第9話
祥子が俺を捨て、先輩を選んだ結果がどうなっているのか知ることは簡単だった。先輩の心の内を読めばいいのだ。もしかしたら先輩は祥子のことなど愛していないのかもしれない。ただの都合の良い女としてしか見ていないかもしれない。そうなれば良い気味だと思った。俺を選び続けば幸せが待っていたのに、俺を捨てたことによって破滅へ向かうしかなくなるんだと考えれば、この砂利に顔を押し付けられたような胸の内も空く気がした。
悠人は迷いなく、二人の見える位置に立ち睨みつけるようにじっと視線を浴びせた。先輩の意識に集中する。さぁ、どんなことを考えているのか、曝け出せ。
ーそれにしても、祥子ちゃんと一緒にいるのは楽しいなぁ。この時間がずっと続けばいいのに。
え?悠人は心の中で拍子抜けした。先輩の心の声は邪気のない純粋な好意だった。もっと、もっと邪念に満ちた淫猥な発想がざわめいている、はずだった。咄嗟に祥子の心も読む。
ー先輩は本当に素敵だなぁ。やっぱり一緒にいられて良かった。
悠人の心に冷たい泥水が溜まっていく。濁った汚いそれは目の前の二人の眩さと対比しているかのようだった。なんだこれは。二人は幸せに美しい愛を育んでいる。純粋な、綺麗な恋慕だ。少女マンガに出てくる恋心のようにピュアで真っ直ぐな二人の感情に付け入る隙はない。
なんだこれは。めちゃくちゃ幸せな二人じゃないか。俺の存在なんて抹消された、二人だけの世界。そこは美しい楽園のようで、白い鳩が花を咥えてやってきそうなお花畑具合だ。
悠人は浅ましい自分の考えを恥じた。せめてもの不幸を願った自身の考えの愚かさに背中が痒くなるのを感じた。胃がずんと重くなる。背中に乗った自尊心をかなぐり捨てたくなる衝動に駆られる。
振られた腹いせに不幸を願うことはありがちに思えた。しかし実際にその答えが分かってしまうとその望みは滑稽なだけだった。二人は幸せに歩みだしている。俺の存在など忘れて。とても悔しかった。やるせなかった。悠人は奥歯を噛み締めて俯いた。
こんな思いをするならば、知らない方が良かった。力を得たばっかりに好奇心で知らなくていいことまで知ってしまった。
悠人は後悔の念に駆られていた。はぁ、と大きくため息を吐く。
こんな力、もう使わないようにしよう。悠人は心に決めた。胸に封印するように手を置く。大きく深呼吸して、心臓を胃の底に沈めるように心を押し殺した。
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