第16話
高揚感にキーボードを打つ手が震えた。なんとかしてこの人たちに話を聞かなくてはという気分になった。
もし本当に同じように能力を手に入れた人が居たとしたら、実際にそんな人と会って能力を確認し合いたいはずだ。悠人は現に自分と同じ境遇の人がいたら是非に会いたいと思っていた。
インターネット経由で人に会うことには抵抗があったが、得体の知れない怖さよりも会いたいという好奇心のほうが勝っていた。会って能力を共有しませんか?と掲示板に書き込む。
返事はすぐにあった。悠人に反応してくれた2人の人たちは、すぐに賛同してくれた。そして会うならやはり禍台子神社で、ということになった。
来週の日曜、13時に禍台子神社で、と約束する。からかわれているだけの可能性は充分にあったが、もし本当にわざわざ禍台子神社まで行って会いにきてくれるならそれは本物に違いないだろう。
悠人は森岡をなんとか助ける策をひたすら案じていた。森岡の病気を治せる能力のある人が都合よくいるとも限らない。むしろその可能性はとても低いだろう。と、なればもう一つのやり方は、多額の治療費を払って最先端医療を受けてもらう方法しかなかった。しかしそれにはハードルがある。治療法があるにも関わらず、それをしていないということは森岡にはそれだけのお金はないということだ。森岡にそのための金を払ってでも健康でいて欲しかった。
それは夏のサークル合宿の時だった。じわじわと汗ばむ熱気が肌ににじませる。シャアシャアと鳴く蝉の声が煩い夏の日だった。頭上で煌々と輝く太陽は紫外線が目に見えそうなほど強烈に肌を焼いていくのが分かった。そしてその肌を余計に焼かせるように、水着姿で皆で海へ飛び込んでいく。体につく潮が陽に当たってカピカピと白く塩を吐き出す。そして寄せては返す波の中で、足元の海流はとても早く渦巻き、足を掬うようにした。
皆の嬉しそうに騒ぐ声が耳の中で遊ばせる。悠人も皆に混じって海の奥の方まで入り、足の届かない場所まで競争で泳いでいった。男子たちの馬鹿な遊びだ。しかし、そこで異変が起こる。泳いでいる最中に急に右足を吊ってしまったのだ。ピンとはる痛みが足を駆け巡る。これはやばいと思った。思った瞬間にバランスを失い、体は重く海の中に沈んでいく。先へ先へと泳いでいく仲間たちは悠人のことなど見えていなかった。一瞬にして溺れる、と直感的に思った。胸まで海水に浸かり、重りをつけられたようにゆっくりと沈んでいく。首から顎へ、そして鼻の下までとどんどん海水はのぼっていった。
「おい、坂下!」
その時、声がした。と同時に、左腕を掴まれ体が浮き上がる。目の前にはさっきまで先を泳いでいた森岡がいた。
「大丈夫か?」
「足を吊ったみたいだ、ありがとう助けてくれて」
森岡は心配そうにこちらを覗き込んでくる。そして丁寧に岸まで泳ぎ届けると、ゆっくりと腕を離した。
「海水とか飲んでないか? 無理するなよ」
「本当にありがとう」
心からの感謝だった。あのままでは本当に溺れていたかもしれない。誰にも知られずに。そう考えると背筋に嫌な汗がじわりとにじむのを感じた。もし森岡がいなかったら。一体どうなっていたことか。想像もしたくなかった。森岡は命の恩人だった。なんとしてでも助けなければいけない相手だった。
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