第17話

悠人はなんとしてでも森岡を助けようと心に決めていた。病気が治らないなら治せばいい。それにどんな労力がかかろうともいとわなかった。できることならなんでもしようと考えていた悠人は次の一手に出るべく外出していた。



「あ、おじさん!」

「おお、悠人くんひさしぶり」


駅前で待ち合わせをして来たのは小太りのラフな格好をした中年の男性だった。高級そうな腕時計を腕につけている。服装は極めてシンプルなファストファッションだったが、つけているアクセサリーと眼鏡でお洒落な感じが優雅に醸し出されていた。


「悠人くんから話があるって聞いた時はびっくりしたよ〜かなりひさしぶりだからね」

さぁ、話のできる所に行こう、とおじさんに案内される。


銀座の駅から程近い高層ビルの一つ、スタイリッシュな外観のビルに入っていく。エレベーターで10階のボタン押せば、開いた先にはラウンジと書かれていた。クレジットカードの会員制ラウンジだ。おじさんがガードを見せると物腰の柔らかい店員が奥へと案内してくれる。平日の昼間にラウンジにいる人は少なく、とても静かな場所だった。クラシックがBGMでかかり、コーヒーの香ばしい匂いがした。ふかふかのソファの上に対面して座る。


「それで?悠人くんはどんな話なのかな?」


運ばれて来たコーヒーを一口すすりながらおじさんが尋ねた。場の高級感に少し緊張した悠人は恐る恐る口を開く。


「あ、あの、もし俺がお金貸してくださいって言ったら貸してくれますか?」

「直球だねぇ」

ははは、とおじさんは愉快そうに笑った。悠人の歯に衣着せぬ物言いが気に入ったようだった。なんでも回りくどいのは面倒だ。日本人は事を穏便に済ますために婉曲的な表現で会話することが多々あるが、それが悠人は得意ではなかった。


「なんでまたお金が欲しいの?」

「大切な友達が難病で、治療には多額の費用がいるんです」

「それを悠人くんが払おうって言うの?」

「いや、さすがに貸すだけですけど、いつまでかかってもいいので、とりあえず貸して、返してもらうのはゆっくりでいいかなって考えてます」

「ちょっと旅行に行くための数万円が欲しいって言うんならあげてもよかったけど、高額治療の費用となるとかなりかかるからなぁ」


うんうんと唸っておじさんは腕を組んだ。眼鏡を取って拭く仕草をする。悠人はおじさんの返しに何も言えず、おじさんの次の言葉を待つことしか出来なかった。静かなクラシックだけが二人の間を流れる。


「治療費ってなるとうん百万円とかでしょ?おじさんね、たしかにお金は持ってるけど全部投資に回してるから余ってるお金はあんまりないんだよね」

税金対策でこういうのは買うけどね、と時計を見せながら少し笑った。悠人は居心地の悪い感じがしたが、我慢してなんとか頼めないかと考えあぐねていた。そんな悠人をよそにおじさんは自分の話を始める。


「投資は面白いよー難しいけどね」

「株とかですか?」

「そうそう、株とか債権とか。株式会社からオススメされるのもいいものはあるけど、一番はネットで自分で調べてやるのがやりがいがあるよ。自分で選んだものだから緊張感があるし、ちゃんと張り付いてチェックしてないと流れに置いて行かれるから臨場感があるね。あと手数料も安いし」

おじさんは自慢げにそう語った。鼻を鳴らし背筋を伸ばしてにかりと笑ってみせた。


「じゃあ俺にもやり方を教えてください!」

悠人は思い切って言ってみた。自分で投資をするなんてまるで想像つかなかったが、もしそこに金を作る方法を見出せるならば、自分でやるのもやぶさかではなかった。


「うーん、そうかぁ。でも悠人くんの貯金ってせいぜい数十万でしょ?」

「そうですね、足りませんか?」

「数十万じゃ、買える株は限られてくるし、デイトレードしたとして、利益よりも手数料がかかっちゃうんじなないかなぁ」

「そうなんですか」


悠人はがっくりと肩を落とす。ただ、とおじさんは続けた。

「数十万でも、未来が分かってればいくらにでも化けられるけどね。値動きがしっかり読めてれば成功すると思うよ」

ただ、それだけ正確に読みが当たるなんてのはよっぽどのプロじゃないと難しいんだけどね。とおじさんは眉を下げた。さすがにそれは難しいと感じた。悠人にはそんな専門知識はない。プロのように情勢を読むことは不可能に等しかった。

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