

お風呂の時の彼女の姿が脳裏に焼き付いたままで、どうしても歯痒くなる。


...あの言葉を思い出す。


「....寒い」


彼女の笑い声が聞こえた。









次の日の朝。

4人に別れを告げて、ホテルを出た。


ホッキョクギツネはハヤブサのお手伝いを

ホワサーも一緒にスキーが出来る友達が増えて嬉しそうだった。

ライチョウはこの事件をモデルにした、

スキー場を舞台にしたミステリー小説

『ゲレンデジャック』を書くだとか...。


中々ここも個性が強かった。

クリホクを解放すれば、ここも新たな名所になるだろう。




「ツバサちゃん...、

昨日は...?」


「はは...、その話する?」




再び長いトンネルに入る。

雪の国はまるで、夢のような国だった。

そう、夢から、現実へ戻るという事だ。


これが何を意味するかは...

誰も知らない。













来星くるほしさん、考えてくれましたか?例の件」


「いえ...、今のままじゃダメですか」


「我々は投資しているんです。

あのお荷物エリアを切り離してもらわないと...。

一体あのエリアにどれほどの維持管理費用が掛かっているかご存知ですよね?」


「あそこにいるフレンズのことも考えて、完全になくす事は出来ません...」


「其方にはセルリアンがいるでしょう?

ソレを大量にクリホクエリアに放つんですよ。多少は抗うかもしれないが、平和的にあのエリアを整備し直すことが出来る」


「それは...」


「突然変異を何時まで庇うつもりですか。

あんなの喜んで見る人はいない。憐れんで見るだけですよ。開放してもマスコミに“エサ”をばら撒くだけです。

来星さん。我々はお金を出してるんです。貴女が元フレンズであり、彼女らに同情する気持ちもわかりますが...。ここは一経営者としての、賢明な選択をして頂かなければ、困りますよ。最悪、投資を打ち切るというカードもこちらにあるんですから」


「わかりました。近日中に対応を協議して結論を出そうと思います...」


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