5話「妹たちと温泉旅行」1日目 中編

「いやっほぉー! 熱海だぁー!」


 駅の改札口を出るなり菜摘が大声で叫ぶ。

 まったくこのアホは。 少しは周りの目を気にしろ。


「けっ!」


 妹たちは、はしゃぐ菜摘を見てブッと唾を吐いた。

 おいやめろマイヤンガーシスター! お行儀悪いぞ!


「陽兄ぃ〜、逸れたら嫌だから手繋ご」


 茜はそう言うと俺の右手を握った。


「あー! 茜ちゃん抜け駆けしたな! ずるい! 私も陽ちゃんと手繋ぐ!」


 菜摘も俺の左手を握った。

 いきなり俺の両手は塞がってしまった。


「菜摘さん早くその手、離さないと大変なことになるよー?」

「えー、私だって陽ちゃんと手繋ぎたいもん! 陽ちゃんだってそうだよねー?」

「そうなの陽兄〜?」


 ニヤニヤと俺を見つめてくる菜摘。 それとは真逆で俺を睨む茜。

 菜摘は完全に楽しんでやがる……

 そして茜はガチなやつだ。

 くっそ! 俺はなんて言えばいいんだ!

 助けを求めるように智咲の方に視線を送る。

 が、智咲は羨ましそうに茜と菜摘を見つめている。

 お前も手繋ぎたいのかよ!


 仕方がないので、誰が俺と手を繋ぐかをジャンケンで決めることになり、ジャンケンの結果、智咲と手を繋ぐことになった。

 何だこの展開は……


「むぅー、陽ちゃん取られたー」

「陽兄寝取られたー。 ちーちゃんならまだ許すけどー」


 横で菜摘と茜が羨ましそうに見つめてくる。

 一方俺の隣にいる智咲は恥ずかしそうに俯き、さっきから無言だ。


「なあ智咲」

「な、な、何? 兄さん?」

「さっきから手握る力強くないか?」


 そう。 手を繋いだ当初から徐々に智咲の俺の手を握る力が強くなっていっているのだ。


「あー! ちーちゃん緊張してるんでしょ〜?」


 茜がいつものようにニヒヒっと笑う。


「ち、違うわよ! だ、誰が緊張なんか! 変態兄さんなんかに!」


 おいおいおいおいまた力強くなって……って、


「痛ってえよ!」

「お、男だったら我慢しなさいよ!」

「何だよその理屈……」


 徐々に強くなる智咲の握力に耐えながら、俺たちは旅館へと向かった。

 熱海の夏も暑く、すぐ汗をかいてしまう。

 駅から徒歩5分ほどにある旅館なのだがその道中でさえ汗びっしょりになる。

 これだから夏は……


 旅館に着き、手続きをし、俺たちは一旦荷物を部屋に置くことにした。

 部屋は二部屋とってあり、もちろん男子と女子で分かれるつもりだ。

 のだが……

 既に俺と相部屋になるための勝負が繰り広げられていた。

 こいつら勝負しすぎだろ!

 菜摘に限っては勝負を楽しんでるだけだろうな……妹たちはガチだ。

 俺のことほんと好きだよな我が妹たちよ。

 兄さんは嬉しいぞ。


「やったー! 私一番上がりー!」

「ぐぬぬ……負けた」

「そんな……嘘……ま、まあ別に兄さんと一緒じゃなくてもいいけど!」


 どうやら菜摘に決まったようだ。

 ……旅館の待合室でわざわざババ抜きしてまで……バカだこいつら。

 まあ、こうして見ると案外仲良いのかもしれないな。 勝負……といっても側から見ればただの遊びだし。


 部屋に荷物を置き、俺たちは夜まで散策することにした。

 とりあえず昼食を食べようということになり食べ歩きができる商店街へと向かった。

 商店街へと向かう道中、


「えー、また商店街ー?」

「兄さんの商店街推しはなんなの? ステマ?」

「陽ちゃんセンスないからねえ」


 罵倒三人衆め!

 だがしかし、今日の俺は一味違う。


「ふっふっふ。 前もって調べたから大丈夫だ。 お前たち。 美味いもの食わせてやる!」


 少し歩くと商店街に到着した。

 地元の商店街とは違い小さな店が連なり、観光客で溢れ活気がある。

 今は昼の12時半。 お昼時だ。


「おー! 陽兄、陽兄! 商店街死んでない!」


 茜が俺の手を引く。

 おい茜。 商店街に失礼だ。 どっちにも。


 やはり熱海といえば海鮮なのか海鮮モノの店が多い。 あと温泉まんじゅうとか。

 お土産モノもあり観光客にはもってこいといった感じだ。


「陽ちゃん! 私海鮮丼食べたい! 海鮮! 海鮮! 海鮮パイセン!」

「……海鮮は旅館の夕食で出るから我慢しとけ。 昼は軽く食べ歩きだ」

「ねえ兄さん。 私あれ食べたい! さつま揚げ!」


 智咲が指差す方を見るとそこには沢山のお客さんに囲まれている天ぷら屋があった。


「おー、いいな串天か! よし兄さんが買ってきてやる」


 兄さんらしいところを見せようとして俺は皆の分のさつま揚げを買ってきた。

 揚げたてで熱々で美味いという感想しか抱かなかった。

 その後、温泉まんじゅうを食べ、お土産を見て回ると気がつけば15時になっていた。


 そろそろ旅館に戻ることになり駅前に戻ると、茜が何かを見つけたようで俺の服の裾を引っ張った。


「おお! 足湯か!」


 そこには多くの人が足湯に浸かっていた。

 足湯は足の温泉、足だけを入れて楽しむものだ。

 多くの人が連なって足湯を堪能している。

 俺たちも足湯に入ることにした。


「はぁ〜気持ちいい〜。 足の疲れがとれていくよ〜」

「本当だな」

「陽兄ー、えいっ」

「痛っ! 足踏むなよ茜!」

「私もえいっ!」

「おい智咲やめなさい!」

「ちょっと皆ずるい! 私もーえいっ!」

「お前らなあ!」


 両足をおバカ三人衆に踏まれ俺は足を踏まれて痛いのと、足湯に浸かって気持ちいいのとを同時に味わっていた。

 痛気持ちいいみたいな。

 ……あれ? この感じ嫌いじゃないぞ?


「兄さん何笑ってんの? キモ……」

「陽ちゃん痛いのが好きなの〜?」

「陽兄は茜のこと考えてニヤニヤしてるんだよね〜?」


 おバカ三人衆はそう言いながらもっと足に体重をかけていった。


 二つの気持ち良さで俺は幸せに包まれた。

 新たな性癖に気付いた瞬間だった。

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