第3話 しつげん
「ボスー・・・、歩くの疲れた・・・
なんか移動手段ないの?」
ツバサは、息を切らしながら言った。
後から付いて来るジューンは、そんなに疲れては無い。
この湿原地帯の木の歩道を歩いている内に段々と、
ツバサの性格が分かって来た。
グチグチと文句が多い。
別にそのことに対して嫌悪感を抱いているわけでは無いのだが・・・
「・・・コノ湿地ノ近クニ、バスガアルヨ」
「それ本当?口から出まかせじゃないよね」
「本当ダヨ...」
「フレンズに...、聞いてみない?」
ジューンはそう持ち掛けた。
「フレンズ?どこにいるのかな・・・」
流石に入ったらズボっと沈みそうな草地に入る気は起きない。
「あそこの小屋にいたりとか...」
指さしたのは、遊歩道の左側にある、東屋みたいな場所だ。
「都合よくいるのかなー?」
「わからないけど、いるかもしれないよ?」
取り敢えず、そこを確認してみる事にした。
すると、以外にも・・・
「ふぁぁ...」
二人が顔を覗かせると、彼女も目線をこちらへ向けた。
先に口を開いたのはジューンだった。
「こんにちは。私、ジェンツーペンギン。ジューンって呼んで?
この子はヒトの・・って、あれ?」
隣にいた筈のツバサの姿が無い。
「お嬢さん・・・、バスを知りませんか・・・?」
そのフレンズの手を握り、瞳を潤せて頼んだ。
「ええっと・・・」
「あなたのお名前は?」
「オオサンショウウオです」
「ふーん・・・、良いスタイルしてんじゃん」
「えっ、はぁ...」
「ツバサちゃん!!」
私が声を掛けた。
ツバサは突然目の前で猫だましを喰らったかのように、
オオサンショウウオから距離を置いた。
「ハッ...、おっと、失礼...」
「あの、あなた達は一体どういった事情で...?」
少し戸惑った顔で、尋ねた。
「図書館に向かって旅をしててさ...、
んで、疲れたから移動手段でバスがあるって。
騙されてなきゃいいんだけど・・・」
チラッとボスを見た。
つぶらな瞳で、私を見つめたまま何も口にしなかった。
「バスってどんなのですか・・・」
そんな彼女の疑問に、私とジューンは顔を見合わせた。
「えーっと、私の知ってるバスはそんなかんじなんだけど」
私は口頭で、バスの形状や仕組みを説明した。
「何処かで見た気がします。
・・・私も友達に頼んでみますよ。
ちょっと呼んでくるので、待っててください」
オオサンショウウオは木の遊歩道から、湿原の草の中へと
入っていった。
「・・・ねぇ、ツバサちゃん」
「ん?」
「オオサンショウウオに会ったときなんで
あんなに・・・、積極的って言うか・・・」
「な、何でもないよ。ただ、聞き込みは大切でしょ?
初対面の相手には印象が大事って、言ってたよ。...テレビで」
作り笑いで、そう答えた。
「・・・・」
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
彼女の声は素っ気ない感じだった。
(もしかして・・・)
「お待たせ。この子がウーパーちゃん。この湿原に詳しいんだ」
「名前沢山あるんですよね...、
メキシコサラマンダーとか言ったりするんですけど、
ま、言いやすい呼び方でお願いします」
「はぁ...、はい...」
私は頭を軽く下げた。
「ところで、あなた達はバスを探してるんですよね。
わたし、バスじゃないんですけど、乗り物は見たことありますよ
ここは、慣れてないと足を取られちゃうんで、持ってきてあげますね」
「あ、ありがとうございます!」
ウーパーの言葉に甘え、また待ちぼうけをすることになった。
まあ、楽でいいのだが・・・。
また、二人でベンチに座って待つ。
私は青い空を見上げた。
雲が流れて行く。
「諸行無常・・・、って知ってる?」
ふと、私は隣のジューンに尋ねる形の独り言を呟く。
「なに?」
「世の中、世の流れっていうのは、常に変化していくもので、
永遠な物は無い、儚いものだという意味だよ。
仏教っていう、教えの言葉でね。私の好きな言葉なんだ」
「永遠なモノ・・・」
「だから、この雲の流れも、ジューンちゃんとの時間も...
この私だって、いつまで変わらずにここにいられるか...」
「永遠じゃない・・・?」
「そりゃあね。一応人間ですから。寿命もありますし、
フツーに年齢も重ねるだろうし・・・」
「・・・・」
「だーかーら、今を楽しむことが一番大事だと思うんだ。
過去の変わってしまったことよりも、今やこれからを考える方が」
彼女に微笑んで見せた。
そういえば、なぜかあんまり口数が少なくなっている印象を受ける。
一つだけ、心当たりがある。
「あのさ、ジューンちゃん。私の昔の話していい?」
「昔の...話?」
「うん」
余り口外したくない事だが、ここには私の知り合いはいない。
「まあ、好きな子がいたんだよね。小学校に入ったとき。
だけどその子...、女の子でね。あっちじゃ、女の子が女の子を
好きになるっていうのが、ダメでね。
んで、中学校も同じだったんだけど入ったときに、まあ、
その子の方からもう、近付かないでくれって言われて...」
一度咳払いをした。
「結局、私がなにを言いたいかっていうと・・・。
私の事が好きなんでしょ?」
「えっ...、あの...」
照れ臭そうな仕草みせる。
逆にそれが、墓穴を掘っているように見えた。
「蔑んだりしないよ。私の二の舞になってほしくない。
ずっとモヤモヤしてるよりも、キッパリ決めて」
「私は・・・、ツバサちゃんが・・・」
「すみませーん」
その声で二人は顔を見合うのをやめた。
ウーパーの声だった。
草生い茂る草原から何かを抱えて出て来た。
「仰っていたバスとは違うものかもしれないんですけど・・・」
一発で、それが何かわかった。
見たことがある。バイクにしては小型、スクーターだ。
「ボス、これ使える?」
と私が尋ねると、ボスはヒョコヒョコと地上に下ろしたそれに近付き、
ピロピロと電子音を奏でた。
「問題ナイヨ」
遅れてオオサンショウウオも出て来た。
「これで大丈夫ですか?」
「ボスも大丈夫って言ってるし、大丈夫だと思う。
二人ともありがとうね」
「あ、ありがとうございます」
「ボクガ、運転スルカラ、大丈夫ダヨ」
ハンドルの間のスペースにボスを置く。
モーター音の様なものが聞こえた。
これで良いのだろう。
「お世話になりました。オオサンショウウオさん、えっと、ウーパーさん」
ジューンが頭を下げる。
「いえいえ!私たちに出来るのはこれくらいしか、ありませんから」
謙遜した様子をオオサンショウウオは見せた。
「そう言えば、二人はどちらまで?」
「図書館まで...」
「それは遠いですね。気を付けて」
ウーパーは微笑みながら手を振ってくれた。
「ジャア...、出発スルヨ...」
私はハンドルを形だけだが握る。
その後ろにジューンが片手で私の体に捕まる。
彼女の腹側と私の背が重なりあった。
木でできた遊歩道を、そのままゆっくりと直進したのだった。
「やっぱり...、クリホクはおかしいんですね」
ウーパーが二人の背中を見ながら呟いた。
「アーちゃんとミーちゃんも、そう言ってた。
クリホクは他のエリアと比べて、異常個体が発生しやすいって」
オオサンショウウオが口元を緩める。
「片手の無いペンギンと・・・」
「絶滅した筈のヒト・・・」
「私ね...、正直言って...」
ジューンが背中にへばり付く様にして、私に呟く。
「ツバサちゃんの事、文句の多いちょっと口煩い子かなって...」
「あはは...、あながち間違いではないけどね...」
「でもね。そう言う所を含めてのツバサちゃんだからさ」
耳をそばだてた。
「あの水を飲んでくれた時から...、私...」
追い風が吹き、木々と草を揺らした。
ザワザワと轟く。
「―――、好きだよ」
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