5話「妹たちと温泉旅行」1日目前編

「陽ちゃん見て! あそこ! 富士山見えるよ! 富士山! マウントフジ! 日本の誇りだよ!」

「わかったからあんまりはしゃぐな! 他のお客さんに迷惑だろ!」


 さっきから車窓に顔をくっつけながらはしゃぐ菜摘を俺はきつく叱る。 さっきからはしゃぐから周りの視線が俺たちに向かっている。


「いやあ、ごめんごめん。 富士山なんて初めて見たからさあ」


 あはは、と菜摘は笑う。

 しかし、俺と菜摘の向かい側に座っている俺の……妹たちはまったく笑っていない。

 怖くて直視できない。


「ふわぁー、ねえ陽ちゃん、私ちょっと疲れちゃった。 寝たいから膝借りるね!」


 菜摘はそう言って俺の膝に頭を乗せた。

 すると菜摘の髪の匂いがした。

 菜摘の髪の匂いはとてもいい匂いで……って! 一瞬気を取られたがなんだこの状況は!


「おい菜摘! 頭どけろ!」


 ……と言っても反応はない。

 どうやらもう熟睡したらしい。

 菜摘は一度寝たらすぐには起きない。 だからしばらくはこのままでいるしかない……


「あ、あのなお前たち、これは仕方なくでだな」


 そう言いながら妹たちの顔を見ると二人とも鬼の形相をしていた。


「お、お前たちそんな顔してないでいつもの可愛い顔を見せてくれよ」


「ニヒヒ。 陽兄、私怒ってないよ?」


 顔が笑ってない。 そして目がガチだ。 今にも刺してきそうな顔だ。 俺そんな悪いことしたか?


 そもそもこうなったのは俺のせいではない。

 福引きで当てた温泉旅行の券は四名様有効であった。 二泊三日、ツアーではないが旅館の料金だけはその券で免除される。

 家族で話し合った結果、俺と妹たちとで行くことになった。


 しかし後日、母さんから菜摘も行くことになったと知らされたのだ。

 両家共々子供を外へと出して羽を伸ばそうということになったらしい。


 今頃は母さんたちは俺たちがいないことをいいことに遊んでるんだろうな……

 昔から親同士が仲良いから俺と菜摘が幼馴染になるのは必然ではあった。


 ……まあ、そういうわけで今回の件は俺のせいでこの相性最悪なメンバーとの温泉旅行になったわけではないのだ。

 わかってくれ妹たちよ。


 ぷくっと頬を膨らましてる智咲と狂気な目でずっと俺……というより菜摘を見つめている茜。


「兄さんの変態。 最低」

「陽兄、あとでたっぷり消毒してあげるからね。 ニヒヒッ」

「…………」


 しばらくその状況は続いたが、次第に収まっていき徐々に会話が回復し始めた。

 七割方料理の話、温泉の話が少々。 あとは他愛もない話だ。

 夏休みの兄妹の思い出、いい思い出ができそうだ。

 そんなことを考えていると自然と口元が緩んでしまう。


「兄さん何笑ってるのよキモい」

「陽兄、何考えてるの? 他の女の人? 誰?」

「い、いや何でもない」


 お前たちのことだよ。 なんて言えないからな。

 その場は誤魔化してなんとかやり過ごした。


「陽兄、んーっ」


 茜の方を向くと茜は目を瞑りながらポッキーを咥え、俺に差し出してきた。

 ああ、こいつポッキーゲームやろうとしてるな。

 この前は俺がからかわれたからな。 仕返ししてやろう。 幸い智咲も寝ている。


「んっ」


 ポキッとポッキーを一口食べる。

 茜の唇まであと五センチ。

 まさか俺がポッキーゲームに参加するとは思っていなかったのか、驚いた表情を見せた。

 あと四センチ、三センチと少しづつ食べ進めて行く。

 さすがの茜も俺がこんなにぐいぐいいったら恥ずかしくなって中断するはず。

 そう思い二センチ、一センチと食べ進めていった。

 あれ……あとちょっとで本当にチューしてしまうぞ?

 そう思い茜の顔を見ると何やら頬を赤らめ恥ずかしそうな顔をしていた。

 思わずドキドキしてしまう。

 お、おい俺! 妹だぞ! 何ドキドキしてるんだ!

 自然と俺も顔が熱くなる。 心臓が脈を打つドクドクと。

 と、次の瞬間一センチあった茜との唇までの距離はゼロになり俺と茜の唇が重なった。

 今まで感じたことのない柔らかい感触。 これがキスなのか?


「お、お前! 本当にチューしやがったな!」


 唇を離し、茜に向かってそう言うと茜はさっきまでの恥ずかしそうな顔が嘘かのようにいつものようにニヒヒと笑顔になっていた。


「何〜? 陽兄恥ずかしかったの〜? お子ちゃまだなあ陽兄は〜」

「……あほか……」

「皆には内緒だね陽兄〜」


 茜はいたずらっ子、いや小悪魔な笑顔を見せた。

 結局、俺はまた茜にからかわれてしまった。

 妹に……ファーストキスを奪われてしまった。


 それからしばらくすると俺たちが乗った新幹線は熱海駅へと着いた。


「おい着いたぞ菜摘起きろ!」


 案の定、反応はない。

 仕方がないあれを使うしかないか。


「菜摘、海鮮丼食べれなくなるぞ」


 そう耳元で囁くと菜摘はびくっと反応し、飛び起きた。


「海鮮丼!? どこ? どこにあるの?」

「おはよう菜摘。 熱海着いたから降りるぞ」

「えー、陽ちゃんの嘘つき! 海鮮丼ないじゃん!」


 菜摘は頬をぷくっと膨らませる。

 こいつは昔から食べ物に目がないからな。 ていうかあほだからな。

 何でさっきこの方法で起こさなかったのかって? 菜摘の匂いがあまりにもいい匂いで、匂いフェチの俺にとって至福すぎたからだというのは俺と君との秘密だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る